花占い話
それなりに核心。
「好き……嫌い……好き……嫌い……好き……これ、数えたかしら?」
花占い。想い人が自身に好意を持っているかを花びらの枚数で占うこと。
本来なら花びらをちぎっていくのだが、風見幽香は無闇に花を傷付けることを嫌う。ので、指差しで数えていくのだが、毎回一周する直前でわからなくなってしまう。
片方の手で最初の花びらを指差したまま、周りを数えていけば良いのでは……と幽香に教える者はいない。
大体、幽香は敢えてそうしていない。なんなら、ちゃんとわかっている。数え間違いなどしていないのだ。
毎回忘れたふりをして、うやむやにし、次の花に変える。“好き”と結果が出るまでそうする。
それ自体に意味はない。でも、それでも、悪い結果にはなってほしくない。
空想でも彼には嫌われたくないのだ。
「好き……嫌い……好き……嫌い……好き……きら……どこまで数えたかなあ~、わかんなくなっちゃったなあ~」
幽香は、次の花へ次の花へと指と視線を移していく。
時に背丈ほどの、時に指よりも小さな、たくさんの花びらを数えていく。
ボタンを止めず羽織っただけのワイシャツに、黒いレースの下着。
暖かくなって眠りが深くなってきたが、目覚めにボケてこんな姿のまま外に出た訳ではない。
日課だ。毎日、当たり前のように花の様子を見る。その時、わざわざ服を着るのが面倒。ただそれだけだ。
この辺りは幽香の庭のような場所で、滅多と来客はない。そして来客に裸を見られようと幽香は気にしない。
たまたまそれを見付けたメディスンに、はしたないと叱られたが、あまりピンとこなかった。
「好き……嫌い……好き、好き! やっと数え終わったわ」
白々しい一言だ。
「あ、こんな所まで来ちゃった」
三角の屋根が凄く小さく見えた。裸に近い格好で何をしているのやら……。
来た道をゆっくりゆっくり歩く。花達に囲まれ、その香りを、その色彩を、その生命を余すことなく感じ取る。
幽香は花というか、自然が好きなのだろう。その自然を花を通して感じるのが心地好いのだ。
だから自分の家に向かっていても、視線は左右へ花を見回していた。
普段からの当たり前の習性。もし家へ視線を向けて歩いていたなら、途中から幽香の足は速まっていたはずである。
「おかえり」
「ただいま……んあっ!?」
テラスの階段を上る寸前にかけられた声に、冷静に反応し、次いで驚く。
慌てて声の方へ振り向けば、彼が椅子に座ってこちらへひらひらと手を振っていた。
▼
彼の訪問に幽香は驚いたが、とても嬉しかった。それこそ発情するくらいに。
誤字でも間違いでもなんでもない。ひとまず、幽香宅のソファにて、幽香の膝に乗せられた彼の様子を見てみよう。
冷静。いつもの表情。無表情のようでどこか穏やかな、暖かさのある顔付き。
対して幽香はとにかく息が荒い。彼の首筋に鼻を埋めて、両の手で腰を抱き、呼吸っ呼吸っ呼吸っ。
突然の訪問は珍しくない。普段なら、紅茶とクッキーでもてなしていただろう。
しかし今日の幽香は、そういう気分だったのだ。
まあそもそも、毎朝彼のことを考えておまじないをしているのだ。脳は彼で埋め尽くされている。
いつもはそれを花で紛らわして、シャワーを浴びて、朝食を食べて、お茶を飲みながらまた花を見て、それでも我慢出来ずに彼に会いに行く。
結果やることはそう変わらないが、過程がある分気持ちは落ち着いている。
今回はそれがない。花で紛らわせたと思えばまた引き戻されたのだ。
にしても、発情は行き過ぎた反応だ。溜まっていたのだろうか。
「きゃんっ」
幽香が彼の肩に噛み付いた。薄手のTシャツと彼の肌に、幽香の綺麗な歯並びの痕が付く。
「んふふ」
口を離し、笑みを溢すと、次は首筋に歯を立てる。
「あっ」
少し痛い。痕が付くのだから当然だ。傷といってもいい。それでも、それなのに、彼には咎めるつもりは欠片もなかった。選択肢にすら上がらない。
今の幽香はまるで、主人の気を引こうと甘噛みをする子猫のようで、なんだか放っておけない。
かぷかぷ、かぷっかぷっ。肩に首に、二の腕に脇腹に……彼に痕が増えていく。
度々体勢も変わっている。幽香の膝にいた彼は今、うつ伏せに寝転がって、それに幽香が乗っかっていた。
がぶがぶ、がぶっがぶっ。噛む力が少しずつ上がっていく。感情の昂りがそのまま表れているのだ。
しかし繊細さは失っていない。彼を仰向けに転がらせ、腕を掴み指先に噛み付く。淡く、甘く、舌と唾液を緩衝に、丁寧にゆっくりと味わう。
関節に浮かぶシワの一筋一筋に唾液を塗り込み、指の腹を頬に歯茎に舌裏に、口内の全体へ染み込ませるように押し付けていく。
堪らない。止まらない。噛み付くだけでは絶対に終わらない。幽香の片手がジーンズのボタンとジッパーを下ろしていた。
彼に抵抗はない。子猫にするように幽香の頭を撫でればどうだろう。
幽香の動きは止まるかもしれない。幽香の昂りが収まるかもしれない。
そうなるのを彼は想像出来た。でもしなかった。幽香の行動を尊重した……だけではない。
彼は幽香に会いに来た。
いつからか雨が降っていた。家を取り囲む植物達の葉にぶつかって様々な音色を奏でている。
