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021.離脱/飛行


ファブリカはそう言って面の向きを変えてしまう。

私は、彼女の()らした先を追うようにして、再びその光景に注力する。



無数に飛翔し列を成して空を覆う物体。

渇いた砂埃(すなぼこり)を高々と舞上げて移動する謎の物体。

遠くに見えた粉塵(ふんじん)(のぼ)るそれらを、詳しく確認する為に目を()らす。



そこで見えたのは空を飛ぶ人間……の大部隊。

それと、地上を移動する魔術駆動車とそれらが牽引(けんいん)している……何か。

私にはそれ以上のものを詳しく見ることが出来ない。





「ここからならー彼らに察知(さっち)されることはなくー、私の目でー偵察が出来るねー。オネスティくんには私のを貸すよー!」





そう言ってファブリカは私の両目に触れる。

目を(つむ)り、触れた温かな感触に(なご)んでいるうちに。

いつの間にか、それは消えてしまう。





「これで一時的だけどー、さらに細かく見えるようになったはずだよー!」



「……おお、かなり見えますね」



「でしょでしょー。そしたらー帝国の主武装やー陣形情報をーできるだけ多くー、そして素早く手に入れることがー私達の任務だねー!」





私とファブリカは丘で、身を(かが)める。



帝国の魔導部隊から、かなりの距離とり、身を隠すのには丁度いい手頃な丘。

そこで頭を低くしながら、その動向を確認する準備を整えた。



────これより、偵察を開始する。





◇ ◆ ◇ ◆





「主武装はー杖と、槍、剣、斧。オネスティーくん陣形はー?」



「……横並びなので、陣形は横陣……ですかね」



「うんうんー!」



「何か箱状の……ものに羽根のような存在も確認できます。それに、よく見ると駆動車に人がいますね」





私は、進みゆく駆動車の一つ一つに注目した。

すると、その中にも情報として必要なものの存在に気づく。





「あの感じだとー地上部隊っぽいねー!」



「……明らかに普通の格好ではない事は分かりますね」



「しかもー魔術駆動車がー牽引しているものが何なのかもー気になるところだねー!」



「あれもやはり、報告対象ですかね。そういえば……上で浮遊している方々は上下左右、前面背面の全方向に何か確認出来ますが……」





私は多少の疑問点を残しながらも、次なる偵察のために視界を上の方に移す。





「あの円盤状の浮遊物はー、魔術を固化させて防御をするためのー戦闘用魔術だねー!」





彼女は腕組みをしながら首を(かし)げる。





「だけどー。こうも大胆に隠れもせずー進行しているのはーどうしてなんだろー」



「王国を攻める時……例えば、奇襲をする時に相手側に悟られないようにする(すべ)があったりするのですか?」



「あるー……というか、それを使ってこその作戦行動なのにー、どうして帝国の皆さんはー何もせず進行しているのかー、引っかかるんだよねー!」



「先制攻撃となっていますけど、もう既にこうして私達が目撃してしまっていますし、これが報告されれば……」



「こちら側は全兵力をもってー、これから(きた)る攻勢に対処出来るー。まあそれもー私達にかかってるんだからー、怖いよねー!」





砂埃を上げて疾走する駆動車。その中には鎧を着込み、手には武器を携えた者達が(ひし)めいている。そんな移動物群の丁度真上。上空には魔術を固化させて生成した円盤状の物質を(まと)った魔術士の集団。それらの数は、まるで大部隊の様である。



地を駆けるものと、空を覆うもの。そして、走る駆動車が牽引する姿の見えない巨大物体。縦横無尽(じゅうおうむじん)に突き進む。着実にこちら側へと向かってきている異様で威圧的な大部隊。それらの主武装や陣形の情報を私達は偵察により得た。





「さてー、そういう訳でー、素早くこの情報を団長名義でー、報告しに行きますかー」



「……王国へですね」



「そー、()()()()()()王国に入国だー!」





ひとっ飛び。その言葉は聞き捨てならない。

その言葉は即ち、飛行移動の力を使えない私が、その力を使えるファブリカに……連れて行って貰うという意味であるはずだ。



そんな彼女の大胆かつ衝撃的な言葉は────。





「ん?」





私は目の前に現れたものが何なのか、一瞬分からなかった。

突如として現れたのは「ファブリカ」その人であったのだが、その距離があまりに短かった為に全体像を把握することが困難を極めたのだ。



とても常に影の中にいるとは思えない、彼女から感じられた人間的な温もり。同時に背中辺りに回された華奢(きゃしゃ)な二本の腕は交差するようにして、私の体を引き寄せている。しかも、私は彼女に包まれ密着しているせいで、一切両手を動かすことが出来ない……何という接着率だろうか。



