179.逓減/奇特
肩を揺らしたままであるファブリカの視線の先。装甲として張り巡らせた手袋を装着し、硬く保持した拳を振り下ろす。薄氷の如く割れる。貫く打撃はシュトルムの居城に到着したことにより、力の作用が加速し、絶大な効果を齎す。
見晴らしの良く、比較的空気の澄んだ最上階にて力を込めれば、オリヴァレスティの直下攻撃が、加速的なる相乗効果を孕みながら事の結果を示すことに繋がる。彼女が発生させた、肉を裂き骨を断つが如く衝撃によって、活路を得たのだ。
「ふー!」
「おつかれー!」
「=うん。おつかれおつかれ。うん」
「やっぱりここまで来て良かったね! 柔らかいよ!」
「……柔らかい」
記憶が正しければ、オリヴァレスティが嵌めている黒色基調の鋲付き籠手は、イラ・へーネルの腰に吊るされていたものと同一であるように見える。一種の違和感を覚えるも、反復するかのように、それこそ確かめるようにして言葉を発する彼女達を見れば、これより先の情報は得られないであろうと思われる。
私は無用な詮索より、彼女らの口から放たれた言葉の確認、その感触を確かめるべきであると定め、即座に行った足踏みなる動作を経た結果……下部より違和感を覚えた。
確認するべく足を動かし、ターマイト戦略騎士団の最上階、その足場を踏み込んでみようものなら、反発はおろか一切の反応さえ感じられない。つまりは彼女が容易く破壊し、言葉ですら軟質的であると示した結果から、自らの実感と他者との実感が異なるのであると、あくまでも当たり前のことを悉く思い知らされたのだ。
「他よりってことだねー!」
「そうそう! 上の肉? の方が壊しやすいと思ったからね!」
「=うん。若干薄く見えた。先程の戦闘時。うん」
最上階は脆い、それはオリヴァレスティが告げるに上面から確認した際にて捉えた薄さが根拠である。私としても彼女の杖に同乗し、比較的には同じような光景を捉えていたはずであるが、その「差」については実感することはなかった。
「それにしても良かったよー! 私の力では破壊なんて出来なかったしー……」
「ま! それは私達分担して、作業するのが常だし! ……ファブリカの持続力は敵わないからね!」
オリヴァレスティは大人一人分程の大きさの穴を作り、自らの作業を終えたかのように手袋を外す。知る限りでの、人が成す技の範疇を超えた彼女の打撃に恐れを抱く私は、イラ・へーネルの人選、そして少し前のオリヴァレスティの言葉について記憶を巡らせた。
「……基礎体力。つまりオリヴァレスティさんは攻撃力……?」
「そう! 攻撃的な部分での基礎体力! ファブリカはね! 持続的な感じだよね!」
「=うん。持続力。うん」
「その通りー! 人より少しだけあるってだけだけどねー!」
オリヴァレスティの打撃を見た後では、ファブリカの言葉も信憑性が薄れ、十中八九謙遜であろうと悟る。
完全に手袋を外し、収納したオリヴァレスティと、少しでも隙があれば辺りに目を凝らすファブリカを見て、彼女等の身体的優位性を考慮した上での人選であったのだと実感を得、理解する。
魔術を絶たれた上でも非常に頼もしく、見た目によらず屈強であることから気付かされるが、あの時イラ・へーネルが口にした「見学」との言葉は文字通りであったのだ。つまり見て学ぶ、彼女等二人であれば、私の離脱を阻止することなど容易いと理解させる為に調査の同行を指示したのだと思われる。
これは私の憶測に過ぎないが、確かめる術もなければ知らぬ事の方が遥かに多い「初対面の人間」と対峙すれば、そう考えてしまうのも無理はないだろう。決して……自らのみが、逸脱している訳ではないのだ。
「では早速ー……」
口を開けるかのようにしてその場に現れた穴に向け、自らの足を突っ込ませるファブリカ。極めて背徳的な行いのように見えるも、穴の形成時に血液的な液体が溢れ出していないところを思えば、比較的健全なものであろう。
私があれこれ考えているうちに、彼女達の間では時が正しく進み、オリヴァレスティが行動した意味を明らかにさせる。
「入口出来たので、入ろう!」
唐突に聞こえた、拳を強固に保持する彼女の言葉。自らそのような言葉を口にしているのだから、恐ろしくも思える。どのように考えたとしても、勝手に出来たわけでは、「ない」はず……なのだ。