011.成立/帰還
こちらを見る彼女は、突然。何かに気づいたような顔をする。
「そろそろ時間か。これくらいで、山から戻ってくるのが自然だろう。……少し待て」
そう言って、取り出した刃物で指を切る。
イラ・へーネルは、辺りに落ちていた手頃な石に血を垂らした。赤くなった石は次第にそれを吸い、元の色へと戻る。彼女は変化の収束を頃合に石を拾い上げ、私に手渡した。
「……これが、先程言っていた感覚共有が付与されている『お手製の魔石』だ。魔石なんて代物は作業場にしかないが……。まあ、ただの石ころもこうしてみれば、綺麗だろう?」
私はその言葉から、血が垂れたこと以外何も変わっていないではないかと、半ば疑いながらに抱えている石に目をやる。その石は、彼女が言うように綺麗で透き通った紫色、例えるなら「紫水晶」のような鉱石へと変化していた。
「オネスティ。これから君は、この魔石をもって山から降り、接触するんだ。くれぐれもその石は抱いたままでいるんだぞ」
「────はい。分かりました。この魔石で、私を騙した彼女の姿を……その位置を伝えればいいんですね」
「ああ。慎重に頼む。私はここから、魔石伝いに情報を解析しているから、心配はするな」
「……それでは、行ってきます」
私は渡された魔石を抱える。さすれば、へーネル、ファブリカ、ダルミの三人に別れを告げる。踵を返すように背を向けて、イラ・へーネルが生み出した人影によって破壊、形成された「穴」から外へ出た。
確かに、空は青い。これから私は、彼女の居場所を伝えに行く。大きく、大きく膨らんだ、感情はどちらに向かわせればいいのだろうか。
◇ ◆ ◇ ◆
《森林》
ラムダ山を下山する。
私は、止まることなく出発した場所を目指して森の中へと入っていった。
丘を降りるにつれ泥濘は増大し、足は水面を感じる。薄水の大地にて生える森林……私は、オリヴァレスティが向かっていった方角へと足を向かわせる。
しばらく歩くと、森の奥に少し開けた場所があり、建造物が見えた。
「あ!」
もう、聞き慣れた……声が聞こえる。
「兄ちゃん! 戻ってきてたんだね! 帰ってきてるんだったら言ってよ!!」
「=うん。お疲れ様です。うん」
「申し訳ありません……どこに行けばいいか分からなくて。なので、オリヴァレスティさんが向かった場所を目指しました」
「それもそうだよ……な、兄ちゃん! それって────」
「はい。約束通りの魔石です。これで、足りますか?」
「え、もう十分なくらいだよ! 本当にありがとう!」
「=うん。ありがとうございます。うん」
「それで……兄ちゃん、魔獣はいた?」
「=うん。凶悪。うん」
「しっかりと確認できました、得体も知らないようなのが。あんな事、初めてでした」
彼女は困ったような表情をする。
「さあ、早速薬を作らないと。この魔石を粉にする準備をしてくれていたのですよね」
「うんっ! 準備万端! 早速あそこで作業しよう!」
「=うん。取り掛かりましょう。うん」
私は彼女に連れられ、小寂れた納屋へと向かう。
扉が開かれ中に入ると、若干の煙たさを早々に感じる。
中央に作業台のようなものが置かれており、ここで魔石を砕くことになんの違和感も感じられない……だが。
「早速なんだけど、兄ちゃん」
「────」
「その魔石、渡してくれない?」
そうか、そうなのか。やはりこうなるのか。私は魔石を手放せない。
私は魔石を……抱えてここまで来てしまった。
なぜか。それはあの場から離れるためだ。……私は、伝えたかったんだ。あの人達には、哀れな男だと思ったままで……。そう、気を抜いていて欲しかったんだ。
もっと早い段階でも良かったのではとも思うが、これを見ているなら……この頃合が最も自然に────魔石を手放すことが出来る。




