153.泥濁/擬態
「……今後」
私は呟くようにして、それこそ空を臨むかのようにして、言葉にする。
それを向かわせる存在である彼女は、次なる誘いへの期待を感じさせていた。
「小規模の運搬を打破するためには……その元を大規模にすればいいの。……つまり、それに適した場所での作業が最も効率的な方法なのだわ」
「積みながら地上から空へ……。大規模なる作業が可能となる、その場所とは一体……」
「その場所とは、ネメシスが落ちて来た大穴なのよ」
「……ネメシス」
私は自らの記憶を辿るが如く、残された一点に注目する。
浮遊する幾多の物質から、確かなる形を作る。
得られた真実は正しく、本来あるべき存在であった。
ネメシス、即ち彩雲彩花。
影響を辺りに齎した際に使用している名称が……。
彼女のいうところの、それなのである。
彩花が空から落ち、その衝撃により噴火口のようなものを形成させたと聞いていたが、それこそが魔鉱を得るために必要な存在であったのであろうと知る。
彼女が作った場所に、私の今後が色濃く反映されるのであろうとの見解から……一種の泥のような濁りを覚えたのだろう。
「その大穴が、鍵か」
「そう。その場所こそ、これから頼代さんに行ってもらいたい所なのよ」
「行くって……それに私の今後というのは、その魔鉱の回収をすることなんだよな。つまり、不悠乃の目的……彩花にとっての行いをその場、現地で行うことが役目なのだな」
現地での行い。
即ちは実働なる動きを不悠乃、彩花は私に望んでいるのだ。
そのための小細工を経た上で……。
その立場を多元的に保持せねばならないと、深く再確認させられる。
「彼女の意思は私の意思でもある。目的はそうね、変わらないの」
「ああ。心得ている。現世で、魔術を使用可能にする……それが目的だったな」
「そうだわ。そのためには魔素を……それが固化した魔鉱を運ばなくてはならないのよ」
「……」
当初より知り得た情報の前後関係から見ても……。
彼女の試みは一貫していた。
魔術を再興……現代においての活用を求むる行いは、結果として自力にて魔術書を奪取し、移動を画策することに繋がる。
私はその存在に、少なくとも興味を覚えていたのだ。
しかし、その実情は先より移動を行った彩雲彩花による主導のものであり、更にいえば、冬月不悠乃こそ生成されたものであると知る。
本来であれば、純なる行いについて観察、管理を行うことが任務かつ自らの副次的効用を高めることに寄与すると考えていたのだが。
その本流が……。
更に私の求めていた上流の存在に「着流/嫡流」するとなると。
事の捉え方が根本より変化する。
以前より変化した視界から、変わらぬ対応を求められる……個としての存在をこうも実感させられるのは、仕方のないことなのだろうか。
「そのために、現地の人間を活用する必要がある。勿論、効率と、反感を産まない為にもね」
「反感?」
「異なる存在が大々的に魔鉱を集めようものなら、良い印象は与えられないの。けど、現地の、それも王国の人間が率先して事業として魔鉱を集めて運んでくれると言うならそれは、問題ないというものだわ」
「そうか、彩花はこの世界では認知されているのか。それも大々的に。……それで私が、か」
「頼代さんには予定通り、この世界から魔鉱を運び出すために、トーピード魔導騎士団が先行して行っている事業を内部から管理、軌道修正をして欲しいの。私はその他に纏う不安要素を平定し、計画を進めるから」
「事業……」
「それはこの中の人達が教えてくれるわ」
不悠乃は天に置かれた転移装置を指にて示し、告げる。
彼女の話によれば、そこにはトーピード魔導騎士団が格納されており、思えば下部より倒れる存在についても思い感じることもあったはずだ。
「そろそろ、解放へと向かわないと。彼女達が目覚めたら、くれぐれも私達が手を組み、そして、今ここにいたことは伏せておくことね」
「記憶、というよりこの話は聞こえていないそうだな」
「そうなるわね。でも、当然。少しでも掴まれようものなら、あなたの立場は、彼女達にとって危うくなりかねないわ」
「ああ。慢心は禁物だな」
「そうね。では、注意を払って続報を待っていてね。私は、上へと戻り、残りの人員を調査するわ」
「残りの人員? 私達の他にもいるのか?」
「そうみたいね」
恐らく、カトブレパスのようなものを彼女は示しているはずだ。
彼については今しばらくその存在を認知せず、私そのものの存在についてを自身で知り得ているせいか、若干の焦りを感じている。
目覚めが行われれば。
第一にその行方、付随する情報を得ねばならないと実感する。
「そうか……他にもいたんだな。その行方を探って……魔鉱回収に従事させると?」
「その通りなのよ。素早く、広範囲の方がいいでしょう。……まあ、でも。その中でもあの場所を示された理由については自ずと気づくはずだわね」
彩花は父親が幼き頃に消失し、この異界へ向かう。
そこで、不悠乃を作成、送り込んだ。
さすれば、不悠乃は私と機関との関係性についてを知覚していない。
つまり、彩花も知り得ていないのだ。
彼女は、こちら側へと単純なる気持ちで、私を同行させたのだろうが。
私は、この世界について知っている。
現状を鑑み、この会話の全てから多角的に理解を深めれば、彩花は、私が、この世界を知らないと思っていると考えられる。
……当然、不悠乃にも。
故に私は……。
冬月不悠乃、彩雲彩花に対して無知であることを装わなければならない。
魔鉱回収を指示され、従いながら。
先遣隊を捜索し、彩花との再会を第一に考える。
トーピード魔導騎士団との接触は彩花による思惑、画策によるものである。
私は、この人達と出会う運命であったのだ。
そしてこれからも、行動を共にすると信じて疑わない。
「ああ。彼女のためにも、ひとまずは上手くやるよ。その関連性について、不悠乃は理解しているだろうしな。
「すべてうまくいけば、魔術を再興することが出来る。失われてしまったものを取り戻すためには、必要なことなの。彼女もそんな期待をかけて、あなたを連れてきたのではないかしら」
「そうだな。……よろしく頼んだ」
「ええ。お互いにね。またの機会までに、真相に迫ることを期待しているわ」