私の体の全てが彼女に(ゆだ)ねられているこの状況に理解が追いつかない。彼女から伝わってくる温度や胸の鼓動。それはいくら移動の為とはいえ、私は……この行動に対する耐性を当然のように持ち合わせていなかった。



処理速度の追いつかない圧倒的な行動。唐突に急に抱きつかれるという予想だにしなかった劇的かつ柔らかなこの状況に、私は手を拘束されたままに悶々(もんもん)とするしかない。





「……それではー」



「ふぇっ? ま────」





良く分からない単語を口にしたと自分自身で悟る。

すぐに彼女は耳元で、優しく進行の合図を告げながら、羞恥の私を包み込む。



────刹那(せつな)、視界が(ゆが)む様な感覚に襲われる。



何の前触れもなく、突然に訪れた圧力と彼女の体の狭間(はざま)。そこから頭を移動させ、(かろ)うじて目にすることが出来た光景から、視界そのものが歪んだ事を認知する。それと同時に耳や表皮から感じた風の感覚に気づくが、自分自身の体から得られる情報にいくら集中しても視界は歪んだままであり、改善はみられない。(むし)酷様(こくよう)が段々と増していくのが分かる。



彼女の言葉より、変化した視界に混乱している中、必死で目を()らして得られた視界を少し下に向かわせる。そこで私は気づく。自身の体と地面とが極めて近く、今現在私はファブリカに抱えられながら超低空飛行をしているということに。



そんな衝撃的事実を目の当たりにしたその時。私の視界から完全に光が失われる。光を失ったあの時より、どれほどの時が経ったのか。いつもは気にもならない光に、この時ばかりは感慨(かんがい)すらも感じる。



感じる事を感じる。感じたという事を感じる。暗闇より更に奥、深淵(しんえん)の先。深く、そして隙間無く塗り潰されたこの色を、私はどのように感じているのであろうか。





────────。



────。──────。



────。



──。────。





* * * *





──。──。



────。──────。



────。──。



────。──────。



──────。──。



────。



──。





────「────オ……ティ……さん────」





温かな煙が立ち込め、身体に(まと)わりついて離れない。また、そこから(かす)かに感じ取れた程よい弾力などの不安定で掴みどころのない感覚の中で、断片的な音を認識する。その他の情報が存在しない中。唯一聞こえてきたその音に全神経を集中させて、次なる音を待つ。





「お……ーい」





私は(うつ)ろな意識の中で、確かな「声」を聞く。先程まで信号のような、ただの音だと思っていたそれが、明確な人の声であると気づいた。しかもそれは……。忘れるはずもない、耳に鮮明に残っている彼女の声であったのだ。



彼女の断片的に聞こえ続けていたその声は。この時をもって、繋がり始める。





「……あ……あのー! オネスティーくん!」





意味のとれた言葉から、今まで断片的に聞こえていたそれは、私がファブリカに呼ばれていたのだと気づく。そんな呼びかけを耳にすると、光の失われたはずの場所に、ぼんやりと光が差し込んで来る。歪みによって外の世界を認識する事が不可能となる。そこから、流れる様にして暗闇へと変化した私の視界は、微かな光を追い求めるように光量を増大させていく。





「そろそろ離れてもらってもー?!」





誰なのだろう。この女性は。髪を肩まで伸ばした女性が怪訝(けげん)そうな顔で、まるで目の光沢が消え去ったかのような冷ややかな眼差しの女性が私のことをじっと見つめている。





「むぅー……オネスティくん、これ……っ」



「えっ……?」





私は彼女の顔から感情を察し、視線を最も柔らかな感覚を感じていた両手へと移動させる。すると。自身の拘束された両手が、彼女のお腹辺りに置かれたままであるという事に気づいてしまった。



私と彼女の位置関係は記憶にあるように移動の為に密着していたが、記憶にあるファブリカの姿はない。今となって、事実としてあるのは女性が地面に背中をつけて寝転び、私もそのまま彼女の上で抱きついていることだけである。





「ご、ごめんなさい。────って、もしかして、ファブリカさんですか」



「そうだけどー、気づくの遅くなーい? うん、まあでもー仕方ないよねー!」





私は謎の女性もといファブリカに強く当たっていた両手を退()かす。そして、体を回転させて彼女の体の上から離脱する。すると。私という拘束具から解放された彼女は、体身軽に立ち上がり、今も地面で(あお)向け状態である私の頭蓋(ずがい)の上辺りで立ち()まる。



彼女は顔を覗き込む。先程見たばかりの光の失われた眼差しをこれでもかと注ぐ。耐えきれなくなった私は、彼女の目から視線をずらして口に移動させると、彼女はその小さな口を裂きながら、陰湿な笑みを浮かべていた。


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