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東方逆接触  作者: サンア
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海水浴話



水着が書きたかった。





 幻想郷では本来有り得ない音が響いている。


 博麗霊夢は砂浜に突き刺した大きな傘の影に仰向けに寝転がって、燦々と熱気を降り注ぐ太陽を見上げた。


「暑い」


「はい」


 ボソリと呟くと顔の横からひんやりと冷気が漂ってきた。顔を向けると、彼がかき氷をこちらに差し出していた。


「ん……ありがと」


 霊夢は起き上がって受け取ると、早速一口頬張った。


 ふんわりとした氷の滑らかな口どけが気持ちいい。味はいちごミルク……そうだこれは確か、先日採集した“火だるまいちご”だ。


 炎のような形をしていて食べると発汗作用がある。“ゲーム”的には、微量の体力を回復する効果で、料理として食べると火属性耐性を付与、だったか。


 ミルクは普通のミルクだ。牛のかは不明だが、ねっとりとした濃い甘味がいちごの風味に非常に合う。


「……避暑に来たのに、こっちまで暑いんじゃ意味ないと思うのよ」


「楽しいよ?」


「……ならいいけど」


 霊夢は赤いビキニを、彼は牛柄のワンピースを、浜辺で水を掛け合う少女達もまた水着姿。


「ま、確かに海で遊べるってのは楽しいかもね」


 Dゲームの海で遊ぼうと提案したのは誰だったか。暑さに耐え兼ねた天子だったか、彼の水着姿を見たがった幽香だったか。


「れーいーむー! 泳ぎましょうよー!」


 向こうから霊夢を呼ぶのは天子か。競争でもしたいのだろうか。


「ま、せっかくだし泳ごうかしら」


 食べ終わったかき氷の器を、寝転がっていた椅子に置き、のっそりと立ち上がった。


 影から出て太陽光に晒されるとくらっと頭に血が上る。ああ暑い暑い。


 背後に彼が付き従うのを気配で感じながら、先日のことを思い出す。





 嫌な予感。早朝に目覚めた霊夢はまず隣を見た。本来なら彼が眠っているはずだが、今日はいない。


 昨日朝食を作って外出したのだ。幽香の家へ。


「泊まるかもしれない」


 そういった彼の顔はどことなく楽しげであった。


 彼の命に危機は感じない。この予感は、自分にとっての嫌な……朝食を作ろう。何かで気を紛らわしたかった。


 午前十時頃、彼が帰ってきた。幽香と手を繋いで。


 彼が誰かと手を繋ぐのは珍しくないし、幽香だったら尚更だが、いつもとは違う雰囲気が漂っていた。


 普段霊夢はそれを見ても、後で私も手を繋ごう、それくらいしか思わない。


 胸がズキリと痛む。心臓に刃物が突き刺さったような気がした。


 彼が掃除を始めると、霊夢と幽香は縁側に並んで座り、他愛のない雑談をした。


 お互いがお互いに、緊張をしていた。ぎこちない会話や、まとまらない話題、普段なら彼の腰のラインについて語り合ったりもするだろうに。


 その時ばかりは彼の話題は出なかった。意図して避けられていたのだ。


 だが、幽香は覚悟を決めて話し出した。霊夢の察する通りの話であった。


「しばらくしたら、子供が出来るかも……」


「そう」


「…………」


「…………」


「この間、人里の服屋さんで霊夢に似合いそうな服があってね」


「いいわよ、興味ない」


 何よりも本人らが驚いたろう。二人は核心に触れた後は普段通りに会話することが出来ていたのだ。その後疎遠になったりもしなかった。


 変わったのは、彼と霊夢の関係性だった。





「影ウルフってさあ。シャドーウルフとか影狼じゃダメだったの?」


「呼びました?」


「……ああ、なるほど」


「え? なになに? なんです?」


 比那名居天子の呟きに反応した今泉影狼は、勝手に納得した天子と隣にいた伊吹萃香へオロオロと視線を右往左往させていた。


「楽しそうだね、あんた」


 彼の胸に抱かれた赤蛮奇がそんな影狼をからかった。


「え? まあ、ほら、ゲームだと……その……気にしなくていいから、ね?」


「体毛?」


「ストレートにいうな!」


 確かに影狼の身体には、海水で濡れた頭以外に毛というものは見当たらない。


 暑い季節にも露出を出来るだけ控え目にする影狼にとって、水着は解放感があり過ぎた。


 三角形の黒い布地は面積が狭く、影狼の豊かな胸を挑発的に強調していた。下衣もやや小さめで、濡れたせいか尻に少し食い込んでいるのだが、恥ずかしさより楽しさが勝ってか気にしてない。


