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東方逆接触  作者: サンア
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お泊まり話



「………………」


 ピクピクと白い耳が動く。


「………………」


 ゆらゆらと灰銀の尾が揺れる。


「………………」


 やや頭を傾け、目を閉じ、筋肉質の二の腕をギュッと握り、がしりと組んで、直立している。


 めりめりと指が食い込むが、思考の沼にハマッていて痛みに気付かない。


 爪が立って、皮膚を裂いても気付かないかもしれない。


 それほどまでに、犬走椛は悩んでいた。


「うぇ!? 血ぃ!? もみちゃん! 血がっ! 血が出てるよ!」


 通り掛かった姫海棠はたてが、椛の腕に流れる血を見てギョッとして叫んだ。


 しかし、その騒音すら今の椛には届かない。


「もみちゃん! 椛っ! ……もみもみ? ふむふむ」


 呼び掛けても反応がない。こういう椛を見るのは、初めてじゃなかった。


 以前は椛が答えを見つけるまで、この状態は続いただろう。


 が、今は違う。


「あ、彼が」


「どこです? ……いないじゃないですか」


 か、と発音した時点で反応を見せた椛に、


「ごめんごめん」


 と軽く返しながら続ける。


「でもほら、腕」


「腕? ……ああ」


 二の腕から血が出ている。爪で裂いたらしい。やっぱり気付かなかった。


「考え事?」


「……はい」


「相談乗るよ?」


「……お願いします」


「うん!」


 はたてはニコリと笑って答えた。


 正直な所、はたてに相談して解決するとは思わなかった。


 ただ、一人で悩むのに疲れて、少しばかり甘えたくなったのだ。


 そう、椛は疲れていた。脳を酷使し、疲れすぎていた。


 忘れていたのだ。


 はたての性格を……。


 言うまでもないが、椛の悩みは彼に関連したものだ。


 過去、何度も彼へ接触をしたが、深い接触をする時は毎回酒に頼っていた。


 何せ、素面では理性が勝るからだ。更に、過去彼を認めていなかった事実が、強がりという形で理性を強めた。


 素面の時に、深い接触が出来るようになりたい。


 弱音で本音。これをはたてに相談したというなら、椛は油断していたに違いない。


 椛にとってはたては、油断出来る相手でもあった。


「よくわかった!」


 同時に、


「全部はたてちゃんに任せなさい!」


 油断し過ぎてはいけない相手でもあった。






 布団が敷かれている。傍らには正座した彼。


 薄い装束を纏い、微かに濡れた髪を束ね、紅潮した頬を手で扇ぎながら、襖を開けた椛へ顔を向けた。


「……」


 椛は無言で彼へ近付き、正面で姿勢を正し、胸を張って正座。


「……」


「……」


 無言。無声。緊張が強まり、椛の鼓動が加速した。


「……な、なんとなく、察しはつくが」


 たどたどしく口を開く。彼が少し首を傾けた。


「何と聞いて、ここにいる?」


「はたてが椛の相手してあげてって」


「……そうか」


 ド直球ストレート。


 相談から数時間後だから殊更に。


 ここははたての家だ。ご飯食べながら作戦会議と言われたので、適当に食べ物を持ち寄って来たのだ。


 まさかこの短時間で、彼を連れて来るとは思わなかった。


「……汗か?」


「うん」


 激しい運動をした後らしい。近くに布団があるからか、いらぬ妄想を抱いてしまう。


 いや、あながち間違いでもないかもしれない。


 数時間はあったのだから、はたてと一戦交えていても、不思議ではない。


 はたての性格からしても、有り得ないことではない。


 が、それにしては布団に乱れはないし、事後であったにしては、はたての気配すら無いのは可笑しい。


 匂いも汗と生活臭くらいだ。交合してたなら、もっとむせかえるような濃い匂いがあるはずだ。


「はたてと……」


 ここ以外でしている可能性も……。


「バドミントンしてた」


 なかったか。


 なぜバドミントンなんか……。


「椛とお風呂入ったらって」


「……」


 なるほど、風呂に入れる理由を作ろうとバドミントンを……。


 ああ、それで着替えを持ってこいと言ったのか。


 泊まっていってと、甘えられてるのかと思った。


 あのアホ上司はいったいどういう世界観で生きているのだ。


「じゃあ、とりあえず風呂にするか」


「ん」


 まあ、良い提案だとは思うけども。





 椛の身体には、至る所に傷痕があった。


 爪で裂かれた傷。牙が食い込んだ傷。妖術で焼かれた傷。槍で突かれた傷。弓で射られた傷。剣で斬られた傷。


 古傷の上に古傷が重ねられる戦いの日々は、弾幕ごっこの登場で減りはしたが、無くなりはしない。


 これからも彼女の身体は、傷付き続けるのだろう。


 同族さえ目を背けることもあるこの身体を、椛は不意に彼へ見せていた。


 彼は、あまりにも……あまりにも普段通りだった。


 椛の身体を見た者の反応は、大体が好奇心か同情の二つだった。


 好奇心はそれほど不快ではない。そもそも、この傷は同情されるようなものではない。


 戦っていれば誰だって傷付く。椛はそれが他者より多いだけで、戦ってきた日々を誇りに思っている。


 傷の理由を問われれば語るほどに。


 だから同情は不要。とはいえ、この身体を見て、反応しないというのは難しい。


 そう、難しいはずなのだ。


 椛は自分が服を脱いでないのではと疑った。


