117.変動/黒霧
薄暗い空間、外から確認出来た植物類を思えば……。
湿り気に関しては、早い段階で判明していた。
外の通りから隔絶された窪地に足を踏み入れれば。
案の定地面は柔らかく、脚部の運動によって滑りが良くなる。
外界と異なる空気感、変化した温度に固唾を呑み……。
私の手を引いたままであるオリヴァレスティに、目をやる。
「オリヴァレスティさん、ここは……」
「ここはね! 帝国内に沢山ある通路なんだよ!」
「=うん。至る所に巡っている。うん」
「通路、ですか」
「うんうん! 抜け道? みたいな!」
「=うん。この先にも、ちゃんと繋がっている。うん」
「なるほど……だからこう、変化というか。明らかに外とは異なるのですね」
「そうそう! だからこそ、身を隠すのにはもってこいだよね!」
湿り気、暗がり、閉塞感。
それら要因が、外界と外界とを接続する通路であることを正確に示しているとすれば、幾らか状況に関して、「納得」が出来る。
円柱の周りを囲むようにして下がっていた地面の先。
描いた円状に存在していた建物群の幾らか。
思えば、この場所と同じような入口が、確認出来た。
何の変哲もない「等間隔の窪地」が……。
こう先へと続く通路の端であったとは、思いもしなかった。
暫く歩みを進めた奥底で、トーピード魔導騎士団は固まっている。
先々に視界は及ばず、果てがどこにあるかも分からない「通路」に。
私は────これからを委ねた。
「おお、オリヴァレスティ。怖がらずに来れたみたいだな」
「怖がってないし! こうしてるのは普通に連れてくるつもりだけだから!」
「=うん。ただの親切、安静を求めたわけではない。うん」
「そうかー? その様子だと一方が、とは見えないが……? ……なあ」
「そうなのですよ。共存的なのですよ」
「ふふふー、優しいことー!」
オリヴァレスティはイラ・へーネル等による視線からか。
今まで固く繋がれていた手を振り解き、腕を組む。
大層不満げそうな表情の中に、少しばかり垣間見える焦りなる表情。
極めて複雑的な彼女の様子に、私は口角を上げた。
「まあ、来られたのならそれでいいとしよう。さて、全員がこうして外部の視線から逃れられた訳だ。……ファブリカ、問題ないか?」
「問題ないですよー! どちらかといえばー問題なのはオリヴァレスティーかなー!」
「ファブリカ……また」
「=うん。ぐぬぬ。うん」
「とはいえ。オリヴァレスティは、場面の変化に弱いのですよ。それは統計的に判明しているのですよ。……そうですね、これからもですか」
「認識阻害……」
私はダルミの言葉により、これから行われることを思い出す。
……咄嗟に浮かんだ記憶から、声が漏れる。
「そうそうー! これから認識阻害をかけるからねー! でもー、オリヴァレスティが忘れないでー、ちゃんと手放さないで食材運んでくれたからこそー、今があるんだよねー!」
「それは、たまたまだし! ほら! ご飯食べて元気になったのなら、早く姿を隠して!」
「=うん。あの中へ入るのは、早い方がいい。うん」
「うむ。間違いないな」
「ですねー! ……ではー! いきますよー!」
ファブリカがそう口にするなり────。
私の視界に映っていた彼女の姿は、不鮮明となる。
影の如く揺れ動く様、確定しない輪郭に滲み出る黒霧。
少し前に行われた認識阻害……それが空中上で行われたことに注目したい。
彼女の認識阻害、それには弱点があり、風が主であることが判明した。
彼女の魔術が風によるものであることはさておき、空中においても進行時に認識阻害を展開したことを考えれば、少なくとも影響は受けるはずである。
故に、今改めて目にしている……認識阻害。
その展開の様子に、違和感を覚えているのだ。
「おーい、みなさーん。見えてますかー?」
ファブリカの声……既に輪郭は消え去り、濃霧と化していた彼女。
その姿は捉えられず、視界には暗がりの空間のみが映っている。
溶け出す霧、揺らぐ輪郭、消え去る姿。
それら全てを逃すこと無く確認出来た要因としては、この場所には空中上に発生していた苛烈な風などが無いことが挙げられる。
不鮮明となった光景を鮮明に感じとった私は……。
消え去った、自身以外の人間の存在を、喪失していた。
「見えないが、声は聞こえるぞ。ファブリカ」
「同様なのですよ」
「同じ!」
「=うん。見えない! うん」
「返事はあるみたいだねー、オネスティーくんはー?」
「あ、はい、見えませんが聞こえています」
「うんうんー、ここだとー、反射しなくて見えないかー」
「それは、どういうことなのですか?」
「実はねー、認識阻害を発動中に、本人達が姿を確認するには、外の光が必要なんだー。これくらいなら平気かなって思ってたけどー、やっぱり難しいねー!」




