114.天井/最奥
「お待たせしました」
私は告げた────下を見ながら、立ちながらにして。
待っていたファブリカの元へと寄り、声を掛けたのだ。
そう……なんの疑いも無しに、極めて単純なる思考のままに。
「おーおー、終わったみたいだねー! どうー? 久しぶりに会った感想はー」
「そうですね……あまり実感が湧き上がってくるものでもないようです」
「そっかー……まー、そーだよねー」
彼女はそれ以上追求をして来なかった……驚きだ。
極めて単調なる幾らかの返答において。
彼と私とが、何をしていたのか気にならないのかと疑問に思った。
しかし、そうは思えど……。
彼女が自ら追求を行わないという時点にて、こちらから何かをするといった方針が、かえって不自然であることは間違いはない。
これを好機と考えるか、それより先は不必要と見切られ、完結された哀愁と考えるかは議論の余地があるが、今のところは私としての方針は変わらない。
こちらからの「この件」に関する内容の説明は行わず、緩やかな別枠へと向かわせることが本来にとっての、安全であるはずだ。
「それじゃー、戻ろっかー!」
「ですね。別れてから時は経っていますし、先へは厚く行ってしまったのでしょうか」
カトブレパスなる人物に声を掛けられ、現在に至るまで少なからず時間が経過しており、先行し別れてしまったトーピード魔導騎士団を思えば、進行が厚く重ねられていることは、容易に想像が出来る。
それも、彼女達の進行速度が著しく早く、少しの時間の経過によってかなりの距離を進むのであろうと思われたからである。
今や別れたカトブレパス。
彼とイラ・へーネルとはどうやら相性が悪いようにも思える。
彼が今どこにいるのかは到底分からないが……。
彼にとっては、次なる再会を信じて疑っていないらしい。
どのような手立て、方法を用いて出会うことが出来るのか、不安であるが。
私の位置を次なる時……姿形、立ち振る舞い、雰囲気から判別するとなると。
以後の出会い方は、今回のようなものになると考えられる。
またや帝国へ赴く際に、このような案件を抱えて「擬態」の中にて行動をしている最中に、声を突発的に掛けられることがあろうとなると……「団長さん」の表情は、変わらないのかもしれない。
カトブレパスにとっても外見のトーピード魔導騎士団は異物であろう。
私が同行することによって発生する「危険性」であるならば。
前もってそれを知った時……彼女は、対処を行うだろう。
カトブレパスとイラ・へーネルの相性がとも思ったが、より中に踏み込むと、そこにいる「私」との相性もよろしくないのだろうと思う。
「たぶんー、もう帝城の近くーって感じだと思うよー! 急ごうー!」
「分かりました。……ご迷惑をお掛けします」
迷惑……そのような事は、微塵も思っていなかった。
現在より帝国から帝城へと赴き、その魔鉱なる代物の回収の必要性を提唱したのはトーピード魔導騎士団そのものであり……。
私個人としては、その存在についてを理解出来ない。
そのために、今回の任務……についての重要性も実感としては湧かず、ただの情報共有不足であると言われればそれまでであるが、あえてそのような態度、位置を取っているがための弊害であろうか……。
トーピード魔導騎士団の行いについて理解をしているかと問われて。
やはり私は、そうだ、とは言えない。
私はただ、初めて出会った……それが仕組まれていたとしても。
発見者がオリヴァレスティという、トーピード魔導騎士団の「団員」であり。
それ以外の交流が、初期段階で無かったが為……。
今も尚、彼女達と行動しているだけに、過ぎない。
それも、彼女達が少なくとも現状においては、この世界のどの人間より、微少に身を置くに抵抗がない存在であり、その限りなく小さな「差」が私をこの場所へと繋ぎ止めているのではないかとも思うのだ。
故に、と結び付け、飛躍を重ねてしまうと考えられるが、私は偶然にもトーピード魔導騎士団と出会い、この世界での有用性を考えた場合。
疑問に対して深く追求せず、比較的軽やかな服従的かつ懐柔されたような人間として「そこにいる」ことが重要かと自ら考えているのだ。
……そう思えば、ファブリカ。
彼女も私に対して何の質問もしてこないが、同じ事なのだろうか。
彼女が私と同じような気持ちの変化があるとしたら……それはまた、馬鹿馬鹿しく、心持ちを沈下させるのには十分であった。
────こうして、短い会話を重ねた後。
ファブリカと曲がり角へ向かって進行を始めた。
先行したトーピード魔導騎士団の面々を追うために。
・・・・・・
本当に、曲がり角ばかりであった。
帝国へ上空から不可視のままに降り立った時。
隠れながらに初めて目にした通りは、まさしく一本道。
王国のそれより狭く短い印象を受ける道であったが……落ちぶれたという訳ではなく、具体的に存在していた「門」という別枠への入口の存在から思うに、ある種、奇妙なものであったのだ。
奇妙な道。
その先に存在する入口、その門を抜ければ、先程の通りで、角ばかり。
折れども折れども懲りることの無い有芯線のような道は延々と続き、まるで迷い込んでしまったのではないかと足を踏み入れてから、ものの五秒後ほどに抱いてしまう、不確定かつ微弱的存在。
今までとは異なる「帝国観」を踏みしめて……。
ファブリカと共にトーピード魔導騎士団を追ったわけであるが。
その間にも彼女から先程に関しての指摘も問い掛けもなく。
平然と先へ急ぐことにのみ邁進しているようなので……。
私は、そのことから、酷く淡泊なる印象を抱いた。
私と同じ考えなのだろうかとも密かに思い始めた彼女。
ファブリカは、共に歩いていた私をついに追い越し、目もくれぬようにして背を見せるなり、意味のある変化をもたらす如く……こちらに向けて振り返る。
「オネスティーくん! いたよー!」
角地の端にて手を掛けながら、笑みを浮かべつつ、こちらを見るファブリカ。
その表情は睡蓮の如く端正で、水と遜色ない程に透き通ったものである。
何故か、その光景に一種の揺らぎ……。
まさに湖面の揺らぎのような印象を抱く。
それを認識し、受ければ、私の心もまた、同じであると悟った。




