169.攻守/酩酊
「ええっ? あんな姿だっけ……」
「=うん。思い出せない。うん」
「え」
「前に確認したことがあるし、見間違うことはないと思うけど……どうもはっきりしないね」
「=うん。実感が揺らいでいる。うん」
唐突に告げられたフェルニオールの存在に対する不信感。
私にその真相を確かめる術はなく。
ただ、目の前の光景を「事実」として捉える他ない。
また、私は仰々しい球体の上部より現れた人型を……彼女であると疑いなく捉えていることからも、オリヴァレスティとの場面の見え方に、何らかの差が「存在」しているのではないかと考えた。
「団長! 今ここで!」
「だめだ」
「────私に命令を!」
「ファブリカ。この距離を考えてみろ。我々が察知することなく……例え攻撃が届いたとしてもそれは織り込み済み、なのだろう?」
「────……っ」
「まあまあ、そうだねそうだね! 察しが良くて助かるよ。何といっても何といっても! 私が、直接ね! 敵対しようって心持ちじゃないことを伝えるためにここまで来たんだから!」
フェルニオールは依然として、こちらを適切な距離感にて捉え、極めて深々かつ正確なる挙動を経ることによって「滞留」している。
いつよりか濃く香り立ち、振動孕む音声が連続する中。
声を聞き取り、確認出来る光景を時の流れと共に迎え入れる必要がある。
先程より変わりなく、骸を纏うかのようにして生成された球体の上面にて静止する彼女は、軽快な笑みを浮かべつつも、その瞳に確かな寒色を宿している。
左腕の消失を見せつけるように、閉ざされた切断面をこちら側へと向ける形で非誠実な対面を行っているあたり……態度もそれ相応であると思考する。
「……待つんだファブリカ。────……それでだ、敵対する意思がないというのなら、そこを退いてもらいたいのだが」
例え杖を捨ててでも飛び掛ってしまいそうなファブリカ。
それを静止し、宥めるイラ・へーネル。
彼女は、固定されたかのように……。
留まるフェルニオールの位置を訝るように確認する。
トーピード魔導騎士団団長の言葉と共に向けられた視線。
私も、それに続いて位置関係を確認する。
今まで意識せず、単なる偶然とさえ思うことなど無かった光景に。
さすればこそ、意図を伴う事実を垣間見る。
フェルニオールの発生した位置。
それは、私達が先程まで超密に接近し。
作業の後に得られた反攻を齎した射出具に近く……。
その射出口を自らで塞ぐようにして
より正確に言えば、滞留していることに気づいたのだ。
「はははっ! それはそれは、私が直接ねってだけの話だよ! つまりつまり! お互い助かったってことだよね!」
声高らかに右手を連動させ、盛大なる印象のまま、射出具の進行方向に立ち塞がるフェルニオールは、下部に捉えたイラ・へーネルに向けて指を立てる。
魔鉱採集地である窪地の上空、射出具と仰々しい球体。
それら全てを繋ぎ止めている彼女は……。
目撃している人間に対して明らかな……更なる関連性を示した。
一向に晴れることない不確定的変化の現状に、私は居ても立ってもいられず、杖上にて同乗しているオリヴァレスティに視線を向ける。
「……まさか、この現状が」
「そうだよね。今ここで直接攻撃していないという点ではだけど……」
「=うん。それは詭弁。それにファブリカの様子も気になる。うん」
「……ですね」
最早待ち望んでいたのか定かではないが。
私は……戻した視界に映る、「変化」を捉える。
彼女の指は一旦イラ・へーネルに向いたかと思えば、視線を攫いつつも、振り抜くかのようにして背後へと微速的に移動させ、噴煙撒き散らしながら進行を続けるターマイト戦略騎士団を指し示した。
結果的に全員の視線が移動物に向けられ、シュトルムの存在とフェルニオールとの関係性を思い悩まされるが、至って冷静な球体上面の彼女はその気づきを機に、発覚の際の感覚を再び顕にしたのだ。
「それはどういう────」
「別に私がしなくたってさぁ! いくらだって手はあるよねぇ!」
言葉を遮り放ったフェルニオールの口からは……。
煙のようなものが滲み、溢れ出している。
それを確認すれば、時を経たずに。
紙巻を炙った時の匂いが、辺りに立ち込め始めたのだ。
この変化が、何を齎すのか。
前例から見て鼻腔のものが前触れであろうと思う他なかった。
帝国に降り立ち、確認したのは既に毒された環境。
報告によれば明らかなる変貌に、介入の有無は明らかだ。
ましてやその存在が王国へと齎されようものなら。
私は、楽園の防壁とならねばならない。
……カトブレパス、シュトルム、フェルニオール、そして異形の存在、彼等の存在は放置しておくことなど出来ないであろう。