138.共鳴/調整
「……無事ですか、ファブリカさん」
「何とかねー! 今のところ上手くいったみたいー!」
立ち込めた煙幕は私とファブリカを取り囲むようにして濃く存在していたが、何故か私達の間には一切の淀みは見られなかった。
姿形のみが明確に確認出来る状況の中。
安否を尋ねる私に嬉々として答える彼女の腕には……。
明らかに黒い痣のようなものが、浮かび上がっていた。
「それは、団長さん達が離脱出来た、ということでしょうか」
「そうだねー! こういう時に備えた仕様があるからねー!」
「……なるほど、とはいえまだ安心出来ないようですね。……この煙、少しばかり重い、ように感じます」
「……オネスティーくんも、気づいたみたいだねー。晴れ無さすぎる……そんなところだねー」
杖を携え、彼女は自らの腕にてそれを前面へと保持する。
未だ晴れぬ濃霧に囲まれた、開けた空間にて……。
辺りを警戒する彼女の頬は、引き攣っているように見えた。
「……無事ですか、ファブリカさん」
「……? さっきも同じこと聞いてたでしょー! それに関しては────」
「いえ……その、ファブリカさんの、腕が」
「ああー、気づかれちゃったかー……。そうだねー。オネスティーくん。ここから見れば分かると思うけどー、私達のいる所だけがー、晴れているでしょー?」
「……はい」
「自分で言うのもあれだけどー、それ、私がこの腐食性のある煙から隔てているからなんだよねー」
カトブレパスが生み出した光球とファブリカの魔術が接触し、忽ち発生した「噴煙」によって団長達の行方を消失した。
この煙を隔てる存在がファブリカの力によるもので、腐食性を含む物質を抑える中で彼女は負傷をしている、それを視界そして言葉より実感する。
「腐食性……この外にあるのが。ということは、それは……」
「そうだねー。質問に答えるならー、この腕は外に広がってるのが伝わってきてるーってことかなー。……そう長くは持たなそうだねー」
「何か、手立てはあるのですか」
「……ある、ことにはあるんだけどー」
「何か問題が」
「方法としてはねー、出口を求めてこのまま移動するーってことなんだけどー……。……その場所が、分からないんだよねー」
「もし向きを誤り、異なる場所へと進んでしまうと……ファブリカさんが」
「そうー、持たないねー! それにー……あの人が今どこにいるのかもー分かってないしねー」
「そうですね……。それなら、私に考えが」
「……?」
未だその姿を見せぬカトブレパス。
彼は攪拌についてを知り得ている。
────攪拌…… 第五次調査。
機関によってこの異空間への調査が行われ、第一第二第三と続いていく大規模な動員の中で、その目的が随時更新されていったのだ。
得られた情報に、確立した微弱なる通信基盤。
そこから、この世界こそが、私の知る世界の原初であり……。
今や消失した「魔素」を内包する、貯蔵的空間であることが判明した。
魔素から得られる効用は凄まじく……。
それを、自然的に取り込んでいない世界においては、尚更である。
魔素の全体像、魔術の使用法、回収の方法やそこに住まう人間についての情報が流れ込み────第五次調査に至っては、現異空間における、「文化的」接触が、鮮明なる主任務とされた。
調査の時が訪れ、一切の異変もなく行われた移動。
予定通り消え去った調査員達であったが────。
後にいくら待っても、通信における一切の報告がなかった。
機関は、状況把握を推し進める。
この異常事態に対し、即座に編成された次列員を幾度も投入し、実態を掴む。
《介入違反が認められた》
彼等の報告によって判明した調査員による介入は、国家を丸ごと作り替え、その結果、第五次調査員はその知識を用いて支配を行った。
以後その行いを機関は攪拌と呼称し、対応に当たるが、当然この名称についてを知り得ている「カトブレパス」という男と後発の調査員との接触……その可能性は、大いにあり得ると考えられるのだ。
「私と彼とは元が同じです。対話を試みましょう。幾らか内容は揃えていますから」