 もちろん脱いでいる。全裸だ。さらしも下着もない。全裸だ。


 均整のとれた筋肉質の身体は、傷痕に隠れ目立たないが、決して女性的な魅力は失っていない。


 いや、筋肉質だからこそ、豊かな胸や張りのある太ももが際立っているのか。


 閑話休題。


 狭い湯船に二人。密着するのは当然だ。


 椛の膝に彼が乗る形になっていた。


「なんとも思わないのか?」


「ん?」


 つい口に出してしまう。


「傷だ」


「傷?」


「……私の傷痕だ。これとか、これ」


「初めて見た時はびっくりしたよ」


「……ああ」


 酔った椛は開放的だ。服を脱ぎ捨てることもある。


 そうか、見せたことがあったのか……いや、にしても無反応にはならないだろう。


「今もちょっとびっくりしてる」


 本当に感情が表に出ない奴だ。でも、それでもやっぱり、他者とは反応が違う。


「……変とか、気持ち悪いとか、思わないか?」


「なにが?」


 彼は不思議そうに振り返り、椛の瞳を覗き込んだ。


 これまで、この傷痕に特別な感情を抱くことはなかった。


 だが、恋愛というものを知って初めて怖くなった。


 この傷痕を、恐れられたら、嫌悪されたら、どうしようか。


 そんな恐怖が生まれたのだ。


「いや、なんでもない」


「そう」


 そんな恐怖も今消え去った。すると新たな感情が芽生えた……らしい。


「んっ……んんっ」


 甘い声が彼から零れる。なんだこいつ誘ってるのか。


 そう思った椛が彼へ視線を落とすと、彼の股ぐらを弄る自身の尻尾が目に入った。




「ん……んっ」


 首筋に噛み付く。決して傷付けないように、甘く、甘く……。


「あっ……ん、んん」


 下腹部に指を這わせる。中心に当たらないように、丁寧に、繊細に……。


「んっ……あっ、ぁん……んん」


 尻尾が尻を撫でる。ぐにりぐにりと形を変えて。程好い弾力の固さをもって、侵入しようと先端をあてがい……。


 彼の高い声が狭い浴場に響いた。





 布団に並んで寝転がる。ほんのり湿った髪と、緩やかに立ち上る湯気が風呂上がりを示していた。


 二人は薄い装束に身を包み、向かい合う形で転がっていた。


 いたたまれない。もどかしく、恥ずかしい。


 なんのことやない。結局酔ってる時のように、理性を失うことで彼に手を出したのだ。


 情けなくて仕方がない。


 彼がジッと顔を覗き込んでくるのだから尚更……。


 頭の耳が落ち着きなく、ピクピクと痙攣していた。尻尾も動き回っている。


 さっきあんなに声を上げて鳴いたのに、こいつは恥ずかしくないのか……なんだか不公平だ。


 それに、ずっと目を合わせていると、胸が昂って……どんどん脳が溶けていくような……そんな感覚になって……で、彼の唇がとてもとても愛おしく見えて……。


 ゆっくりと椛の身体が彼へ近付いた。


「もみもみ、尻尾が太もも撫でてこそばゆいんだけど」


 で、真ん中に寝転がるはたてにぶつかった。


 ヒュンと、椛にあった情欲やらがすっ飛んでいった。


「仕方ないでしょう。動くものは動くんです」


 などと言いながら、尻尾は落ち着きを取り戻し、動きを静めていく。頭の耳も同様だ。


「ま、きもちいから良いけどさ」


「そうですか」


 しかしこの天然アホ上司は、いったい何を考えているのか。


 やたら大きな布団だなとは思っていたが、なんで上司と好きな人で川の字になっているのだ。


「なんか、こういうの、スッゴいお泊まり感があって楽しいわよねっ」


 単純に欲望に素直なだけか。さては相談も作戦会議も忘れているな。


 まあ解決したようなものだから構わないが。


「ふふふ、椛、私がお泊まり会をしたいだけで、二人を呼び寄せたと思っているわね?」


「違うんですか?」


「違いますぅ、はたてちゃんはカワイイ後輩の相談を忘れるほど愚かじゃないやい」


 それは意外だ。


「で、この状況からどうしろと?」


「くんずほぐれつよっ!」


「はっ?」


「はたてちゃんが優しくリードしてあげるからっ! 安心して身を委ねて!」


 この人やっぱりアホで欲望に素直で天然でアホなんだ。


「風呂でしたんでいいです」


「なんとぉ!?」


 椛は淡々と告げて目を閉じた。これ以上、はたての戯れ言に付き合う気はないという意思表示だ。


「いいもんいいもん。二人でするもん、ねっ?」


「眠い」


「なんとぉ!?」


 彼もまた目を閉じようとしていた。


「ちぇ、じゃあアタシも寝よ。おやすみ~……ぐぅ」


 就寝の挨拶から一秒の間を置かずに、はたては寝息を立てた。


「ふっ」


 はたての寝付きの良さをしっている椛も、これには堪らず吹き出した。


「演技かと」


 彼も目を開いて驚いている。


 はたては二人の間で健やかな眠りについている。完全に寝てる。どういう生き物なんだこの人は。


「変な人だ」


「そう?」


「ああ……おやすみ」


「うん、おやすみ」


 改めて就寝の挨拶をし、目を閉じた。


 ん? もしかして、恥ずかしさやもどかしさを解消しようとして、わざとこんな……考え過ぎか……考え過ぎだ、よ……なあ?


 チラリとはたてを見た。大口を開けて心地好さげに眠っている。


「ふへへ……あっ、しょんな……ダメったらん……ふひ」


 直後に発した寝言を聞いて、真面目に考えるのをバカらしく思った椛は、今度こそ本当に眠りについた。



はたて「さあ早朝ックス早朝ックス!」


椛「しません」



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