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001.第一/計画


冬月(ふゆつき)/不悠乃(ふゆの)》【第一計画、経過】



腹を隠した片肺(かたはい)の政略結婚。安曇家(あづみけ)と冬月家の両家が、互いの娘息子を引き合わせる縁の場。彼女を目にしたのは、その席が一等(はじめて)であった。



私が所属する安曇家は少し特殊だ。未だこのご時世にお家柄やらお世継ぎやらを()()()までに気にしている。しかし、現代に生きる者からすれば時代錯誤も(はなは)だしいとはいえ、冬月家が今も尚、本流を乱さぬ体制にて「開かれた結婚」を取り計らっているお陰で、尻尾を掴めた点は(いな)めないのだ。



────(いく)種類かの傾向と確認された事前情報を化合させ、冬月不悠乃についての調査を重ねる間に幾許(いくばく)の時が経過する。



年相応なる私のもとに、数多(あまた)地方はおろか異国に住まう者など留まる事を知らぬ「縁談電信(メッセージ)」が、形式化した……それこそ自然の(よそお)いの如く持ち込まれる。



数ある縁談相手の中でも群を抜く好条件を(ひっさ)げ、電信を流してきた「冬月家」との初会合は、安曇家が冬月家の申し入れを受けるのではなく、その二倍の条件を提示した状態にて、こちら側が改めて()()()()形で話が(まと)まった。



何を隠そう貴家にとっての結婚とは「家」を維持するための仕組みであり、その様な指針で動く冬月家との縁が固まりを見せたのは、私が示した虚飾の「安曇家」と繋がることによる冬月家側の優位点を考慮したが故の結果だろう。



実際、冬月家の一人娘だという「冬月不悠乃」にはいい噂がなく、これまで何人もの縁談相手に「結婚」という絢爛豪華(けんらんごうか)躑躅花(ツツジバナ)をちらつかせ、移動可能な財産はおろか、対象家(ターゲット)が年月を掛け集約したありとあらゆる関連情報すらも吸い込んでいったという。



そんな散々な目に合わせられた縁談相手を手放すことなく飼い殺し、その最後の最後で、破談させる……というのが、彼女を取り巻く「非対面環境下」での印象である。



────私は()れを(もっ)て事前情報とした。




《縁談》



本人らの意思、主張とは全く関連性のない背景不透過。様々な要件が複雑に絡み合った望まぬ結婚。形式に沿った窮屈(きゅうくつ)な演目内容は、物品回収。それに、悟られない工夫と根気強さである。



事前情報からは否定的な印象を受けざるを得ない「将来の伴侶(はんりょ)」を泥のように醜い欲望と眼前(がんぜん)に広がる虚飾の空間で目にする。



虚栄を(はら)んだ晴れ晴れしい席に座る、大層(たいそう)場違いに思える程の違和感を(はら)んだ、燦々(さんさん)たる不完全な姿。暖色の世界とは明確に隔絶された白廟(はくびょう)の外皮。首元には赤い宝石(レッドベリル)にも似た確固たる色彩が鈍く淡く輝く。



均整の取れた眼球に浮かぶ紅桔梗(べにききょう)の瞳孔。天を駆ける流星の如く同調する、すらりと伸びた長い眉。困ったように引かれた眉と寂しげに閉じられていた瞳は、まるで侵入者に反応したかのように、その姿を秒針が進むごとに変化させる。



眉より上に切り揃えられた前髪と、純然たる光沢のある胸まで伸びた長い髪。その側からは紅玉(こうぎょく)耳刺(ピアス)が顔を覗かせている。服装に至っては比較的近代に規格されたであろう和装。腕から光る金撫子(ピンクゴールド)の腕時計が、装いと交差し印象的である。



────不思議にも、彼女の姿を見続けることによって、正体不明の痛みに襲われた。



身体が引き裂かれてしまうように発現(はつげん)した得体の知れない苦しさ。ただ笑い佇む仮初(かりそめ)の両親を横目に、一人耐えていたのだ。……疑いの目を掻い潜り、互いの手の内が次第に晒されていくうちに席は温まりを見せ、両者同じ頃合(タイミング)にて食事を終え一段落ついた時点を境に、縁は円滑に纏まっていく。



相手方の両親は事前に示し合わせていたのを悟られまいとしたためか、若干の動作に乱れが見られたものの、あくまで「計らい」として席を立つ。こちら側の両親もその働きかけに笑顔で応じ、私に合図(サイン)を送る。



────「懐柔(かいじゅう)せよ」と。



逢瀬(おうせ)を楽しむのに他者は無用などという美辞麗句(びじれいく)を並べ立て、列を成して退散してしまったことにより、未だ目を合わせてくれないでいる「彼女」と大きく狭い一つの部屋で、(つい)となった。





