180.触肢/誤認
私は彼女達の行動に触発され、従うように足を踏み入れる。直下的に開けられた円形の入口は、大人一人十分に通ることが出来、決して不満に思うようなことはなかった。しかし、侵入経路確立については問題ないものの、自らの体を外界から遠ざけ、内部へと至るや否や……。獣として変化していた要塞は、強烈な臭いの巣窟と化し、下から上へと吹く謎の風によって運ばれてくる為に……一度降りたが故の場面転換、更には極めて突発的な影響を受け、これを避ける術がなかったのだ。
「ファブリカさん、オリヴァレスティさん……この臭いに、この中身は……」
「正しく生物的だねー……どうしてこんな姿になったのかー……」
「うぇっ、傾斜がきつくて滑りそう……手も満足に使えないし……」
私達を刺激する強烈な環境。溶けそうな頭の中にて詳しく考えれば、それは酸に似通っているように思える。外側にて捉えた臭いとは異なり、より濃度の高い純物質の存在を感じるも、依然として不明瞭であることには変わりない。
「……そうだ、疑問に思っていたことをふと、思い出しました。今回の、調査の目的は……どのようなものになるのですか?」
「うーんとねー! この要塞の持ち主ー、そのものといっても間違いじゃないー……シュトルムの捜索だねー!」
「うんうん! シュトルムが抱える部隊はあの時射出具で消失させてしまったけど……あれだけで終わりだなんてことはないはずなんだよね」
「そうなんだよー! 予備戦力の確認、生存者に対する事情聴取を目的に、その頭である存在の捜索を最優先にしてるんだよー!」
入口から続く肉のような通路。戦略騎士団に足を踏み入れた、当初の環境時とは全くもって異なる印象に、驚きを隠せない。臭いや目に映る環境相まって、まるで食道にでも迷い込んだのではないかとも思える現状は光沢的であり、湿気も十分であるこの空間は、汚いのだ。
外見。それが獣のようであるからか、内部での観測の影響を受け、野性的な印象を覚えてしまう。そのために尚更、現環境における視野から、嫌悪感を抱いてしまうのだ。
「なるほど……つまり目指すべきは、司令部なのですね」
事情聴取が目的であるとの答えを得、進行を続ける彼女達に倣い、私はシュトルムを捜索、最も遭遇の可能性が高い司令部に向けて足を進める。入口から内部へと進行し、環境を把握するも依然として道中では動きすらない。巨体と比較して、驚く程に静かな環境は、外部より得た印象からなる感覚を狂わせる。それは、地に足をつけている実感を極めて軽いものとさせる。
「二人とも! あれは……?」
「=うん。発見。うん」
オリヴァレスティが手に持ち得た傘を上下にさせながら、そのまま指し示すかのようにして、前方に先端を向ける。さすれば人間の体を切り開き、内部を露にさせた時に見える「色彩」を巨大な通路として確認し、若干暗く思える赤色は、深部における発生物の影響であったのだと知ることになる。
「煙……この臭いといいー……まさかー!」
「……溶けてますね」
煙立ち込めながら、若干の掠れ音を発生させている原因は、視線の先……目指すべき深部、司令部が存在することを期待して進行した通路の奥にある。今尚、発見から確認する限りで溶け出して続けており、あまり体に良いとは言えないであろう臭いは、この現象を元にして起きているのだと悟る。
「それに液体が溜まっているし、尚更通れそうにないね……」
「=うん。うぇえ。うん」
実際に現時点においては、衣服などが汚れるような、それこそ攻撃的なる環境ではないのだが、心持ちとしては浮き足立つような場所でもなく、食道のような印象からも長居は願い下げである。
司令室を目指し進むも、直前、直下的に見下ろせば、下部より多数の溜水の存在を確認する。即ちこれ以上の侵入、調査は、崩落もしくは毒性の可能性もあるため、確認された存在は、進行を断念する材料になり得ると考えられる。
私は、イラ・へーネルが求める答えを持ち帰るのみであるならば、これ以上の「調査」は無用……不可能であると考える他ないのだ。
「……この先通れますかね。周囲は溶け出しているようですし。これ、体に害なのでは?」
「そうだよねー……あんなのがあるなら難しいー……」
「それなら、一旦戻って報告した方がいいね!」
「=うん。何が起きるか分からない。うん」
私は彼女達の聡明さに救われたのである。誘導を試みたとはいえ、その必要性さえ結果的に感じさせない返答に胸を撫で下ろす。ファブリカの冷静な判断に、オリヴァレスティの賢明な退路へ至る道筋の現れは、次なる行動の兆しとして示された。
「それでは、引き返すということで────」
「いいや! 兄ちゃん! ここから最短で戻るよ!」