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東方逆接触  作者: サンア
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花見話

(花見要素は)ないです。


食事中の方は読まない方がよろしいかと。



 鬼人正邪は走っていた。


 森の中だ。一歩毎に落ち葉が舞い、顔や身体には枝が当たり、服には枝葉が散らばっていた。


「うぐっ!? はー……はー……はー……はー……はー……」


 大木に額をぶつけたが、そこは妖怪、痛みは気にならない。それよりも疲れた。


 正邪は大木に手をついて呼吸を整えた。一息一息が全身に染み渡る。


「しょっぺぇ……」


 額から流れた汗が口に入った。春とはいえ、まだ肌寒さの残るこの時期に服が肌に張り付くほどに汗を流している。


「あー……あー……あーあーあーっ!」


 正邪は耳を両手で塞ぎ、頭を振りながらわめき声を上げた。次第に声は大きくなり、頭の振りも激しくなる。


「おぐっ!?」


 そしてまた大木に頭をぶつける。


「ふっ……」


 乾いた笑いが込み上げてきた。滑稽だと思ったからだ。


 正邪は大木に背を預け座り込んだ。もう騒ぐ元気もない。


「春ですよー」


「うるせぇ……」


 上空を過ぎ去って行った春告精に小さく文句をいうと、紅潮した頬に流れる汗を手首で拭う。


 さて、それでは正邪の先程までの奇行と真っ赤な顔について説明しよう。


 まあいうまでもないが、原因は彼だ。





 満開の桜が咲き誇る博麗神社の境内に、それはもう様々な人妖が集まっていた。


 宴会といえばそれまでだが、花見と聞くと普段のそれとは少し違う気持ちになれる。


 やることは普段と変わらないが。


 結局は酒と肴に酔い騒ぐのだ。桜に目を向ける者などほとんどいない。


 盃に花びらが舞い落ちて花見だったと思い出す者までいる。


 風情というか風流というか、そういうのは無縁な席だ。堅苦しくないのは良いことなのだろう。


 だがもう少し、酒以外にも目を向けてもらいたいものだ。


 ああいやいや、酒以外にも目を向けていたな。むしろ酒よりも注目を浴びている。


 彼だ。相も変わらず働いている。病気だったと聞いていたが、もう完全に快復しているらしい。


 普段より手伝う者が多いのは、その話を聞いて彼を心配したからだろう。


 特に魔理沙が頑張っている。今日は最初から手伝うつもりで来ているらしい。


 そのおかげか、宴会の中盤――ほとんどの者は出来上がっているが――には座っていた。


 珍しく暇だった八意永琳の隣で猪口を傾けていた。


 しかしやはり、永琳は不憫だ。もう既にぐでんぐでんに酔っていて、彼へ満足に接触出来ないでいる。


 まあそれでも彼の膝を独占しているのだから、報われたというかなんというか、とにかく悪い結果ではないのを鈴仙の笑顔が物語っていた。


 そして別のベクトルで不憫な思いをしているのが正邪だ。


「ほら飲め飲め飲めぇっ!」


「もうちょいだよっ! グイッと飲み干せぇっ!」


 正邪は伊吹萃香と少名針妙丸の煽りを受けて一升瓶を傾けていた。


 酒は苦手ではないし、本人も楽しんでいる。しかしそれ以上に周りが楽しんでいるのだ。


 となると、正邪の許容を超えた酒量を注ぎ込まれる訳で……正邪は口の端から酒をこぼしながら、それでも一升瓶の角度を緩めなかった。むしろもっと急になっていった。


 針妙丸は酔うと随分変わる。いや本質は変わっていない。素直で快活なままだ。ただ自制は消えてなくなる。


 だからこそ青い顔に変わりつつある正邪にこれでもかと酒を飲ませ、尚且つ自分も飲みに飲む。萃香はいうまでもない。


