198.信義/煩悩
「分かりました」
「じゃあまたね!」
「=うん。お腹空いた。うん」
「兄ちゃんもね!」
ダルミの作業を見届けることなく、オリヴァレスティに唆され、調理台を後にする。特に行き着く先もない私は、先導する彼女に従い、二足草を確保していた調理台へと赴くが、その道中にて、イラ・へーネルの呼び掛けに気づく。
「オリヴァレスティ! オネスティを借りてもいいか?」
「うん! もう助けてもらったからね! お世話になりました!」
「=うん。ありがとう。うん」
「いえいえ」
さほど時間の掛からぬ短い会話を終え、オリヴァレスティが自らの調理台へと戻る形にて、共に行動する人間が……入れ替わった。
「エムラトについて手伝って欲しいことがあるんだ」
「是非とも手伝わせてください。……あちらですか?」
内部の円周形態を思えば、均一に配置された調理場の位置を把握することは容易である。イラ・へーネルを捉えた位置の後方、少しばかり視線を移動させれば……これより赴き作業をするであろう地点が、浮かび上がる。
「正しく」
私が軽く促すようにして指し示した方角へと一旦向き、振り返る形にて再び、声を掛ける。言葉が完全に途切れるより前に彼女の足は動き、それに従うようにして、移動を開始した。
・・・・・・
「皮を剥くのが大変でなぁ、分担すれば並列して進めると思ったが、ここの作業量は寧ろ増えることになったかもなぁ」
「実際、私はそのお陰で、皆様のお役に立ちやすくなったところはあります。……それでといってはあれですが、これらの食材で何を作るのですか?」
「お、気になるか。それは出来上がるまでのお楽しみ……としたいところだが、その表情を見るに、疑問はより深いものに思える。……よし、いいだろう」
既に近づいていた彼女の調理場を見て、サオウと同じように積まれた、エムラトの山を視線より指し示す。嬉々として問いに答える姿。今後の運びを頭上に現し、それを捉えた場合。私としては、あまり良い印象を浮かべることは出来なかった。
「辿り着いた事だし、話す……これより我々が作り出す料理は────汁物だ!」
「……え」
若干の溜めのある発言。特に問題はないが、先程までの印象から離れる声量の差と、一応の予想をつけていた「料理名」に度肝を抜かれた。当然……や勿論などといった言葉は不適切かつ冷酷に思え、正しく相応しくないだろうが、やはり……。これらの食材を用いて、汁物を作るといった決定に「敬服」せざるを得ない。
「……どうした?」
「いえ……あまりの素晴らしさに、以降の言葉を失ってしまいました。いや、それにしても……楽しみです。一体どのような味になるのか……」
実際、この食材群から一つの料理が作られると知った時。衝撃より先に、「安堵」といった心持ちを大いに滲ませた。彼女らの言葉、会話を聞いていた身からすれば、その他の料理の存在を誤認してしまうのは当たり前のことであるが……。
それより、椀に注がれ一定の温度に変化した「汁物」が最も作戦に適した料理であることを、心の底から意識をしていたのだ。煮込む、焼くといった過剰な温度に晒してはならず。かといって、生の状態で食しても、効果は見られない。
当初の可能性として汁物を捨て置き、辛うじて残された微弱な熱を利用した「焼物関係」に振りかけるつもりであったが、その場合。────不都合が存在するのだ。