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東方逆接触  作者: サンア
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股がり話

はたて「アニキみたいなグラサンが欲しい!」


にとり「私も欲しい!」


椛「アニキ? グラサン?」



 時折春を感じる風が吹いてきた今日この頃、彼は神社の縁側で干したばかりの柔らかな布団に転がっていた。


 良い気候だ。暖かな陽射しが出ているし、風も冷たくない。


 部屋にいる方が却って寒い気がする。冷気がこもっているのだろうか。


 木々は葉こそ散っているが、小さな蕾が枝のそこぞこに芽生え、開花の時を今か今かと待っていた。


 イケないと彼は起き上がり、瞼をこすりながら微睡みを断ち切った。


 そろそろ霊夢が帰ってくるからご飯を作らないと……今日は何にしよう……厚揚げを貰ったから大根と一緒に煮物にでもしようかな……。


「……おい」


「わあ」


「なんだ」


「びっくりした」


「……そうか」


 それにしては表情は変わらないが。という言葉を飲み込み、顔に手のひらを置いて思案するのは犬走椛だ。


 彼が布団を取り込んで寝転んでからずっと傍らに立っていたのだ。


 なぜ声を掛けなかったのか。切り出す言葉に悩んでいるからだ。灰銀の尾も不安定に揺れている。


「椛?」


「……」


「ご飯食べてく?」


「ん? ああ……いやその……」


 彼は決して急かしたりはしないがマイペースだ。食事の準備を始めるから、食べるかどうかを聞いたのだろう。


「いただこう……かな」


「ん、上がって」


「お邪魔します……」


 居間の座卓につくと、数分ほどでお茶が運ばれてきた。同時に出されたお茶請けはきゅうりの糠漬けだった。


 椛の眉がピクッと動く。箸を手に、糠漬けを一つ掴んで口へと運ぶ。良い漬かり具合だが、味は今重要ではない。


「美味いな」


「ありがと」


「そういえば、にとりが糠漬けを食べたいと言っていた」


「そうなんだ」


「ああ……だから、持って行ってやれないか?」


「いいよ」


「感謝する」


 椛の悩みとはこれであった。


 にとりは良い友人だ。少なくとも椛はそう思っている。だから最近引きこもりがちで、たまに会ってもまるで生気の感じられない彼女を何とかしたいと思った。


 その為にどうするか。考えて最初に思い浮かんだのが彼だった。


 しかし直接彼に相談したりお願いしたりというのは、椛のプライドが許さなかった。


 何か良い理由はないものか……と考えていたところにこのお茶請けが現れてくれたのだ。


 河童のにとりになら、これは充分な理由に出来るアイテムだ。実際美味しかったし、にとりも喜ぶだろう。


 因みに先程の椛は表情も自然で、流れるようにすらすらと発言していた。つまり、演技が上手かったのだ。


 ただし彼が了承した瞬間、尻尾が物凄い勢いで振り回されていた。





 河のせせらぎに耳を傾けながら歩くというのは、まあ風情がないとは言わない。


 ただ、暖かくなりつつあるとはいえ、まだ春とはいえないこの時期には寒気の方が強い。河のほとりを歩いているのだから尚更だ。


「よっ、とっ、ほっ」


 河に点々とある岩場から岩場へと跳びうつってはしゃいでいる姫海棠はたてだ。普段の服に、ダウンジャケットを羽織っている。


「転けないで下さいよ」


 やれやれと注意するのは犬走椛だ。彼女もダウンジャケットを羽織っていた。はたてと同じデザインだ。


「だ~いじょ~うぶっとぅおわあっ!」


「あらら」


 跳ぶ瞬間に苔か何かに滑ったらしく、はたては半回転して岩の蔭へと落ちていった。


「言わんこっちゃない」


 水音もせず、水しぶきも上がっていないから寸前で飛べたらしい。


 逆さになって浮かび上がったはたては、そのまま彼と椛の方へと漂って来た。


 ポツポツとツインテールの先から水滴が落ちている。


「やっちゃったぜ」


「やっちゃったぜじゃないでしょうに……もう」


 椛は彼が差し出したハンカチを受け取ると、はたての髪を傷めないよう注意して優しく水気を拭った。


「彼と椛がお揃い着てくれたからテンション上がっちゃって」


 えへへと笑いながらダウンジャケットを強調するように両手を広げる。


 彼がその動きを真似るとはたての笑顔が更に深まった。


「危ないことするならもう着ませんよ」


「はぁ~い」


 椛の注意を受け、全く反省してない口調で返事をし、くるりと半転して着地する。


「お前も、甘やかすんじゃない」


「ん」


 次に、はたての動きを真似た彼の額に人差し指を近付け注意した。


「ほら、そんなことより、早くにとりんとこに行きましょっ!」


 はたては彼とは別次元でマイペースだ。


「そんなことって……誰のせいで……もう」


「行こ」


「……ああ」


 椛は先に先にと歩いて行くはたてと、それにまるで動じてない彼に、呆れや苛立ちや諦めが入り交じった複雑な気持ちでついていった。


 土管……パイプであろうか。砂利の地面から突き出たパイプはL字に湾曲し、シャッターで閉ざされた入口をこちらへ向けていた。


 素材はよくわからないが、金属のような質感があり、鈍い輝きは鉄を連想させた。


 シャッターの横に椛が手を伸ばすと、一見何も無い壁に十字の光が走り、次いでその部分が四方にスライドすると、数字が書かれたパネルが現れた。


「おおっ!」


 はたてがギミックに感嘆を上げる。椛は手慣れた様子でパネルを操作し、少しするとシャッターが回転するようにゆっくりと開いた。


「お邪魔しまうおおっ!?」


 興奮して最初に飛び込んだはたては、まさか一歩目が階段だとは思わなかったらしく転げ落ちていった。


「……行くか」


「ん」


 ガスッやゴキッといった鈍い音と共に「うぇあっ!」や「スゲェこれ!」などといった声も聴こえてきたからか、単純に一々反応するのに億劫になったか、二人は何事もなかったかのように階段を下り始めた。