「ほどほどにしときなよ」


 意外にもこれを制するのは星熊勇儀だ。萃香達と一緒になって煽るようなイメージがあるが、実際は一番他人を気遣っている。


 だからこそ慕われるのだ。そして慕われようと思ってやっているのではない。自分の目の届く範囲で酒を楽しんでない奴がいるのが嫌なのだ。


 それもまた鬼らしさといえる。自分が楽しむために行き過ぎた者を諌め、自分が楽しむために弱い奴を庇ってやる。


 勇儀は上に立つべくして立っている。


 そして正邪にはそれが気に食わない。正邪の反骨心はそれが何よりも気に食わないのだ。


 だから勇儀が庇うのを構わずに酒を飲む。勇儀が周りを諌めれば諌めるほどに飲む。


 そして吐く。青い顔で失神する。


 無様な姿である。自制の効かない姿はそれはもう無様である。


 しかし正邪は、弱小でずる賢い正邪は、勇儀に、鬼の中の鬼である勇儀に、立ち向かったのだ。


 それがわからぬ勇儀ではない。面白い奴だ。嘘をつく奴は嫌いだが、本気で立ち向かって来る奴はその限りではない。


 勇儀の中で、正邪の存在は本人が思ってる以上に大きかった。


「おらあっ! 倒れてんなよせいじゃあ!」


「そうだそうだ! 次はこっちの、すぴりたす……とかいうの飲め! 飲み干せぇ!」


 しかしまあ、正邪の主人――一応――である針妙丸と、自身の無二の友である萃香がこれでは……やはり気の毒だ。


 外の世界では絶対に許されない二人の行いも、弱肉強食の幻想郷では何も問題ない。


 正邪はひたすらに酒瓶を押し付けられ、勇儀は出来るだけそれを防いでやった。


 正邪が解放されたのは、二人が酔いつぶれ、心地好い寝息を立て始めてからとなった。


 その頃には素面の者はほとんどいない。歌ったり踊ったり泣いたり笑ったり……欲望のままにはしゃいでいる。


 なんとも楽しそうだ。実際楽しんでいる。騒がしさに反応したのか、正邪の目がパチッと開いた。


 口元のアルコール香る吐瀉物を拭いながら辺りを見回す。一時間ほど眠って……意識を失っていたらしい。


 焼けたように熱い喉が水分を求めているが、周りには酒しかない。


 まだ覚醒しきらない重い頭を持ち上げた。足がふらつく、まともに歩けそうもない。


 水だ……水が欲しい。どこにある? わからない彼に聞こう。


 彼は意識を失う前に見た時と変わらず、膝枕で永琳を寝かせていた。足が痺れないのだろうか。


「うっ……とと」


 酒瓶を踏みそうになった。誰だ転がしたままにしたのは、危ないなあ。


「おわっ!?」


 と思った瞬間に酒瓶を踏んづけた。避けた先にも転がっていたのだ。


 たたらを踏んで前のめり。つまり彼の方へと倒れ込んでいる。


 彼はというと慌てず両手を前に出して、倒れかかる正邪を受け止めようとしていた。


 いやそこまで考えていたかは不明だ。外に出ないだけで慌てていたかもしれないし、手を出したのも反射かもしれない。


「うひゃうっ!?」


 しかしまあ、とりあえず正邪を受け止めることには成功した。が、衝撃を全て吸収するには体勢が悪く、勢いを殺し切れずに倒れ込んだ。


「ぐっ」


 その時に正邪の膝が永琳の頭にクリーンヒットしたが、本人は気にしていないのか効いていないのか膝枕が幸せ過ぎるのか目を開けることはなかった。


 そして、正邪が今感じていたのは、倒れ込んだ衝撃でも痛みでも彼への心配でもなかった。


 ただ、唇に触れる柔らかさに全身を支配されていた。


 そう、転んだ拍子に二人の唇がぶつかってしまったのだ。


 正邪の正気は彼方へ追いやられ、その感触をより感じる為に、両手を彼の頬に置き、唇に意識を集めた。


