173.波及/合致
────停止。
私達は、熱源に接近した。
振り退け、振り切るようにして進み続けた結果である。
急発進をした影響か。
幾らか加速に伴う振動、圧力を受けた為に、視界が淀む。
何故だか判明はしておらず、心得違いの可能性も捨てきれないが、今回の急発的加速は以前とは異なり……滞ったものを一挙に押し出した印象を受ける。
感覚的なる違和感を覚えながらも、私は先より実感として得られる、不鮮明かつ不明瞭な視界にて、より明らかな答えを得るべく、目を凝らした。
「あれは……」
「あの……手を貸して欲しいのですよ」
不思議なことに、先程まで離れた位置にて。
ある程度の姿を捉えることは出来ていたが。
今こうして、最も接近した状態にて視線を向ければ……。
立ち込める煙幕の量に圧倒され視界不良に陥っている。
それに、これ以上の接近は危険に思える。
射出具が存在している地点は、最早熱源と化しているのだ。
つまり、姿を更新して捉えることは無く。
ダルミの声のみが捉えられている現状は、正しく先の読めぬ事態である。
「大丈夫ー?」
「=うん。姿が見えない。うん」
「少しばかり、腕が挟まって取れないのですよ。場所は……そうですね────」
不鮮明な視界とは似ても似つかない程に明瞭なダルミの声が、唐突に途切れると煙幕の中……内側から発光体が現れる。
音も無く現れたその姿、変化した現状を捉えるや否や。
不確定であるが恐らく前方より、迫り来る物体を感覚により察知した。
「無事か?」
「団長! あの……ダルミがまだ……」
「何だって……ファブリカ、頼む!」
「了解ですー……!」
突如より飛来した前方の小集団。
ファブリカが団長に指示され指を動かすと……。
辺りの煙幕が、内部から膨張するかのように、晴れた。
「ああ……こんな近くにいたのですね。助かったのですよ」
「ダルミ!」
煙幕晴れた先。
熱放射激しい射出具後方にて、ダルミの姿が明らかとなる。
私は、間髪入れずに飛び出したファブリカを目にする。
彼女が助けようとしている存在は……。
熱によって揺らぐ視界の中、融解した射出具に腕を挟まれていたのだ。
「……オリヴァレスティ! お願い!」
「今っ……やってる!」
前方より耳にした熱のこもった声。
私は、目の前にて起こった事柄に注目し過ぎていたせいで気づかなかったが、飛び込んだファブリカ、そして熱源にて取り残されているダルミの二名を取り囲むかのようにして、半透明の囲いが形成されていた。
硬質的な囲いが徐々に膨張すると同時に、圧迫的な音が連続的に響き、あちらこちらで融解し、崩壊へと至っている射出具を変形させているようであった。
「ファブリカ! オリヴァレスティ! 射出具は破棄して構わない。速やかな救出を求む……」
「待ってましたのですよ団長! さあ二人共! 私をここから────」
────炸裂音。
声高らかに発した言葉はとうに掻き消され、残響後に訪れたのは、無垢なる様子にて射出具から切り離されるダルミと、それを抱えるファブリカであった。
至る所が変形し、熱によって揺らいでいる射出具はその場で浮力を失い落下、そう時間は掛からずに地上にて接触し、忽ち分解してしまう。
急進的に変化した環境は、ダルミの救出を齎し……。
後に残るは、背後の巨物と取り組まねばならない課題であった。
「助かりましたのですよ二人共。一つ借り、なのですよ」
「覚えとくからねー!」
「刻んだ……!」
「=うん。無事で何より。うん」
「……それにしても宜しかったのですか? 団長。私としましても、破棄に関してを危惧して即時救出を躊躇っていたのですが……」
朗らかなる様子にて頷き、ファブリカの耳元まで近づき指示するなり、少しばかり上方にて待機していたイラ・へーネルの元へと移動する。
「ああ、魔術射出具よりもダルミを即復帰させることを最優先した。それは……皆。……気づいていないか?」
辺りを見渡し、大きく手を掲げて身振り手振りをするイラ・へーネルを見て、トーピード魔導騎士団の面々は納得したかのように温かなる印象を露にする。
「……はい、それは……もう」
「動きにくいねー!」
「何だろ……無理してるというか……」
「=うん。より力が必要。うん」
団長の問い掛けに対し、皆は一様に異変の存在を明らかにさせる。
違和感を覚えていたようである彼女等の言葉によれば、運動の制約……その非効率的な変化が、異変として身に降りかかっているようである。
「ああ。先程、駆けつけた際もそうだったが、如何せん移動が上手くいかない。これが一種の妨害工作であるとすると……ダルミ。理解をして貰いたい訳だが」
「勿論、承知なのですよ。しかし、驚きですね……反応、復活したのですよ」
「え……」
「=うん。え……。うん」
「うそー……もう、射出具はー……」
ダルミの救出を挟むことによって大変重要な事柄を忘れかけていたようであるが、前方より確認出来る二つ目の噴煙発生地をより注意して覗いてみれば、半ば強制的にその存在についてを意識させられる。
破棄された射出具から発生していた噴煙。
消失し……活性的なる光景は一点のみとなる。
射出具なき今、後の視界に彩りを感じさせるのは、前方の巨物である。
理由は自身でも不明であるが。
放たれた超高出力の光線は目標を無事貫き、沈黙させることに成功した。
しかし、作戦の成功に伴って。
束の間の休息を謳歌していたトーピード魔導騎士団は、突如として目にする。
再び再会を始めた移動物体の姿。
それは、先程とは似ても似つかぬ程に変化しており、工業生産物にしか見えなかった駆動輪付き要塞は、正しく人型の異物へと姿を変えていたのだ。
「ああ、今。飛行に関する疑問の心当たりに気づいたが、それは後だ。全員、更なる上方へ待避だ」
いつの間にか短期間的に変化した白煙著しい環境。
その中で、イラ・へーネルは冷静に上昇を指示する。
現時点で起こっている飛行に関する異変。
優先順位を変えることによって、速やかなる移動を促す。
私は、疑問の解決よりも先に、妨害的な負荷に対する対処を迅速的な行動によって行う姿勢は評価に値すると考える。
何せ自らも、迫り来る不鮮明に対して……。
即時離脱を望む派閥であり、その点に関しては、同意見である。
心持ちとして離脱を求めるのは……。
起こり得た絶え間無き変化が、影響しているのだろう。
より接近した状態にて、幾らかより変化した現環境を捉えているせいか、問題の反応発生地域を纏めてみれば、幾分か大きく見える。
……それもそのはず、巨物の反応再会を捉えた先程とは全く異なり、煙幕は過密に思えるほど、強大かつ辛辣に肥大化していたのだ。