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金色の 菜の花畑の 向こうから    作者:
第2部 第3章 私は休んでいる
35/69

私は休んでいる 3

「わぁ。」 

オールは思ったより大きい。

漕ごうにも,重くて動かせない。

両手なんて無理無理。片手だと,回ってしまうから,倫太郎君だけが漕ぐ。


「うわっ。結構きついね。」

「ごめん。私って重い?」

「まさか。」


 湖の中にある島に次々に上陸した。

 みんな楽しそうに笑っていた。1位はなんと,一恵さんと坂木さんのペアだった。

 もちろん,こぎ手が一人しかいない倫太郎君と私の船はビリだった。

 坂木さんは,大学園の頃,ボート部だったそうだ。意外な特技だね。とみんなで笑いながら島の中心にある神殿を目指していた。


 私と倫太郎君は先頭を歩く。私の歩調に合わせてみんなもゆっくりゆっくり歩いてくれる。

 木々がうっそうと茂り,時折,鳥の鳴き声もする。暑さを忘れるくらい・・陽の光もあまり届かない。

 土の香り。腐葉土の香り。時々獣臭もする。何かいるのかな・・・うさぎ?たぬき?この世界にもいるのかな・・・とりとめもないことを考えていると・・何か急に空気が重く感じられる・・あの3人を思わせるような重苦しい黒い・・・

・・何?不意に倫太郎君が立ち止まる。


 ガサガサガサ・・・急に藪が割れ,迷彩の服を着た男が数人出てきた。


「城山教授とそのご家族とお見受けする。」

 素早く護衛の人たちが私たちを囲むように立つ。


「私に何か用かね。」

 ゆっくりおじいさんが前に出る。私は倫太郎君の後ろに押しやられた。私の後ろには一恵さんが立つ。それを確認してから,倫太郎君はゆっくり腕を前に伸ばす・・・


 「おっと,私たちはただここにいるだけですよ。何もしていません。不穏な動きはやめていただきたいですな。」

迷彩服の一人が言う。


 「ただいるだけならば,なぜ我々を脅すように急に出てくるんだ?」

 「ただのご挨拶ですよ。」

 「その割に,名乗らないのはけしからん。」

 我慢できなくなったのか,お父さんが口を出す。

 「これは失礼しました。」


 「いや。後ろの人には見覚えがあるよ。」

 倫太郎君が言う。

 「ほう,立木を覚えていましたか。」

 さっきから話している迷彩服が答える。


 「で,あなたは?」

 おじいさんは穏やかに尋ねる。

「もう,・・・気がついていらっしゃるのではありませんか?」 

 「それでも。あなたの口からお聞きしたいですな。」


 その間,誰一人動かない。・・・思い出したように鳥の鳴き声がする。

 「わたしは,金田 修平といいます。」

 「やはり。」

 「っ・・まさか・・・ご本人とは・・・」

 「ですから,このように護衛を連れていますのでね。」


 ・・・華国の首相はにっこり笑った。

 「お会いしたかったのですよ。

  隠されてしまいましたけれど,そちらのお嬢さんとね。」

 「見せるほどではありませんよ。」

 素っ気なく倫太郎君が言う。

 ちょっと私に対して失礼な言い方だけど,この場合当然の反応か。

 時々,木漏れ日が揺れて,みんなの顔を照らす。


 遠くから人の声がしてきた。

 お互い,それに気づいて,少し顔をゆがめる。

 「誰か来たようですな。」

 おじいさんがしらっと言う。


 華国の首相は苦々しい顔で

 「是非,場所を変えてお話ししたいのですがね。」

 「お断りします。」

 「・・・せめて国家を通してからにしてください。」


 「それが出来れば,こんなことを企てませんよ。」

 ため息とともにつぶやくように言う。

 「首相,」

 立木と呼ばれた人が声をかける。

 「仕方ありませんね。では,また。」

 男達はまたガサガサと藪の中に消えていった。


不意に空気の重さがなくなる。呼吸が楽になる。

 

声はどんどん近づいてくる。


 「我々もいきましょうよ。」

 静かに動向を見ていたおばあさんが言う。

 「そうですね。」

 お母さんも頷く。

 

 無言で,残りの道のりを歩く。

 倫太郎君は,私としっかり手をつないだ。


・・・・・

 なぜ華国の人たちは私たちがここに,今日来ることを知っていたんだろう。私でさえ,今朝知ったのに・・

 疑問が心を横切る・・あの重苦しさは何?


