119.合図/前方
「了解ー! ……よし、オリヴァレスティー! いつでも大丈夫ー!」
ファブリカを捉え続けるオリヴァレスティ。
告げられた「合図」に頷き、彼女は壁を蹴るようにして飛び出す。
勢いよく加速した彼女の身体は軽々しく人と人との間をすり抜け、あろう事か数秒で反対側の円柱建物の壁際まで辿り着いていた。
……真似するなんて出来ない。
私は彼女の人間離れした「渡り」から、一度は抱いた安堵を疑い始めた。
────続いてダルミ、そしてイラ・へーネル。
その二人も同様、纏めて数えたとしても短いばかりの経過時間に頭を抱え、対になって存在している壁際を見れば、最早あちら側が主力となった現状に、自身の立場を痛いほど思い知らされる。
次なる動きの後に、私は一人となる。
それを知ってか否か、私の横で今にも飛び出そうと大衆を眺めていたファブリカは、こちらを向いて笑顔を見せる。
「ぶつかりさえしなければー大丈夫なように調節ー、したからさー! まあ見てなってー!」
彼女はそう口にし、頃合を見計らって雑踏へと踏み込んだ。
────だが、その動きに風はない。
そう、決して早くないのだ。
可憐であるが、それぞれの動作に静止があり、慎重なる動きは彼女の言う通り、素直に見ることが出来る。
彼女が道の中央辺りにて静止し……。
人が通り過ぎるのを待っているのを確認する。
この行いによって、今後の待機における弊害を考えることが出来、さすれば、壁際から飛び出すことも容易いという訳だ。
「オネスティーくん? 見終わってからでもー」
「いえ。動きながら追いかけます」
「分かったー! 気をつけるんだよー!」
「はい。ファブリカさんも、ですよー」
私は慎重に進むファブリカを追いかける。
先に到着しているイラ・へーネル、ダルミ、オリヴァレスティ。
視界に映る存在は、固唾を呑むようにして待っている。
その光景に私は少しばかり視線を手前へと戻し、通り過ぎゆく人々の隙間を見つけては入る、その繰り返しにて前へ前へと進んでいった。
前方おろか、背後までを隈無く把握し、触れられぬように上手く人集りを縫う作業を続ければ、先へ進めはするが、先々の面々と比べて持続時間は長い。
彼女達のような軽やかな動きからなる、超速の移動と今私が行っているものは似ているようで異なるものであるとの実感する。
一人、二人と通り過ぎゆく人々を越え……。
徐々に徐々にと近づいていく、目的地までの距離。
私より先に出発し、見本として向かったファブリカ。
その距離は、もう目と鼻の先であった。