175.簒奪/警鐘
「うわぁぁぁっ!?」
更なる上空へと退避していたせいか。
比較的安全であると認識していたが、それが仇となった。
全くもって無様である。
私の声と同様、繊細な内部を突かれたかのように。
誰しもが事前に気付くことなく、攻撃を受ける。
私の前方、先導するが如く背を見せていたオリヴァレスティの腕は……。
途中まで切り離され、血潮を吹かせている。
振動と共に揺れ動き、骨を見せ今にも落ちてしまいそうな腕。
進行の最中に抱えるが故に、均衡を崩したのだ。
「……ゆ、油断した」
「オリヴァレスティさん……この────」
訪れた光景を認知するや否や。
自らの行動を起こすまで、時間は掛からなかった。
不安定になった杖の端を持ち、傾いた左方を押し上げる。
反対側に体重を掛け、自らの位置を移動させた後。
右手に取り付けられている射出具を放ったのだ。
「この……っ、この、この……ッ!!」
飛行の際に受けた攻撃により進路がずれ、集団として形成されたトーピード魔導騎士団の面々を……さらに遠くより確認する。
オリヴァレスティの負傷を捉えた彼女等は揃いに揃って何かを口にしているようであったが、最早緩やかなる落下を始めている杖上においては……。
敢えてその内容を聞こうとは、思えなかった。
こちらへとダルミ抱えたまま飛び込んでくるファブリカ。
応戦し、色彩豊かな魔術を放つイラ・へーネル。
そして、防御の形成に至るダルミを一堂に確認すれば。
私は即座に拳から伸びる取っ手を引き込み……何度も何度も、自らでは考え及ばぬ程「熱」を込めて……射出具を行使したのだ。
「……っ」
しかし、依然として変化のない形状。
幾らか魔術が接触する事によって煙幕が立ち……。
怯みを見せているように思えるが、致命傷には至っていない。
私は変化のない様子に腹を立てたのか。
それとも他の要因があって、更なる速度にて射出を繰り返し────。
「え……」
私は目にする。
先程より、浮遊していた全ての人間が、落下していく様を。
自由の利かなくなった状態にて落下するのは……私も例外ではなく、未だ不均衡である杖上においては、対処の手段すらなかった。
「オリヴァレスティさん……!」
落ちゆく杖にて、零れてしまわないように。
今度は私が彼女の肩を抱き、尋ねるも返答がない。
保持した状態。
為す術のない落下に対して、受け身をとる他なかったのだ。
・・・・・・
────弾力。
本能的に目を閉じ、衝撃に備えるものの、思考が連続して行えている事実から、覚悟した惨状は訪れなかったのだと知る。
「兄ちゃん、大丈夫?」
……私は、訪れた結果に対してを受け入れる決心をする。
力を込めて閉ざしていた視界に光を入れることこそが……。
この身を落ち着かせる「最善」の方法なのである。
「は、はい……」
「=うん。何とか助かった……。うん」
「おーい! 無事ー? なんか突然……これが出てきたんだけどー」
途中まで近づいていたファブリカとダルミ。
空中より落下し、少しばかりの距離感にて身体を埋まらせている。
安否を尋ねる彼女。
その場に存在するものは私達の傍にも確認出来、尚且つ全員が全員身を委ねている様を見れば、自ずと暗く淀んだ視界の先で何が起こったのかを知る。
自らの下部を見れば……。
ファブリカや他の面々と同様地面との悲惨なる接触は免れている。
私達を守った未知なる物質。
それは、粘性の高い半固形をしており、手触りは乾燥的であった。
突如より現れた、弾力含んだ白色の物質。
察するにその存在が緩衝材となり、落下の衝撃を消したのだ。
「ファブリカっ! ダルミっ! 私達も、これに守られて無事だったんだけど……」
「無事……? ですがオリヴァレスティさん、その腕が……」
「=うん。時が経ち、止血された。今は比較的安静。うん」
先程目にしたのは、腕が半分まで落ち、骨から進んだ先に残された僅かながらの筋繊維にて、腕の落下を留めているといった凄惨なる姿……。
倒れる寸前の樹木、輪切における切断の直前のような姿であったのにも関わらず、今現在オリヴァレスティの腕は元の位置へと戻り、まるで接着されたかのような精巧な変化が……大いに深々と確認出来る。