 パイプは河の中を通っているようで、途中から透明になった壁越しに、漂う水草やその周りを泳ぐ魚の姿を楽しめた。


 はたてがスゲェと言ったのはこれだろう。


 しかし綺麗な水だ。蟹がついばむ屍肉の破片までハッキリと視認出来る。ジッと目を凝らせば、小魚に追われるプランクトンまで見えるのではないか。


 視界の揺らめきや時折上がる気泡が無ければ水中だとは思わないかもしれない。それほどの透明度がある。


 水中を泳ぐ河童が数人いた。いずれも衣服を身につけたままだ。あのゆったりとした服装であれほど泳げるのは、種族の特性か衣服が特別なのか……。


 遊んでいるのか、ただ移動しているのか不明だが、こちらに気付いた者が手を振ってきた。


 なるほど外からも見えるのか。彼が手を振り返すと河童達は喜んでいた。


 どれだけ人妖をたらせば気が済むのだ。


 椛の存在に気付いた河童達はそそくさとその場を去っていった。おそらく、椛の眼光に恐れをなしたからだ。


 睨んでしまっただろうかと椛は反省したが、睨んでしまった理由にはイマイチ気付かなかった気付けなかった。


 階段を下り切ると作業場だ。よくわからない機械と工具で埋め尽くされた部屋で、はたてがぐちゃぐちゃになった服と髪ではしゃぎ回っていた。


「あっちだ」


「ん」


 もう好きにしてろと吐き捨てんばかりにはたてを無視し、部屋の角にある扉へと向かう。扉というか襖だ。


 入口のシャッターや作業場の雰囲気とミスマッチではあるが、襖を見ると何となく安心する。きっと見慣れない物の中に存在する見慣れた物だからだ。


 襖を数回ノックすると、中からどんよりとした声が届いた。布団に潜り込んでいるらしい。


「入ればぁ?」


 許可が出た瞬間椛は襖を開いた。


 決して狭い部屋ではない。しかし散らかっている。発想や設計を書き連ねたであろう紙の束や機械関連の書籍の山。


 机には筆記用具や試作品か拾い物かわからないが、灰色の機械らしき物が置かれている。コードで様々な機具と繋がっている。


 その中に、十字キーと四色の円形ボタンがついた物があった。それを見た椛は何となく握りやすそうだと思いながら、ペッタンコに縮まった布団を引っぺがした。


「うわあああああさぶいさぶいさぶいぃっ!?」


 下着姿のにとりが叫びつつ転がり回った。


「暖かくなってきたが」


「ずっと部屋にいたら関係ないよ!」


 極めて冷静な椛に怒鳴ってタオルケットを羽織るにとり。天狗と河童では前者の方が立場は上のようだが、二人は気心知れた仲らしい。


「もぅ……で、今日はなにぃ?」


「差し入れだ」


「……どれ?」


 にとりは面倒くさそうに対応しながら、淡々という椛に疑問を返す。椛は手荷物などは持っていなかった。


「あっち」


 椛が指差したのは隣の台所だ。給湯室といった方がしっくりくる狭さだが、インフラは一通り整っている。


「……誰?」


 椛が客を連れてきたのは初めてのことだ。射命丸文に付き合わされて来たことならあるが……椛の交遊関係を考えるに、はたてだろうか?


「椛ぃ! ドリルあった! ドリル! 男のロマンが一柱のドリル!」


「あなた女性でしょう」


 はたては作業場から工具を持って入って来た。ドリルがロマンというのには深く同意するが、じゃあ台所にいるのは誰だろう?


