149.陰陽/背向
無数の細糸にて括り付けられた存在に手を伸ばすファブリカ。
私はその光景を下部より眺めながら……。
形として確かに浮び上がる「存在」を捉えていた。
球体を本体として、その左右に半球が挟まるかのように取り付けられた物体。
それは私の知る中で最も特異なる形状をもった、使用方法不明の兵器である。
そして、それを示すことが出来るということは即ち。
目の前の存在がこの世界のものではないことに。
自ずと気づいてしまったのだ。
しかし、少しばかりの躊躇いに自らの保身を絡めさせ……。
複雑なる心情へと至った結果。
私の彼女に対する反応が、遅れることになった。
そうこう葛藤しているうちに、彼女の好奇心は最高潮を迎え、遂にその伸ばした手は、私が関係性を秘匿したい存在へと届いていた。
表面こそ細糸にて覆われ、隠されているが。
輪郭から見れば……一目瞭然である現世、現代の異物。
それは彼女が手を触れたことを皮切りに発光し……。
強烈なる閃光にて、視界を奪った。
私は、その一連の流れを……ただ見ていた。
・・・・・・
「ファブリカさん……?」
私は他の存在を危惧しながら、当然本人にとって違和感を覚えさせぬよう、辺りを見渡すことなどせずに、深々と問い掛けた。
まるで、無に問いかけているようだった。
なぜなら、少しばかり視線を下部方向に移動させれば……。
いとも簡単に、先程まで目の光を輝かせていた彼女が、確認出来たからだ。
光の灯らぬ、もはや薄皮に覆われたといった方が正しい。
彼女自らの覆いにて遮断された眼光は、仰向けのまま安静を保っていた。
私は顔を動かさず、視線を移動させるのみで……。
迅速なる……それこそ形振り構わぬ確認は、出来なかった。
……それはつまり、倒れてしまった彼女を確認すると同時に、この場にいるはずのない人間が視界の端に映り込んでいたためである。
私はその、唐突なる現象に動けずにいたのだ。
「……さん」
近くて遠い。
だが、視界の端に確かに存在する人影……黒点。
間違いなく、声が聞こえる。
未だに淀む馥郁たる環境は正しく。
その一点より意識を向ければ、芳烈なるものへと変化した。
徐々に徐々にと大きさを増し、その形状を黒ずんだ縦長のものへと向かわせる香りは、まるで恒星から燦々と張り出し……辺りを弄る熱線触手が暗黒に滲むかのように、「自らの存在」を示していた。
「……頼代さん」
私は、気付かないふりをしていた。
目の前の存在を暗く塗りつぶし、見ないようにしていたのだ。
しかし、最早最前面。
視線さえ逃れられぬ距離まで迫り来る認め難い存在。
今更、後退りをすることなど、出来なかったのだ。
「……冬月……不悠乃」
「あら。少し見ないうちにえらく他人行儀じゃない。寂しいわ。もう、忘れてしまったのかしら?」
そうか、なぜ私は、あの香りを懐かしいものであると片付け。
隅へと追いやってしまっていたのだろう。
その存在こそが、あちらとこちら……。
目の前にて立つ「監視対象」の手掛かりであったのだ。
白檀の香り。
それこそ、彼女の……冬月不悠乃の特徴そのものではなかったか。
「っ……? なぜ……いや、まずファブリカに何を────」
「何をって、私と頼代さんがお話をするのに……他人は要らないでしょう? 勿論、あの時のようにね」
彼女との初会合、私は初対面であるにも関わらず。
さして時が経過した訳でもなく、対面での会話が始まった。
後に知ることとなる彼女の研究室での出来事は……。
今この場にいるという現状に、間接的に影響を及ぼした。
私は、監視対象であるのにも関わらず彼女を見失い、トーピード魔導騎士団による芝居の最中において再会を果たしたきり、一度も目にしていない。
そのようなこともあってか……。
彼女を隔てた時間の影響は、記憶を侵食させるほどの形状変化を齎していた。
……彼女の姿は、まるで人のものとは異なる姿をしている。
最前面へと訪れた際に、彼女が彼女であることは判明していた。
だが私は指摘せずに……。
私の下部にて倒れているファブリカについてを、尋ねることにしたのだ。
またしても私は、目を背けていたのかもしれない。