 最初は触れているだけ、少しずつ動きがついてきた。


 彼の上唇をハムッと噛んだ。甘噛みだ。歯を通してプニプニした柔らかさを楽しんでいる。


 次に舌を這わせ、唇を沿って下唇に。外側をねっとりねぶりながら徐々に内側に。


 下唇の裏側から歯茎、歯、舌の裏側、舌……に到達すると、正邪の正気が戻ってきた。


 彼から舌を絡めてきたからだ。


 彼からしたら、度重なる正邪の行動に反応したに過ぎないのだが、正邪からしたらそれはもう大変な刺激だ。


 刺激の結果正気を失った者が、刺激によって正気を取り戻すというのも面白い話だ。


 正邪は咄嗟に彼から離れた。


「ぐっ」


 その時に永琳の頭にまた膝をぶつけたが、やはり本人は目覚めない。


 正邪は二、三後退り、顔を真っ赤にして真っ直ぐ視線を向ける彼へ叫んだ。


「失礼しましたあああああああーっ!」


 そして、彼に背を向けて走り出した。彼はジッと正邪の背中を眺めていた。





 正邪は悶えていた。落ち葉の中を転げ回り、桜の花びらが髪や衣服にまとわりつく。


 あーあーわーわー奇声を上げて、何とか羞恥心を抑えようと試みるが、無駄な足掻きだ。


 大木の一部が丸くへこんでいる。何度も頭突きを繰り返していたらしい。額が赤いのも納得だ。


「あーもーあああぁあぁあああ……」


 恥ずかしさが収まらないのは辛いものだ。


 では恥ずかしさの原因はなんだ。彼だ。いや正邪の行動ありきだが、彼がいなければあんな行動には至らないはずだ。


 では正邪のどの行動が一番恥ずかしかったのか。


 転んだのも恥ずかしかった。キスしたのも恥ずかしかった。正気を失ったのも恥ずかしかった。


 しかし何よりも恥ずかしかったのは……。


「ゲロまみれの口でさあ……ああぁああぁぁあぁああぁあああーっ」


 そう、正邪の羞恥を煽るのは、無理な飲酒で逆流した物だった。


 恋する乙女にこれは辛い。





 さて、そんな酸っぱい匂いがしそうな口でキスされた彼はどうしていただろう。


 普段通りである。先程と何ら変わらぬ様子で永琳の頭を撫でていた。


「あの子、さっき戻してたけど大丈夫?」


 鈴仙だ。まだ酒の入っていない鈴仙は、たまたま正邪の行動を目にしていた。


 今は一段落といったところで、自分の酒と肴、そしてクッションを手に彼の隣へ腰掛けた。


「なんか、良い匂いがした」


「え?」


「甘い感じの」


「……ああ、なんか逆転とか出来る能力だっけ……にしても衛生的に心配なので、うがいしてきて下さい」


「ん」


 彼は頷くと、鈴仙が永琳の頭を持ち上げている間に立ち上がって、洗面所へと向かって行った。


 膝枕を失った永琳の顔が歪む。とりあえずクッションを挟んでおいたが、気に入らないらしい。


 彼が帰ってくるまでの間に目覚めてしまったらがっかりするのでは……早く帰ってくるのを祈るしかないか。


 しかし逆転ってそんなことまで逆転出来るのか。匂いが変わったなら成分とかも変わってるのかな……食べ物を前にして考えることじゃない。やめておこう。


 考察を頭の片隅に寄せて、グラスに酒を注ぐ。手に持って傾けようとすると背後から物音がした。


 振り返ると彼が押し倒されている。いつもの光景だ。いつもの光景だから誰も気にしない。


 永琳には悪いが、それなりの時間彼を独占したのだから、我慢してもらおう。


 ただ永琳が目覚めた時に、彼を抱き締めて眠る鈴仙を見つけてどう思うか。


 まだ酔っ払っていない鈴仙には見当もつかぬ話であった。



うちの正邪ちゃんはゲロインだからね仕方ないね。

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