「にとり」


「ひゅい!?」


 にとりの身体に電流が走った。自身の名を呼ぶ声に超反応したのだ。


 近くに脱ぎ捨てていたツナギに手を伸ばすと、椛とはたてが思わず感心するほどのスピードで身に付ける。


「にとり?」


「どどどどうしたんだい盟友!?」


 再度自身を呼ぶ声に、慌てながらも今度は返答出来た。誰の声かなどと考える必要はない。


「ご飯は?」


「えっ? ……あ、まだ! まだ食べてない!」


「じゃあ作るね」


「うん!」


 会話の途中からにとりは布団を片付け始めた。椛は笑みを見せたにとりに安堵しつつ、机を運ぼうと工具を構えるはたてを押し退けて作業場へ入っていった。


 残されたはたては、櫛やタオルを持って奥の洗面所へ入っていったにとりや重そうな座卓を片手で軽々と担ぐ椛を見ながら、工具を天井に向けてポーズをとっていた。





 濃厚な酒の匂いが漂っていた。視界は揺れ、身体は火照り、思考はままならない……はずなのだが……。


 はたてに見付かったのが運のつきだ。酒盛りになるのなら、酒を提供するのはやぶさかではないが。


「はたて……ちゃんの……ドリルは……天を突く……ドリル……だあ……っ」


 楽しみにしていた秘蔵の酒を勝手に開封した挙げ句、文句を聞くまでもなく潰れるのはやめてほしい。


「ドリルでどうやって天を突くんだ?」


「……気合い?」


「ロマンだよロマン。説明したって仕方ないのさ」


「ふむ、そういうものか」


 まあ良い話のネタにはなってくれるし、苛立ちより面白さの方が大きいから怒る気にはなれない。


 いや違う。多分にとりは、はたてに感謝しているのだ。


 にとりが引きこもった理由は彼に対する気まずさであった。


 彼を騙していたことを自覚すると、胸が痛くなった。思い出す度に痛くなった。


 何も考えずに機械を弄るか寝ているか、そうでもしないと辛くて仕方なかった。


 彼は何も気にしていなかった。むしろ、軽蔑された方が楽だったかもしれない。しかし彼はにとりに対する態度を欠片も変えなかった。


 だからこそ、にとりは追い詰められていったのだ。だからこそ、にとりはあの時からずっと彼に会えなかった。


 彼を連れてきたのは椛なのだろう。彼女は誰よりもにとりを心配していた。


 しかし、正直悪手であった。彼と面と向かえるような精神状態ではなかったからだ。


 彼の声を聴いた段階では、みっともない姿を晒せないと目的意識が強かった。


 その後の食事が問題だった。彼との距離が近く、それ自体は快感なのだが、同時に強い罪悪感にも襲われていた。


 鼓動は異様なリズムを刻み、寒い室内にも関わらず額には汗が浮かんだ。


 食事は彼が作った物と認識があったから味わえたが、限界は近かった。発狂寸前だった。


 そんな時にはたてが座卓に置いたのが、にとり秘蔵の酒だ。別段予定がある訳じゃないのだし、酒盛りも悪くない。はたてはそう考えたのだ。


 わざわざ隠していた酒を見付けやがって、と怒声を上げようとしたら、瞬く間に開封した酒瓶をらっぱ飲み。


 天狗の癖に酒に弱いはたてが酔うのに時間は掛からなかった。


 そんなはたてに付き合う内に、にとりの鼓動は収まり、汗も引いていった。同時に胸の痛みも消えてしまった。


 理由はイマイチわからないが、多分はたての行動に呆れ返って笑い飛ばしているうちに、こんなに自由な奴に比べれば、と自分を許してしまったのだ。


 兎にも角にも、余裕が生まれた……違う、余裕を取り戻したにとりは彼と普通に会話出来るようになっていた。


 なっていたのだが……。


「でな……そう、そこ……」


「こう?」


「ああ……もう少し強くても……あっ……ん、いい……ぞ」


「ん」


