012.密告/邂逅
「……待ってください」
私は魔石を作業台の上に置く。そう、魔石を手放したのだ。この行動に彼女の命運がかかっている。決して、意図を悟られてはならない。
「う、うん。それでさ兄ちゃん。どうだったのさ、あの大穴は? 特に魔獣、イラはどんな感じだったの?」
「=うん。どうでしたか。うん」
「あの。私はラムダ山の頂上に着いた時、オリヴァレスティさんが言っていた穴を見たのです。……ですが。なぜあの下に、あんなもの達がいるなんて……教えてくれなかったのですか?」
「兄ちゃん……? 何かあったのか? 魔石や魔獣やの他に、何か。それとも────」
「=うん。オリヴァレスティ。うん」
オービスはオリーの声を遮り、傘は横に振られる。
「……そうね。兄ちゃん……あそこで私達のこと、聞いたんだね」
「そうです。私は、あそこで出会った人達に、お前は騙されている、と」
「────兄ちゃん。私達と、その人達の言葉。どちらを信じる?」
「それは……」
「兄ちゃん、そこで何を言われたんだ?」
「君があの場所を狙っているって」
「違うよ」
「アルバスに記憶を消す力はないって」
「違うよ」
「魔石も魔獣もないって」
「違うよ」
「空が白いのは私の身体に術がかけられているからだって」
「……違うよ」
「否定ばかりではないですか……それでは……」
「……そう、私は否定することしか出来ない。何かを証明することも、納得出来るような言葉もない、ただ信用してくれと言うことしか出来ないよ」
「それなら何も、したくても────」
「それは向こうも同じはずだよ」
彼女は……教えてはくれないようだ。しかし。それは仕方がないことなのだ。何故なら、この感覚共有が付与されているという魔石がある間は、寧ろ。真実を告げられたら困るのだ。
さて。彼女が予想通りに何も言わないのであれば、私が言わねばならない。なかなか決心がつかず遅れてしまったが。私なりに精一杯頑張ったつもりなのだ。……今度は私が、真実を告げることにする。
「……オリヴァレスティさん。よく聞いてください。申し訳ありません、監視されていることを危惧して、すぐには言えなかったのです。私は、あそこから、この石を持つことを理由に戻ってきました。ラムダ山の中にいる騎士団は君達二人を狙っています、だから────」
────刹那、納屋の扉が開く。
空間上の全員が、激しい音と共に開かれた扉に視線を向ける。すると。陽の光が差し込む扉の外から、何かが投げ込まれた。
『炸裂音』
時を待たずして起きた閃光を最後に、私の視界の一切が消え去った。手探り状態。私は、何が起きたのか分からず、ひたすらに声を掛け続けていた。
────何者かに抱き抱えられ、視界を奪われたまま、少しばかりの浮遊感を感じた後、全身に酷い痛みが走る。規則的な感覚の短い振動。私を抱えたまま小屋から走り、私を投げ捨てたのだろうと推測をする。
ぼんやりと戻り始める視界に、暖色が浮かぶ。
それに、熱い、これは……なんだ?
(赤……小屋……)
私は熱、色、そして匂いから直感的に悟る。
「……?!」
私は目にする。戻った視界。
最初に映したのは、先程まで三人でいた小屋が炎に包まれている瞬間だった。
「な────オリヴァ……? オリヴァレスティさ、ん……?」
「そのような覚悟だと、この世界にも殺されるよ?」
突然背後から聞こえた人の声。
その声は聞き覚えのある……いや、忘れるはずもない────。
「不悠乃……?」
「私も頼代さんと同じく成功した……のだけれど、少し誤差が発生してしまったようだわね」
「どういう……ことだ?」
「いずれ分かるわ。それと残念なことに、こんなに久し振りなのに……もう行かなくてはならないの」
「どうして、……私は────」
「頼代さん。私の勝ちですね」
「え……?」
「もうお忘れになられたのですか? 私の提言した通り、こんなところがありましたよ。だから喜びましょう。未来を変え得る素敵なできごとに」
「そ……うだな。私もさっきまではそう決め直したつもりだったんだがな。私も嬉しいよ。今度こそ不自由のない────」
「ごめんなさい頼代さん。時間だわ。きっとまた近いうちに会えるわよ。だから待っていてね。あなたならきっと、見つけられるはずだから……でも、これだけは覚えておいて────」
《────霧は最後に託された選定術────》
《────その試練越え得る者即ち────》
《────現世を離反せしめる────》
彼女は大地を足で蹴り、その身で遥か上空へと飛び上がってしまう。そこから飛び去った彼女を追いかけようとするが……。私には飛ぶことなどできない。
「止めておけ」
今度も、聞いたことのある声だ。私は、心を無にして警戒をされぬよう振る舞うことに注力する。イラ・ヘーネル。彼女は、私の肩に手を置く。その行動は、走り出しそうとしていた「動き」を止めた。
私は騙されていた。最初から騙されていた。
私が危うい状況にあることを、彼女は知っていた。
不悠乃────どうして君が、「彩花」の言葉を知っているんだ?




