109.触感/分離
人こそ通りには見られず、閑散としている帝国。
上方から見れば、防術塔の跡地にて大衆が集まっていたので……。
それに伴った景色なのであると、考えられる。
地面に寝転がっている固形物。
人型をした存在に違和感抱くことはなく、既に順応してしまったのではないかと思えば、自ずと不安になる。
身を潜め、光を捉えながら外なる光景を実感する。
脳内で翻訳をせずとも、本流の如く軽やかに判別出来る言語。
見慣れた光景その様子に彼らの存在を感じる。
未知なる不確定な状況にて旅立った先遣隊。
幾らかの人員の交信途絶と帰還への方法確立を告げるべく。
私は、接触をする必要があった。
それは当然、彩花も同様であり、未だ行方が分からない冬月不悠乃に至っても、行動を共に送るといった計画が存在しているがために帰還の対象である。
故に、先遣隊について……。
一刻も早く真実を知り、真実を告げなければならないのだ。
「ああ。帰還者だな。貴重ではあるが、見慣れない程といった訳では無い。周期的に訪れる……言い換えればまるで隕石のようなものだからな」
「その存在の確保こそ、最重要ー。周辺の覇権を左右するといっても過言ではないんだよー!」
「まあ、兄ちゃんはその点、分かりやすかったけどね!」
「?」
彼らを探す目的があるというのに発信情報を探る手段はなく、それに伴った有用な道具さえ、この場に持ち合わせていない。
規定により、所持品は最小限に抑える必要がある。
限られた物品しか持ち得なかった私にとって、この広大な範囲をたった一人で巡るというのは、些か非現実的である。
故に、監察対象としての冬月不悠乃と共に、この場を巡るはずだったのだが。
彼女の消失によって現在、彩花との接触が少なくとも確認される存在を「トーピード魔導騎士団」と定め、行動を共にしている。
やはり、オリヴァレスティが行った一連の芝居といい、帝国そして王国が明確に何を求めて「帰還者」に固執するのかは不明である。
……だが、無知なる人間とそれを欲する者にとって。
お互いの情報が、甘い蜜なのは必然であろう。
「……基礎知識を元々持ってない人間は、他人から見れば記憶喪失に思えるし、異なる雰囲気も相まって発見するのに時間は掛からなかったね!」
「=うん。そうそう。この人達みたいに目覚めた時には少し前の記憶がない、なんて捉えられるのが、その特徴だよね。うん」
オリヴァレスティは勢い良く立ち上がり……。
その動作のままに、地に置かれた存在を指先にて示す。
彼等の顔と思しき部分にはメノミウスの肉が丁寧に被せられており、彼女達が今まで揃って同じような作業をし続けていたことを改めて実感させられる。
一人が高らかに立ち上がるなり。
座り込んで作業をしていた全員が、同調するが如く、足を伸ばす。
地に置かれ、彼女達に見下ろされる存在に、私は目を背けた。
「ご苦労。それでは……顔型も取れた頃だろう。顔が割れていると考えられる、ダルミ、オリヴァレスティ、オネスティの三人は擬態を行う」
イラ・へーネルは我先にと先陣を切り、貼られていた肉を勢い良く剥ぎ取って、自らの顔に押し当てた。
すると────彼女の顔は、今までのものとは全くといっていいほど……異なる「もの」へと、盛大に変化したのだ。
「これが、擬態ですか」
「ああ、女の騎士に関しては攫う機会を選んだが、造作もない。まあ、この効用も短い間でしか持続しないからな。……さあ、早くするといい」
辺りを見れば……。
ダルミ、そしてオリヴァレスティは既に顔に肉を貼り付けている。
私は、それを目にして言われるがまま貼られた肉を引き剥がし、手に取る。
いざ、顔の前にして目を瞑ろうと前を向くなり、笑顔を浮かべながらこちらを向いている存在に気づき、動きを止める。
「そういえば、ファブリカさんは……」
「私ー? 認識阻害をほぼ発動しているようなものだしー、幸い、帝国に捕まっては無いからねー。それにー、常に戦闘時なんかでは面をつけてるからー。移動させる人が減るならー、それだけ安全性は向上するでしょー!」
「そうそう! ファブリカは色々すごいんだよねー!」
「=うん。それに伴って負荷も計り知れない。うん」
「……って、オリヴァレスティさん……?」
男性のような女性のような、それこそ中性的な顔立ち。
迫り来るような身体に……。
顔さえ見なければ記憶のままの彼女であるが……やはり異なる。
「顔変わってるからね! まー、そこの人の顔ってことでー、そう驚くもんじゃないぞー」
「=うん。ということはその役職に伴った移動が可能となるけど、そうすると、人物的な整合性という問題も出てくるから難しいところ。うん」
辺りを見渡せば、見慣れない人達がそこにはいた。
イラ・へーネル、オリヴァレスティ、ダルミ。
その姿こそ変化していないものの、顔は全くの別人であった。
「さあ、オネスティ。顔をつけるんだ」
「……はい」
両手に肉を持ちながら特異なる光景を眺め続けていた私は、イラ・へーネルの言葉により動かされ、腕を動かす。
顔に肉を押し当てれば、冷ややかな感触と、顔の上を這うようにして蠢き始めた感覚に震えながらも完成を待った。
暫くして動きが収まったので、私は引き剥がすようにして視界を取り戻す。
……依然として変わらぬ、知らない人々と風景。
唯一顔を覆う前より変化していたところといえば、顔が変わったトーピード魔導騎士団の面々が、地に横たわる人々の衣類を剥ぎ取っていたことだろうか。