 赤蛮奇は首の後ろで結んだワンピースだが、背中はざっくりと開いており、前面も腹部の辺りはやや狭いデザインだ。腰はミニスカートタイプで、水に濡れて太ももに貼り付いている。


 背中も腰回りもセクシーだが、首が無い今は、少しのことでとれてしまいそうでハラハラする。


「ああ、そっか。顔とか体格も変えられるもんね。体毛も当たり前か」


 萃香は紺色のスクール水着。それ以外には何も言うことはない。


「だから、体毛って言葉やめて下さい……」


「体毛ももらってやるから胸寄越せよ」


「ええ……」


 真顔で影狼へ詰め寄った天子は、チューブトップにパンツタイプ。縞模様が可愛らしいが、起伏がない。影狼に比べればそれはもう……。


 見た目幼女の萃香と互角の胸というのは、色々通り越して哀れだ。泣けてくる。


 しかしまあ、全体的に健康的な肉付きではある。ボンッキュッボンッ、ではないだけで。キュッキュッキュッ、といった感じの……泣けてくる。


「霊夢は?」


 ポニーテールに結った幽香の、花柄ビキニは影狼以上に挑発的で、布地の下側から胸がはみ出している。だが特別布の面積が狭い訳ではない。


 胸が大きいのだ。


 腰に巻いたパレオはチャイナドレスのように開いた側面から太ももを覗かせていて、ついつい視線を送ってしまう。


「食べ物買ってくるって」


 彼が、赤蛮奇の頭をバスタオルで拭きながら答えた。幽香は苦笑いを浮かべた。


「……そう」


「珍しいねぇ」


 幽香は何かを察していた。萃香も霊夢の行動に思うところがあった。


「なんか避けてるわよね彼のこと」


 空気読み人知らず。天子がハッキリといった。影狼が慌て、赤蛮奇が天子を睨み付ける。


「なんかしたの?」


 萃香が呆れ、幽香は吹き出した。


「んん……えっと……」


「やったのは私。彼は何もしてないわ」


 言葉を詰まらせる彼を幽香がフォローする。しかし、幽香と霊夢はいつも通りだったのを、天子は知っていたので納得出来ない。


「霊夢に聞いてくる」


 天子はタオルを投げると走り出した。幽香は追い掛けようとしたが、逆効果だと悟って止まる。


 みるみるうちに天子が小さくなっていった。速い。


「とんずら使ってるね」


 冷静な萃香の言葉に、幽香は溜め息を吐いた。


 海水浴場の奥の建物はやたら開放的である。窓やドアはなく、薄い木の壁と屋根で構成されている。


 いわゆる、海の家というやつだ。繁盛している。テーブルは埋まっているし、注文をするカウンターにはそれなりに長い列があった。


 色んな食べ物の匂いが漂っている。中でもカレーやラーメンの匂いが強い。


 泳いで身体を冷やすからだろう。他にも、おでんや焼きそばなんかも人気があるようだ。


 わざわざ海で食べる必要はない気がするのだが……まあ食べたくなる気持ちはわかる。


 周囲には屋台などもたくさんあった。列もたくさんある……。


 諦めるか。行列に並ぶのは好きではないし、特別何かが食べたかった訳じゃない。


 ただ、彼と離れていたかった。


 もちろん嫌いになった訳じゃない。彼のことは好きだ。大好きだ。


 でも幽香とそういう仲になったんなら、それなりに遠慮はしないといけない。


 霊夢は彼と肝心な所までは進めなかった。それは、彼を大事に想っていたからだ。


 しかし、一歩を踏み出せなかった。ともいえる。


 幽香への嫉妬はあった。が、ほんの少しだ。羨ましさの方が大きい。


「カカッと駆け付けたわよ!」


 もう一泳ぎして暇を潰そうとした所に、猛スピードで天子がやって来た。


「なんで彼を避けてるの?」


 そして間髪入れずに質問。腰にリボルボーを挿したホルスターがあれば、撃ち殺していたかもしれない。


「あんたに関係ないでしょ」


「嫌いになったの?」


 人の話を聞かない女だ。


「そんな訳ないでしょ!」


 苛立ちも手伝って怒鳴り付けた。周囲の視線が集まる。


「じゃあなんで避けるの?」