 「ここは『人』の神殿なんだ。」

 神殿は薄茶色の煉瓦のようなもので作られていた。

 中は薄いグリーンで統一されていた。


 「ご神体は?」

 「ごしんたい?」

 おじいさんが反応する。

 「祈りの対象にするものです。こういう場なら,ご神体は湖か,この島・・」

 「そういうものはこちらにはありませんね。」

 おばあさんが言う。


 「何に祈るんですか?」

 「何にではなく,何をですね。」

 お母さんも言う。

 「何に,でなく,何を・・・?」


 つまり,祈りの対象は,ものではなく,・・・思い?


 「私のいたところでは,祈りは,神や仏などに対する願いです。そして,感謝でもあります。」

 おじいさんが頷く。

 「なるほど。」


 お父さんが言う。

 「こちらでは,祈ることは,世界に光を注ぐことです。」

 「・・・祈りは光を注ぐこと?」


 おもしろい考え方だ。何かを願うのでなく,何かに感謝するわけでもなく,ただ光を注ぐこと・・・それがこの世界の祈り・・・

 

 「では・・天の力って何なんですか?」  

 「それについてはここではちょっと。」


 

・・・・「人」の神殿の中は観光客が行き交っていた。

 確かに此処でする話題ではなかろう。


 私たちが上ってきた道は,神殿の裏側に当たるそうだ。

「表側に出てみましょう。」

 おばあさんが提案する。おじいさんも頷いて,何か坂木さんにささやいた。

坂木さんはさっと先に出ていった。警備の確認かしら・・・

 神殿の表側に行ってみると,開けていて,日本の有名な寺や神社の前のように賑わっていた。


「わぁ。」

 両側には,美味しそうな匂いをただよわせているお店が,ずらっと並んでいる。少し行ったところには,噴水と広場があり,その周りには,いろいろなものを売る屋台も出ていた。


「難しいことから離れて楽しもうよ。」

 大人達が,集まって話を始めたから,倫太郎君は,私の手を取って屋台に近づいていく。


 美味しそうな串焼きとか,クレープみたいなものとか,アイスクリームだとか・・

 最近は,あまり食べられなくなっていた脂っこそうなものも,今の体は受け付ける。

 でも,胃袋が小さいので,たくさんは入らない。

 倫太郎君はどれも1つずつ買っていく。串焼きは,最初にかじらせてくれた。順番にかじって1つのものを食べる。クレープも,カップに入った,見慣れないきれいな果物も・・・2人で分け合って食べると,そのものの味より,さらに美味しいみたいだ。


「お兄ちゃん,妹さんと半分こかい?偉いな。ほらお兄ちゃんのために1個おまけしてやるよ。」

 なんて言ってくれる人もいる。

 

しばらく堪能していると,護衛の人やおじいさん達がやってきた。

 「帰ろう。」

 帰りはボートでなく,表側の船着き場から,白い鳥の形をした大きな船に乗った。どこかの湖にある,観光用白鳥号みたいだ。


 涼しい風が吹く。二人で甲板に並んで立って,後にしてきた島や,これから着く船着き場を見る。

 こんな小さな体じゃなくて,ちゃんと倫太郎君と同じような年頃の子だったら良かったのに・・・なんて考えてしまう。

 この世界になじんで,この世界のことを何でも知っていて・・・そして・・・


 60歳のおばちゃんと,15歳の倫太郎君が並んでいる姿は・・・思いたくもない。実際は,倫太郎君は私の世界で言えば,150歳なのだけれど。しわしわのおじいさんの倫太郎君を想像・・・できない。

 

 その夜は,さすがに夕飯が入らなかった。

 美味しそうな山鳥の料理だったのに。少し残念。


 それにしても,華国の首相が来るなんて。

 倫太郎君やおじいさんは,どうして話し合いをする気はなかったんだろう。

 どうして私に会いたかったんだろう。

 そして何より,あの重苦しさは何?

 あの3人に通じるようなあの重苦しさ・・・


 ・・・どうもまだよく飲み込めない,天の力。早く覚醒出来るといいんだけれど。

 

 



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