 そういえば椛も酒にそこまで強くなかった。


 椛は酔うと素直になるタイプだ。堅物でやや恐持てな彼女が、口調は変わらずも彼にマッサージをおねだりする姿は可愛らしくて良い……とても良いのだが……。


 どうして全裸になる必要があるのでしょうか。


 どうして彼の衣服も若干乱れているのでしょうか。


 もしかして自分は意識を失っていたのではないのでしょうか。


 これは事後の睦み合いではないのでしょうか。


 いや違う。それは違う。違うはずだ。


 なぜならドリルのロマンを語り終えた時に、それはそうと最近身体がぎこちなくて……と椛が切り出したのを覚えているからだ。


 あ、こいつ酔っ払ったな。と思ったから間違いない。


 だから絶対事後じゃないしにとりは意識を失っていない。


 むしろこれから始まりそうな勢いだ。席を外した方が良いのだろうか……全然酔えない。正直辛い。


 色っぽい彼を見れるのは嬉しいが、悶々としたものを彼に発散出来ないから辛い。


 心に余裕が出来たにとりは、これが罰なのかなとある意味では前向きにとらえてしまっている。


 彼を連れて来てくれた椛にも結果的に感謝している。二人の営みを邪魔する気にはなれない。


「腰に……んっ……そう、だ乗れ……あぅっ……私に乗れ……ぃっ……その方が……んんっ……気持ち……いいからな」


 彼はその言葉に従い、うつ伏せに寝そべる椛の腰に跨がり、両手指を使って背中の真ん中辺りを指圧し始めた。


 彼がギュッと身体を傾ける度に、


「ん……あっ」


 と椛が声を漏らす。


 頬は赤みを帯び、鋭い目付きはふにゃりと曲がり、鼻息は荒く、剥き出しの牙からつーっと涎が落ちる。


 あの犬っころ完全に誘ってんな。彼のことだから直接ちゃんと頼まないと、それ以上のことはしてくれないのだろうけど。


 充分羨ましい状態だけどね。


 にとりは苦笑を浮かべて立ち上がった。彼が視線で追い掛けてくる。


「ちょっと外の空気吸ってくるよ」


「ん」


 すれ違い様に彼の肩をポンポンと叩き、作業場へ出て階段を上がる。


 水中越しに届く太陽の陽射しが少し目に痛い気がする。ずっと引きこもっていたからか、これでは直接浴びるとどうなるのやら。


 怖い反面楽しみでもあるのは、発明や実験を繰り返す技術者としての性質だろう。


 にとりはいずれ自動化する予定の階段を上がりながら考える。


 妖獣には発情期がある。狼の性質が強い椛も例外ではない。


 個体によって時期はまばらで、性欲の強さもまたまばら。


 しかし、文明社会を築いている天狗にはそれが邪魔になることもしばしば。


 白狼天狗にパートナーが多いのはそういう訳なのではないか。恋人のいない椛を心配する者が多いのもつまりは……。


 子孫繁栄はあらゆる種族に付いて回る問題だ。天狗の繁栄が妖怪の山の秩序を守るなら文句はないし、決して不健全ではないと思う。


 椛だっていずれはそうやって子を成して……友人のそういうことを想像するのは気恥ずかしいな。


 階段を上りきったにとりは、開くシャッターから射し込む陽に、案の定目を眩ませた。





 彼と椛であるが、少しだけ様子が変わっていた。


 ほんの少しのことだ。椛が仰向けになっただけ。ただそれだけのことだ。


 荒い呼吸や表情は変わらない。いや口元にうっすら笑みを浮かべているか。


 椛は彼を嫌っていないまでも、好ましくは思っていなかった。少なくとも、他の者ほど魅力されていなかったはずだ。


 だが接触に身体は反応したし、幸福な気持ちに至ることも気付いていた。


 そもそも彼がいる場で酒を飲むなど、度々失敗をし恥をかいてきたことを繰り返すなど矛盾している。


 椛は今まで我慢出来ていたことに、耐えられなくなってしまっていた。


