偽物の記憶
「お兄ちゃん!ホントにミアのこと忘れちゃったの?」
急に抱き着いてきたミアと言ううらしい白髪の少女は、涙交じりに懇願するような視線で俺にそう聞いてきた。
最初は、いきなりの展開に頭がついていかなかったが、すぐにこの少女の言うお兄ちゃんとは、こちらの世界にいるシロとゆう名の少年のことだと気づいた。
ひとまず泣き崩れている少女の頭をポンっと軽くたたく。
よほど兄のことを慕っていたのだろう、顔をあげたその瞳にはまだまだ涙がとめどなくあふれている。
俺には兄弟どころか他人と関わってこなかったからか、あまりその心情は理解できないが、少女の表情から悲しさが痛いほど伝わってきた。
そこまで思われているシロという名の少年にさらに興味をもちつつ、少女のすすり泣く声がこだまする静寂を破ろうと話をきりだした。
「……きっと君達の思っている人と、俺は、その…別人なんだ。」
俺はここまでの経緯を彼らに話した。
「そう言うわけなんだ、信じてくれないかもしれないけど……」
あまり話が得意なほうではなかったが、なるべく伝わるように細かく話した。
当然二人とも困惑するだろうと思っていたのだが、以外にもその様子はあまり見られなかった。
「そんなに驚かないんですね」
俺はそう二人に聞いてみた。
「あぁ~、むこうの世界の話には多少驚いたが、一応心構えは出来ていたとゆうか想定内だったとゆうか…まぁ、今のお前にいってもわからないだろうな…ちょっと待ってろ」
そう言った大柄な男は、店の従業員であろう女性に声をかけ、しばらくすると手紙のようなものをもってきた。
男は俺にそれを手渡すと、読んでみるように促した。
手紙にはこう書かれていた。
ガイルへ
今、おれは王都の反逆者として追われている、あいつらの罠にはまってしまった、そのうち指名手配もされるだろう。
正直捕まるのは時間の問題だ。それに俺自身がいつまで、もつか正直わからない。
以前お前には話したかもしれないが、俺はもうひとつの世界に行くことになるかもしれない。
数年見つかることもなくお前らのもとに帰ってこなかったら、俺は死んでるか、そのもう一つの世界に行ってると思ってくれればいい。
なのでしばらくは、お前がリーダーとして活動を続けておいてくれ。
急ですまないが皆を頼む。
ps、ミアに上手く説明しといてくれ、あと俺を探そうとするだろうから必ずとめてくれ、もしなにかあったらお前も奴らもただじゃ済まないからな。
読み終えた俺の心臓は激しく鼓動していた、興味深い箇所はいくつもあったが俺の目はある一点を見つめていた。
「…もう一つの世界」
彼、いやシロとゆう名の少年は確かにそう明記している。
(彼は、異世界の存在を認識していたのか!?)
俺は震える声ですぐさま男に尋ねた。
「…彼が、この手紙を寄こしたのはいつ頃なんだ?」
「…5年前になるな」
「それから一度も彼と接触したことは!?」
「ないな、その手紙が最後だ」
俺はある可能性を危惧していた、それは信じがたいが今までの体験がその可能性と一致しだしてきた。
何度となく見てきた同じような夢、元の世界で感じていたどこか違うような人との壁、この世界に来たときに感じた懐かしさ。
男は俺の様子を伺うようにして話しだした。
「秋人といったか…少し言いにくいんだが」
俺は男の次の言葉がその可能性の答えになると直感した。
「おそらくあんたはシロ本人である可能性が高い、現時点でその記憶はないようだがあいつならそれくらいできるだろう」
呼吸が乱れ頭痛がしてくる、自分のなかで自分じゃない何かが語りかたりかけてくるようで頭がおかしくなりそうだった。
ふと頭に浮かんでくる。
傷を負った白い髪の少年が、仮面をかぶった男にむきあってなにか話している、そして少年は真っ白な光につつまれ、仮面の男はなにやら叫んでいる
光が弱まり見えたのは雨のふるあの河川敷だった。
「おれが…シロなのか?!」
俺は店をでた、背後からそれを止める声が聞こえるがそれを無視して駆け出した。
先ほどまで快晴だった空は雲に隠れ冷たい雨が降り注いでいた。
「俺は、春風秋人だ!ほかの誰でもない!」
締め付けられるような胸からその言葉を絞り出し、頭に次々と流れ込む見覚えのない記憶を振り払うように行く先もなくひたすら街を走りだした。
やがて走り疲れた俺は、狭い路地をとぼとぼと歩いた。
空はしだいに晴れてきたものの心の迷いは一切晴れることはなかった。
身に映る景色は見覚えのない記憶を呼び覚まし、同時に俺の存在を否定してくる、春風秋人の存在は偽物なのだと。
気づくと俺はガラの悪い男達に囲まれていた、なにやら叫んでいるがそんなことはどうでもいい。
胸倉をつかまれ殴られた、痛みを感じる。
殴られた左頬が痛い、口の中が切れ血の味がする、だがそのたびに自分という存在を感じているようで不思議と笑みがこぼれた。
「ククッ ハハ ハハハハハ!」
「おい!こいつ笑ってやがるぜ、頭いかれてんじゃねーのか」
男達はおもしろがるように俺を殴り、蹴った。これが袋にされるとゆうやつだろうか?
体中が痛かった、でもそれ以上に頭に渦巻く知らない記憶が春風秋人の心を痛めつける、その痛みが一番苦しかった。
「…もう、どうでもいいや」
俺は偽物だと自らをなげうった、それと同時に腹を殴られ後ろの壁にもたれかかるように沈みこむ。
すっかり晴れた空は、青く太陽がさんさんと輝く、その日の光に照らされる俺を遮るかのように誰かがそこに立っていた。
(…綺麗だな)
素直にそう思った。
腰まで伸びる金色の髪は優しく風に揺られ、その立ち姿は凛々しく、美しくその存在感は他を寄せ付けないものだった。
その金髪の少女の後ろ姿にむかって、俺は必死に手をのばした。