更に良く注意して見てみれば、切断面の辺り……接合部分が他の皮膚より盛り上がり、より白に近い色へと変化していることに気づき……。
これが、止血の結果なのだと悟る。
「……無事で何よりです。お互いに」
「おーおー。私としても間に合って良かったよー。あのままオネスティーくんが射出し続けてたら、地面に着くのがもう少し早かったかもしれないからねー! なんてったってそんな……」
「それは……」
「私は関心しましたのですよ。良い心掛けです。垣間見たことの重要性は、杖を落としてからお世話になっているファブリカの行いからも分かりますよ」
「ファブリカ……じゃあ、あの時。直前に風で持ち上げてくれてたんだよね! ……でもそれは」
「そうなんだよー。まるで掻き消されるかのようなー……魔術を根本的に……」
「────おーい……」
思えば、オリヴァレスティとダルミ、ファブリカの姿を目の前で捉えているが、問題のイラ・へーネルに至っては、この場から確認出来ていなかった。
そして、幾らか遠くに聞こえた声により。
以前とは異なる速度にて、まるで雪を掻き分け進む様を捉え……私はトーピード魔導騎士団の合流をこの目で確認した。
「無事か?」
「団長!」
「オリヴァレスティ。災難だったな。しかし良くぞ耐えた」
「=うん。いえいえー。うん」
「無事で何よりだ。しかし……何と言おうか、この光景を」
辺り一面に広がる白色の緩衝材的物質を目にし……。
イラ・へーネルは、複雑な表情を見せる。
「私の杖は恐らくこの物質の下敷きに……」
「勿論ー! 後で回収するよー!」
「……助かりますよ。ファブリカ。……あの、団長。私は杖を手元から離している為に詳細は掴めませんが、再度空を飛ぶことは……出来ないのですよ、ね」
ダルミは比較的柔らかな口調にて、まるで全員の表情を一つ一つ確認していくように視線を流した後、その位置を最終的にイラ・へーネルに固定させる。
「ああ、正しく。再度上昇を試みたものの、叶わずだ。それに……あそこで静止したままである戦略騎士団本体を見ればこそ、この異常事態に説明がつけられよう」
「沈黙……してる」
「=うん。動きがない。うん」
「ああ。空中上より落下、魔術の行使が不可となったことには原因がある。────それは、あの場より動かぬ移動要塞の存在と……オネスティ、君の存在が大きく関わっている」
「……え?」
唐突に耳に入るイラ・へーネルの言葉。
その告白は、この場の全責任を押し付けられたかのようにも感じたのだ。
「適性検査の結果や、射出具に流し込まれた魔力の量を見ても、当初こそオネスティは、魔力量が人より多いとのであると思われていたが、私としては……その多さは魔素溜りからの吸収によるものだと思うのだ」
「確かにー、空を飛べないほどの現象の原因はー、魔術士であれば痛い程分かるよねー!」
「……そうなのですよ。魔素を元にあらゆる技術を行使する魔術士にとって……供給源、つまりは魔素溜りの枯渇は……こういった現状を手っ取り早く齎しますね」
「つ、つまり。私は魔術が使えず、通常より魔術量が多いという不透明の理由は、その魔素溜りを吸収したからということですか」
「鈍くー、力を込めないと進めないあたりー、魔素溜りから抜けてしまう直前みたいだったしねー! オネスティーくん!」
「状況的に見て、であるが。空中上にて私が応戦を求めた際。オネスティは右手の射出具を起動、射出の連続を行った。それにより、消費魔力が蓄積し、魔素溜りが枯渇した……。故に飛行が不可能であり、現在においても魔術行使が一時的に不可能であると考えられる」
「……私、何とか数えてたんだけど、通常ではあの数の射出では魔素溜りが枯渇するなんてことはないはず。……もしかして団長」
「=うん。一度に消費される量……吸収効率もかなり良いと思われる。うん」
「……そう、だな。……オネスティ。どうやらその射出具は我々が使用する分の魔素まで使ってしまうらしい。またこうならない為にも……一度預けてみないか?」
澄み渡る笑顔、屈託のない笑顔。
晴れの日に見せるような笑顔を向けて、手を差し伸ばすイラ・へーネル。
そういった表情を見せ、何かを問いかける時。
それは恐らく、良い前触れではないと思うのだ。