022.王国/現実
温かな陽光を背にして立っている彼女。
癖がなく艶やかな青銅は肩辺りで切り揃えている。
その髪は、陽の光を包み込み、同調させるかのように煌めいていた。
戦闘になっても邪魔にならない程に纏まった髪型。
左の目の下には黒子があり、右目は髪で隠れている。
全体的に色素の薄い肌は、白く透き通っている。
特徴的な髪色に負けず劣らずに均衡のとれた体つきと顔立ち。
それを思えば普段の作戦中に「面」を付けている理由が分かった気がする。
戦場に「そのまま」の彼女がいれば、それは目立つだろう。
丁寧に手入れがされていることが素人目でも分かるような綺麗な髪。
内包的光沢を備え、華奢で締まった身体。
私は唐突に……。
彼女に詰襟の軍服でも着せてみたら似合いそうだなと思ったが、なんだか自分の考えていることがとても悪い事のように思えてきたので、即座に辞めた。
「……さあー! 行きましょーう」
そう言って彼女は……か細い腕で、倒れたままであった私を引き寄せる。
私は自由になった両手で、そんな彼女に応えるように自らの体に力を入れて立ち上がった。
「オネスティーくん、ここがー王国前になりますー!」
ファブリカの顔を間近で目にすることによって、私の虚ろな目は覚める。
覚醒時より、真っ先に目の前に重厚な門が映し出される。
遂に定まった視界から、度々話題には出ていたアヴィルガント王国の一部分を初めて認識した。
王国の外観は、高く聳え立つ城壁や射出機に酷似した存在。壁面に取り付けられている球体であったり、沢山の細かな点が確認出来る。その他諸々の正体不明な建造物が多々認識出来、言葉だけで予想していた「王国」とは多少異なるものであると実感することになる。
普遍的な認識を遥かに超えた、見るもの全てを魅了するような不規則な景色。こうあるべきという考え方が、無意味で無価値に感じられる。それ程に、積み上げてきた価値観が払拭されるのだ。
一度は目にし、存在を認識している存在。それら単一の素材が不揃いに並べられ……。組み違いからなる一つの景色を創り出している。そうともなると、私の認識はいとも簡単に掻き乱される。元はこうあるべきものがどうしてここに、どうしてこれらが同じ場所に存在しているのか、そんな疑問に疑問が重なって仕方がない。
明らかに相容れない、ありとあらゆる時系列の建物が確認出来、正に間違った形で組まれた嵌絵のようにも見える不整合な空間。古城的かつ古風な西洋調の佇まいと、近代的にも思える高層建造物が辺りを包み、前方には鉄門が存在している。私には、この歪な城壁に囲まれた空間を「国」と固定してしまうのが、とても惜しくも感じられるのだ。
「王国前……つまりここは、そこへ入る為の、門になるわけですね」
「そうそうー、今からーあそこにいる衛兵さんにお話すればー、中に入れるよー!」
詰所に駐留していた衛兵。その元へ、ファブリカは私の手を引きながら駆け寄る。良く聞き取れなかったが、彼女は衛兵に「言葉」のようなものを口にする。彼は、何の返答の言葉も交わさずに、ただ小さく頷くのみの反応を見せる。
・・・・・・
視界一面に立ちはだかる巨大な門。大きな金属音と振動を響かせる門の前で立ち止まる。すると。いつの間にか細かい一筋の線が引かれ、次第にそれは太くなってゆく。その肥えに肥えた線が、零れる光の線であることに気づいた私は、目にする。
────人々が息衝くこの世界を。
私は隣で笑うファブリカを横目に、開いた門を前にして息を呑む。今度は、大きく開かれた門の端と端が私に笑いかけるように均等に広がる。
目の前に映りゆく光景に、静かに目を擦る。魔術駆動車の大群を発見した時の感情とは全く別の衝撃に、目映いばかりの心を落ち着かせる。
外と中とでは様子が異なる。外見だけで判断してはならない、と強く実感させられる眩しい光景。居ても立ってもいられなくなり、ファブリカに助けを求めることを決める。
「……凄い、ですね」
「でしょー! 初めての人はーみーんな、この門の前でー立ち惚けしちゃうんだー! ちょうど今のーオネスティーくんみたいなねー」
にやにやと小馬鹿にしたような口調で肩を揺らしながら笑う彼女。恥ずかしさを隠すために私は目を細めつつ笑顔を作る。私はそこから、これ以上感動に浸っていることを悟らせないために、思い切って石畳の王国に足を踏み入れる。
「……うんうんー! 越えられたねー。その一歩をー、よく覚えておくといいよー!」
その一歩。私にとってこの一歩は王国への、さらにいえば文化を知り、環境に適応するための第一歩である。また、この王国へ足を踏み入れたということは、目的である偵察により入手した情報を王国へ伝えるという任務の達成に近づいたことになる。
「よーし! オネスティーくん、そのまま進むのだー」
「ファブリカさんは?」
「すぐ後ろからーついてくよー……それにー少しでもーこの景色を楽しみたいならー私はいらないはずだよー!」
・・・・・・
────往来。
門が開き、一歩を踏み出した。
石畳にて整備された大きな通り道に無数の建物が並んでいる。属するように存在していた人の賑わいに、栄えているという率直な感想を思い浮かべる。重厚な門の先の光景は正しく活気に溢れるものである。私はその賑わいに、聞いていた話や実体験を重ねる。
大通りを行き交う人々やどこか懐かしい日常。それらを見ていると、少し前には前線基地で襲撃があり、これより私達の報告によって、この王国に騒乱が訪れる「想像」が全く浮かばなかった。