「……こうして二人きりになった訳だけれども。頼代(よりしろ)さん、何故そこまで怯えているの?」



「お────怯えてなんて」





意表を突く指摘に声が震える。いざ「目標」を前にしたせいか、その現状に狼狽(うろた)えてしまっている。私をどのように見ているのか。それこそが今後の運びにおいて最も重要なのである。であるからこそ、彼女の指摘は、冷たい尖り物と相違(そうい)なかった。





「私の噂は聞いているわよね」



「その……多少は」



「そう。ならば遠慮は要らないわね。さて。怖い怖いご両親も、縁の席も、もうここにはないのだし。今後……例えば発狂なんてことをしない為にも……肩の力を抜いていいわよ」



「……っ」





どこまで知られているのか。背景について抜かりはないか、考え出したら限度(キリ)がない。全くもって掴めない実情。私は到底、肩の力など抜くことなど出来なかった。





「そうね……でしたら、一つ。世間話でもしましょうか。突飛でしょうが焦らず聞いてちょうだいね。……例えば、例えばなのだけれど、もし子供に名前を付けるとして。『髪、首、腹、心、足』の中から選ぶとしたら、どれを選ぶかしら?」






彼女の前置きに対応した……それこそ突飛に告げられた世間話に耳を傾け、精査(せいさ)する。髪、首、腹、心そして足。特徴のない並びを一つ一つ連想するが、いくら思考を深めても、やはりそれを選んで子供の名前とせよ、というのはあまりに不審である。しかし。思慮(しりょ)を重ねていくうちに。その並びに一点の(よど)みが存在していることに気づく。



……心。



他と比べて明確な概念が存在しておらず、不安定である。心とは目に見えるようなものではない。他の選択肢とは異なる、抽象的なものなのだ。






「子供に名前を……。名前……その中から選ばなければならないというのなら……私は……『心』とつけたい」



「それは、どうして?」



「気にしているようで、最も気にしていない、最も大切にされながら、何も見えないものだから……かな」



「あら……悪趣味ね。私なら『髪』と名付けるわね」



「その理由は……?」



「うーん……人と会うのに気にするのは髪だから。見た目は大切だし、私も髪。特に前髪みたいになりたいわね」



「はは……それは嫌な名前だ」



「そう、嫌な名前なの」



「……一つ。ここで明確にさせておきたいことがある」



「あら何かしら」



「私は、子供に名前をつけたくはない」





……なぜだ。そんなはずでは、なかったはずであるが。





「あら」



「髪、首、腹、心、足も結構だが、私は両親の道具になりたくない。結婚をし、子供をもうけ、育て、家のために……また私のような境遇を受けさせたくない」





相手は、何をどこまで知っているか分からない。それに、私の立場は彼女にとって────。





「うんうん」



「それに、私自身が子供であるが故に分かることだが、私と同じようなものを『私』が育てるのは悲劇なのだ。この感情をもった私が、そっくりそのまま『子』を育むのは、与えられた環境が劣悪だ」



「そうね。よく分かるわ。だけれど、私達がこうして、あの親から生まれた以上、子供を育て、一家を線として繋げる役目は変わらないのよ。……もしその気持ち、貫くならどうなさる?」



「────私は」





彼女とは顔合わせの段階である。だが、(まご)うことなき事実。私が持ち出した「子供不必要論(チャイルド・フリー)」をもとに議論が白熱した。以前ならば、こんな話を初対面の人に話すのもどうかと思い留まったのだろうが……逃れられぬ運命。目の前にて生み出される動揺孕んだ唯一無二の「対面」であったが為に、(かせ)の外れた言葉が溢れ始めたのだろう。



事前情報によって作られた彼女の印象と現実との相違(そうい)。それは、私の備えを簡単に抑えさせた。遅ればせながら。この行いが支持者に告げられた指示に対する答えとして成立するであろうと、(まさ)しく当たれば効果的である博打を打ったのだと気づいたのだ。





「結婚をすれば子供を必ず世継ぎの為に────」





・・・・・





当初こそ溢れ出した言葉により計画の破綻を危惧したが。冬月不悠乃も私同様に子供を作ることに関して拒否していた為。次第に私と彼女は意気投合をしていった。結果的に。彼女との間に共通点を見出すことが出来たのは特筆するべき進歩であるが、今後は比較的緩やかに背後を確認した状態で行う必要があると強く考える。



────両家両親が戻り、縁の席がお開きとなる。



しかし。縁談の席は片付けられた後も、話し合いは尽きなかった。私達は、両家に悟られぬよう密かに「如何(いか)にして子供を作らず、以後のお世継ぎ問題を解決するか」についてを議論し、二人で今後の策を練り始めたのだ。





・・・・・・





幾許(いくばく)の時が経ち、議論は煮詰まる。これ以上の声が出ないといったところで、彼女は場所を変えると言い出した。私を連れ出し、街並みを抜けた先にある寂れた林道を潜る。手を引きながら、忘れ去られた廃墟のような建物を案内する。



────彼女からは、甘く重ね合わせた白檀(びゃくだん)の香りがしていたのだ。


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