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150.不惑/取捨


「そうだ……君は忙しそうに私を後にしてしまった。一体、今まで何をしていたんだ?」





(さび)れた村にて邂逅(かいこう)した際。

彼女は一言二言の言葉を交わしたばかりに、その場から立ち去った。



不悠乃が言い残した「彩花」の言葉に、意識をもっていかれそうになる。



だがまずは、彼女が何のために……。

今ここに立ち、今まで何を行っていたのかを、知らねばならない。



……当然、私という存在について何処(どこ)までを知り得ているのか。

慎重なる探りを入れながら、情報を得る必要がある。



故に彼女が私に対して、以前のような見え方をしていないという最悪なる事態も視野に入れ、相手からの掌握を回避する為の行動を行う。





「何を見て、(おっしゃ)っているの? 私が今まで何をしていたか、なんてこと気づいているはずでしょう?」





彼女は大変奇妙なことを口走る。



その姿を見て、即座に消え去ったとしか考えようのない事実は(くつがえ)らず、私にとって、あの時口にした地点の相違(そうい)など最早(もはや)忘れている。



『髪、首、腹、心、足』



どのような目的でそれらを選んだのかと頭を悩ませる質問。



確かに尋ねられた脈絡のない言葉に……。



頭を悩ませていた私は……目を背けていたのだ。





「私のこと怖がらないって……約束して?」





ああ。

冬月不悠乃はこれからを見据えた上で、口にしていたのだ。



────今も、そう今も。





「ああ、怖がりさえしないさ。……怖いのは、空にいるのだけだ」





彼女の身体、その姿は正しく人間である。



しかし、それを構成する素材が私のようなものとは明確に異なる。



彼女は以前のような見え方をしておらず。

私の目に映るのは、まるでシュトルムのような、鋼鉄の身体であった。



そう、面白い程に髪、首、腹、心。

そして足に至るまでが、金属的光沢を放っている。



というより、その部位のみが明確に……。

(あらわ)になっていると表現した方が、最も正しいのだ。



あの日、初めて目にした存在。

そこから彼女が、幾らかの人間を手にかけたのだと信じて疑わなかった。



その部位こそが彼女を彼女たらしめているのだと。

もう少し早くに気づけていれば、また別の結果が訪れていたのかもしれない。





「やっと気づいた……思い出したみたいね。そう、私は作られた存在……あの人にね」



「作られた存在……冬月不悠乃……まさか、そうだ。動力源はなんだ?」



「勿論、魔素……正確に言えば魔鉱だわね」



「……つまり、この世界で作られ、移動してきたんだな」



「そうなるわね」



「……指示したのはやはり」



「そうね全て……という訳ではないけれど。確かに私は彼女の指示によって機関から魔術書を回収するように言われたわ。……当然、あなたについても」



「……彩花。待ってくれ私は────」





私はまさに、口を滑らそうとしていた。



この場で彩花が不悠乃を作り、魔術書を求めて送り込んだとするならば。

彼女は、先遣隊として調査へ赴いた()に起きた出来事を示しているわけだ。



彩花がこちら側の世界から移動をした(のち)

私を取り巻く環境は、彼女の父親が消失した時と同等、それ以上に変化した。



当然、彼女を求める為に機関に所属し今に至るわけであるが、私の公式なる主任務は奪取された「魔術書回収」を行うことにあった。



だが────魔術書を機関から奪い去った張本人である冬月不悠乃。

独学にて複製世界を理解し、移動の方法を確立したという、異例なる結果。



それをもってして、今後の調査を()ね……。

監視といった立場を取りながら、移動の同行を行い、今に至るわけである。



……今、ここにこの時をもってして。

存在しているのは、本来の計画にはなく。

完全なる、変則的結果なのだ。



それを(もたら)したのは冬月不悠乃であり、それをこの複製世界にて指示したという彩雲彩花は……この結果を見越していたのだろうか。



現在、仮に機関から得ている任務について。

知り得ていたと判明しているならば。



彼女……対峙している冬月不悠乃との関係性が、大いに揺らぐこととなる。



私は彼女を偽り、それは今も尚持続している。

彼女自身が私を(あざむ)いていたと明言した訳だが、その相手も同様に暗躍していたと知るならば、行動の把握が、正しく不透明になる。



そのため私は、先程より意気込んだ明確な線引きを強く意識し、

より慎重なる行動に徹底しなければ、今度こそ……。



この立場が、大いに揺らぎかねないと恐怖することとなった。





「未だに実感がない。いいや、まさか。縁談に向かった相手からいきなり魔術書を見せられ、こう一緒に違う世界に辿り着いたのが、あまりに信じ難くて……」



「ごめんなさいね。仕方がなかったのよ。目的を達成させるためには下準備が必要でね。少しばかり切迫していたからあちらでもこちらでも」



「ああ、不悠乃は、そのために私に姿を見せなかったのだね」



「そうね。会ってしまえば、関与することに繋がるでしょう? それは御法度(ごはっと)だったのよ」



「だが、今こうして────」



「でも安心した。魔導騎士団の本拠地にいるというのに、彼女達の安否は、未だに尋ねないのだもの。移動させてきたのは、その身体だけであると誰しもが喜ぶわね」



「? ……それは、まだ幾許(いくばく)しか経っていなければ、仕方がないことだ。君と私とであるまいに」



「私、また一つ気づいてしまったわ」



「……なんだい?」



「頼代さん、ここがどこかなんてこと、とっくに気づいていたでしょう」





私は、自らの心の内を盗み見られたかのような印象を覚えた。

まるで、囲いによって逃れられぬかのように。



彼女が指摘するのは、燭台が倒され、後に変化した空間上に存在した「繭」に触れたことによって起こった環境のことだろう。



そうでなければ、そのような言葉は出てこないはずだ。



無機質なる囲いから解放されたことを事実として捉えず、目の前にて映る黒点にのみ注意を払っていた私にとって、彼女の言葉は極めて鋭利に見えた。





「まあ突然、見覚えのある場所に移り、先程まで傍にいた女性は倒れ、唐突なる再会を果たすとなれば、優先順位は前後するだろう……というにも不悠乃はこの場所がどのようなものか分かって、言っているんだよな」



「当然よ。(むし)ろ、()えてここを選んだのだもの。この領域は彼女が管理している、そしてその存在が今尚(いまなお)私という侵入者に対して反応を示さないところを思えば。私と頼代さんが二人きりになれる理由も見えてくると思うわ」



「ああ、そうか。その答えは……元より存在しないもの。こいつにあるんだな」


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