これからジメジメとした嫌な暑さが始まるのだろう。窓越しの紫陽花を這いずる蝸が、雨を歓迎するかのように、二つの角を天へ伸ばした。
▼
彼は幽香のワイシャツを着ていた。ぶかぶかとまではいかないが、胸元は露出しており、袖は手の中程までを覆い、裾は股関へギリギリ届いていた。
因みに、ズボンも下着も穿いていない。
その隣の幽香は全裸である。彼の肩を枕にしている。
彼の頬をつついたり、首筋をなぞるなどの小さな動きで揺れる乳房には汗が流れ、流線の美しい腹部を通ってへそに溜まり、彼の太ももを撫でるのに少し捩れて溢れたのが股関を伝って敷いてあるクッションへと落ちる。
クッションは湿っているどころではない。べちゃべちゃに濡れている。汗だけではここまで濡れないはずだ。
皮製ソファの表面も同じく濡れている。触ればぬとっと手に吸い付くこの液体は……。
雨で冷えた空気でも、二人の熱を冷ますには至らなかった。
休憩は終わり。とでもいうように幽香の手が彼のワイシャツの隙間へと入り込む。
露出した部分には虫刺されの痕に似たものや歯形の痕がいくつもいくつもあるのに、幽香の情欲は止まることを知らなかった。
彼を濡らし、彼を汚し、彼を貪る。獣の如く荒々しい力強さに、やはり彼は抵抗しない。
赤子のように抱き上げられ、次いでお姫様のように両腕に抱えられると、どうやら寝室の方へ向かっている。
確かに今の彼の腰では自分で歩けないかもしれない。
ソファより随分柔らかなベッドに彼をうつ伏せに寝かせる。やはり情欲が優先らしく、幽香の欲望は彼の尻へと飛び込んだ。
歯形も口付けの痕も、自身の唾液も涎も情欲の雫もなにもかもで染められていても、彼の魅惑に欠片の衰えもない。
幽香はまるで雄の獣だった。四足、両の手で彼の頭を挟み、彼の尻に腰を押し付け、擦り付けるように前後する。
いや“ように”ではない。事実擦り付けている。侵入するつもりでもある。妖怪とは便利な身体だ。
今の幽香は雄だ。なだらかな肩に豊満な胸、引き締まった腹部に膨れた丸い尻、そして身体の中心にある女の部分。
これらの一切が損なわれた訳でもない。何も身体に変化はない。しかし今の幽香は確かに雄だ。
対して彼も雌である。いくら女性的な身体をしていても、彼の中心にあるのはやはり男のそれだ。
しかし擦り付けられる度に薄く淡くではあるが笑みが浮かぶ。子供達に向けるそれとは異質で……喜びではなく悦びの色が濃い。
はじめは霊夢のふりだった。次にお空が勘違いをした。でも今の幽香は本気でやっている。いや違う。みんな本気だった。
獣がそれをする目的はなにか。
快楽の為ではない。いやある意味では快楽の為でもある。そうなった結果に、快楽も含まれているのだろう。
幽香の大きな喘ぎと彼の小さな喘ぎが雨の音と混ざりあっていた。
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二人は湯船に浸かっていた。彼はぼんやりと幽香に背中を預けていた。
幽香は身体が温まっているにしても過剰なくらいに赤い顔をしていた。
「激しかった」
「うっ」
普段の口調と何も変わらない。だが彼のその言葉は幽香に突き刺さった。
「が、我慢出来な……かった……のよ……」
物凄く恥ずかしい。彼との進展に勢いは重要だと思っていたし、結果に不満はない。今、幽香は満たされていた。
でも恥ずかしい。思い返せば色々羞恥心を強めることを口走っていた気がする。それも良かったといえば良かったのだけれども……。
「赤ちゃん出来るかな?」
「ぶふっ」
彼はマイペースだ。幽香がこれほど恥ずかしがっているというのに、彼はもうとことんマイペースだ。
そしてやはり、二人はそういうことをしていたらしい。
夢ではないか。幽香は何度も自身の頬やら脇腹やら太ももやらをつねったが、痛かった。普通に痛かった。
「出来たら、嬉しいのだけど……」
「うん」
「…………」
「…………」
「出ましょうか」
「うん」
風呂を出て、身体を拭いて、服を着る。先程より勢いの弱まった雨音に耳を傾けながら冷たい飲み物を取り出す。
まだ昼前か。でも朝食をとっていないから、何か食べようかしら。
「ふふっ」
ほんの数十分前まで発情していたのが嘘みたいな日常的な思考に、つい笑みを漏らす。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもないわ」
首を傾げてこちらを見る彼をいとおしく想いながら、そういえばと思い出したことを口にした。
「なにか用事があったんじゃないの?」
今さらだが訪問の理由を聞いていなかった。
「幽香に会いに来ただけだよ」
「……どうして?」
「……幽香が好きだから?」
「…………」
「…………」
予想だにしない解答に面食らう幽香。彼は首を傾げたままだ。
彼からこんなストレートな言葉を受けたことはなかった。というか、聞くのが怖かったのかもしれない。
しかし流石大妖怪風見幽香。この返答に紅潮以外で反応をしてみせた。
「せっかくお風呂入ったのに」
「ん? ……あっ」
幽香は彼を押し倒した。二人の汗や体液が染み込んだソファへと。
意識が完全に情念に染められる寸前、幽香はこう思った。
花占いって当たるのね。
副題、彼デレる。




