019.情報/偵察
基地に戻った彼女。イラ・へーネルは早々にダルミの元へ向かい、報告をする。それに伴いダルミが黒い靄から頷き、奥の間に向かって消える。
入口付近で待機していた私とファブリカに向かって。彼女は声高らかに、嬉々として語る。「そいつを連れて牢へ向かおう」と。
その言葉を聞いて実体化しているファブリカは肩を揺らしている。私は、これから何が起こるのだろうかという不安で心は揺れている。
先導するイラ・へーネルと紐をつけられた、俗にいう「捕虜」を引きずりながら付き従うファブリカ。そんな光景を見ながら私は、団長が示す「牢」へと向かった。
「さて、今は魔術を行使しているおかげでこちらの声は聞こえず、話せないでいる訳だが……ファブリカ」
「はいー、開口一番がー、どのようなものかー楽しみですねー!」
「────」
「ではいくぞ……────解除」
その言葉と共に。
捕虜の全身を舐め回すように存在していた靄が、跡形もなく消え去る。
『ッ、兄ちゃんっ! 兄ちゃんっ! 前が見え……ない────』
「おいこいつ、真っ先にこんなこと言っているぞ」
「んー、思った通りではーなかったですがー!」
『お、おい、あんたらここは────』
「今は、口は塞ごう。ファブリカ頼んだ」
「はいー!」
ファブリカはイラ・へーネルの言葉のままに、作業に取り掛かる。
彼女は、口のきけなくなった彼の手と足、そして腰を拘束する。
「まずは明確な痛みよりも、より不確定的な『これから何をされるのか』という疑心に満ち溢れた状況を最大限に活用していく。そう、時間をかけてゆっくりと、徐々に徐々に与えてゆく。掴み所のない猜疑心、それらからなる精神的疲労を誘発させる。……いいな。オネスティ、よく見ておくんだ」
腹を捲り露になった臍の周りを円を描くように人差し指でなぞっていく。最初は離れた場所から外回りで始め、時間が経つにつれ中央に迫っていく。外回りから始まったそれが、いつしかピタリと穴の中に指が吸い込まれると、彼は身体を震わせた。
へーネルは対面で備え付けてあった椅子に座りながら、小さな机に頬をつき、観察を続けている。
動く唇などを抓んでやれば、身を捩り腰を動かし暴れるので、制してやればある程度は従順になってくる。腋の下が苦しそうなのを見て解放すると、これでもかと開いて見せてきたので、臍の時と同じ要領で行うとこれまた身を捩らせる。こんなことを受け続けていれば当然、普通ではいられない。彼は手を叩き舌を出し、目を見開いたままに、いつしか開放された両手を使って髪の毛を毟り散らして、発狂し自壊していく。
幾重にも突き刺されたことによって生み出された、深くも浅い穴。
ファブリカの手には鈍く光る刃物が握られている。
乱れた髪。舞い上がる血飛沫。上がる脈拍。
彼女は脱ぎ出した上着を放り捨てる。
潤いを渇望し、与えられたことにより温かくなった部位が、圧縮されたような空間に向けて呟く。空洞化し穴だらけの多孔のように脱力し渇き切った身体が、いつの間にか高濃度で凝縮されていた恐怖という感情を吸い上げる。乾燥物に吸収されたそれが、今度は搾り取られ、自らの身から滴り落ちるように、聞こえることのない「言葉」を叫びとして零していた。
彼はいつしか反応が弱くなってきている。言葉という快楽道具に貪られながら、痙攣していた身体を強ばらせる。いつの間にか抜け落ち、髪をかきあげる程にその数は減少してゆく。
彼の口に、これでもかと詰め込まれた毛髪。
切り取られた爪に薄く細かく切り刻まれた外皮。
透明的粘着物で固定された異なる部位の欠片。
光沢を生み出し、滑りの良好となった四肢にて獅子の真似をしたり、猫の鳴き声を怒号混じりで口にしたり、拘束椅子から解放された彼は次第におかしくなってしまった。
「もういいだろう」
イラ・へーネルは頬杖をつきながら呟く。
「……これで、情報が得られたのですか?」
「ああ、大変だ。彼の記憶を全て辿らせてもらったが、その浅い所にあった記憶の中に、この後帝国の魔導部隊が王国へ奇襲を仕掛けるとの情報があった」
「彼らはその斥候だと」
「そうだ。つまり、こうしてはいられない。……ファブリカ、ダルミ」
「なんですかー?」
「なんなりと」
「これより得られた情報を基盤とし、その情報が人為的工作である点も考慮した上で、更なる信憑性向上の為に、人員を選出しなければならない……あとは分かるな?」
「偵察ですねー。そのためにはー基地露見に際したー移動の件ですねー!」
「偵察に関してはファブリカとオネスティさんが適任かと。私とへーネル団長は基地移転でよろしいと思いますよ」
「そうだな。ダルミには移転の際、その地に異常がないか前もって調べておいてもらわないといけないしな」
「……つまり」
「ああ、オネスティ。君とファブリカはこれより行商人に扮して魔術駆動車に乗り、これから迫るという帝国魔導部隊の偵察に務めるんだ」