 天子は怯まない。霊夢は溜め息を吐いて天子の手を掴んだ。


「来なさい」


「ねえ教えて」


「……っ」


 ワガママ。それも究極の。


 霊夢は人目のない岩影へと天子を引っ張っていくと、ぶっきらぼうに手を離し、ぺたりと腰を落とした。


「わっかんないわよ」


 霊夢の目が潤んでいた。


「……うっそだあ」


 天子は霊夢の隣に座ると挑発するように言葉を吐いた。


 キッと霊夢が睨み付ける。次いで怒鳴り付けようと息を吸い込んだ。


「納得したつもりになってるだけなんでしょ?」


 呼吸が止まった。


「彼が好きで、諦められなくて、近くにいると襲っちゃいそうで怖いんでしょ?」


「ぶふっ」


 溜めた息を吹き出したのは、心情をずばり言い当てられたからだ。


 それも、霊夢自身が認識してない部分までハッキリと。


「あたしは諦めない。幽香と彼に何があったって、あたしは諦めない」


 天子は立ち上がると歩いていった。天子の姿が岩影から消えると、霊夢は涙を流した。


「私だって……私だってねぇ……っ」


 溢れる涙を拭いながら、子供のようにぐじぐじと文句を口に出す。


「貴女が泣くのを見るのは、何年ぶりかしら?」


 隣からの聞き覚えある声にバッと顔を向ける。空間の境から上半身を出した八雲紫が、扇子を口元に笑みを浮かべていた。


「何、の用……よっ」


 霊夢は紫から顔を背け、涙を抑えようとするがそう簡単にはいかない。


「私にも教えて、どうして彼を諦めるの?」


 無責任な質問だと思った。紫がわかっていない訳がなかった。


「……喧嘩……売りに……きたのっ?」


 涙の中を怒りが貫くように上ってきた。唇を噛み締め、必死に自分を律するが、いつ爆発するかわからない。


「教えて」


 紫から笑みが消えた。なるほど、真面目に聞いてるつもりらしい。ほんの少し、爆発までの時間が伸びた。


「……私が……私が、博麗の巫女だからよっ」


 博麗の巫女とは、幻想郷で最も重要な役割を担う存在だ。


 幻想郷の秩序を護り、外の世界との結界を維持し、あらゆる異変へ果敢に立ち向かう。


「だから?」


 霊夢の怒りが増す。わかっている癖に……。


「……新しい巫女が決まるまでは、私が力を失うわけにはいかないでしょ! わかってるでしょ!?」


 穢れた身体では博麗の巫女足り得ない。未通でなければ、乙女でなければ、神と通じることが出来ない。


 だから彼とは契れない。


「そうね。霊力そのものは失わなくても、神様の力を借りるのは難しくなるわね……ありがとう霊夢」


 礼をいわれて霊夢は目を丸くした。


「貴女が、ちゃんと幻想郷のことを考えてくれて、とても嬉しいわ」


 普段の、からかうような笑顔とは違う。本当に心から、霊夢へ想いを伝えている。


 まるで母親のように……。


「博麗の巫女になれるだけの才能をもった子は非常に珍しいわ。すぐには見つからない」


 わかっている。わかっているから、霊夢は諦めたんだ。彼を……彼との幸せな日々を……。


 天子に自覚させられて、紫に礼をいわれて、霊夢は覚悟を決めた。


 やはり彼から離れよう。幽香の家に引っ越してもらおう。そして二度と会わないように……改めて涙が込み上げた。


 覚悟とは辛いものだ。


「でもね霊夢、貴女は彼を諦める必要はないのよ」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔が上がる。紫は真っ直ぐに霊夢の目を見つめて言った。


「霊夢が産むのがダメなら、彼に産んでもらいましょ」


 感情を吐露し、普段では有り得ない姿を見せていた霊夢が、紫の言葉に対して最初に見せた反応は、


「はっ?」


 実に間抜けなものであった。





 シリアスな話かと思ったか? 残念、これは東方逆接触なのだ。



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