 今までは発情期などそれほど辛くなかった。少し過敏になり少し苛立つだけであった。


 仲間から心配される訳がわからなかった。何も支障がなかったからだ。


 しかし、彼と出会って初めて訪れたそれは、これまでとはまるで様相が変わっていた。


 鼓動が痛い。身体の奥底から熱が込み上げ、発散を下腹部に求めてくる。


 この期に及んで、椛はこれを発情期と認識しなかった。何かの病気だと思った。


 仕事に支障をきたしている。哨戒もあったもんじゃない。何より少しでも油断すると下着が使い物にならなくなる。


 椛にも恥じらいはあった。身体の変化には当然として、まともに仕事をこなせないのが恥ずかしくて辛かった。


 尊敬するあるお方に相談しても、お前にも春が来たのか、と意味のわからない言葉のみで解決には至らない。


 椛がそれを発情だと認識したのは、仲間や友人達の発情期の苦しさと切なさの言葉をふと思い出した時だった。


 同時に、天狗の寺子屋で学んだ解決策も思い出していた。


 その解決策については“女より男の方が楽だ”ということだけを述べておく。


 さてもう一度二人の状態を確認しよう。


 仰向けになった椛の腰に、彼が股がっている。


 もう少し詳しく確認しよう。


 椛は微笑を浮かべ、開いた口からはみ出た牙にゆっくりと舌を這わせ、両手指は彼の尻へ深く沈み込んでいる。


 彼の表情は変わらない。だが、腰を震わせたり、前後に移動させる挙動からは、やや困惑しているのが読み取れる。


 また自分が腰を動かすとビクンッと椛の身体が震えるのだ。


 つまり股ぐらに当たっている“何か”は椛に関係するものなのだろう。


 椛は仰向けになってから何も話さない。彼が困惑していた理由はそこにもあった。


 マッサージを続けるべきなのか? 椛が彼に何を求めているかわからないではないだろうに、やはり彼はマイペースだ。


 椛が無言なのは状況を楽しんでいたからだ。彼が股ぐらの違和感に腰を動かす度に、得体の知れない快感が身体中を駆け抜けた。


 自らが腰を振ったらどうなる? これを直接彼に擦り付けたらどうなる? そしてこれで彼を貫いたら……どうなる?


 性欲のままに行動しないのは椛に理性があるからだが、その理性も性欲をどのように解消するかに働いている。


 だからこそ椛には余裕があり、ある程度の冷静さを保っているのである。


 いや、いたのである。


「くひゅ!? ちょっ、待てくふふっ!」


 突然椛が身体をよじって笑い出した。簡単なことだ。彼が椛の腹部を指圧……というか撫で出したからだ。


「はっ、はははふっ!? くひゅひゅふふ! ちょ、ちょっと……ひぅっ!」


 くすぐっている訳ではないが、過敏になった身体には充分こそばゆく、また彼からの接触というのが効果を上げていた。


「ま、待ってえへへふふひひっ! だ、だめひひゅひゅひゅ!」


 何度も言おう彼はマイペースだ。


 彼が椛の懇願を受け入れない訳がないのだが、妖獣系の者にマッサージなんかを頼まれ、腹部に手を伸ばすと大概このような反応をされる。


 ので、ちょっと我慢していてね。くらいの気持ちになっているのだ。


「ふひゃひゃ! おっ、おいひひひ! ふふ、い、い、きが、ふふふふふ!」


 しばらく椛の笑い声は続いた。


 そして不思議なことに、散々笑った椛からは性欲が抜け落ちていた。


 そうすると椛は、服従する犬のように腹を見せて転げていた椛は、顔を真っ赤にして声を絞り出した。


「……す、すまん……」


 無論、尻尾は延々と振り回されていた。




もみもみが彼を貫く話はいずれどこかで書きたい。

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