聖夜話
聖夜ックス。
さとり「(聖夜要素は)ないです」
「ふー……ふーっ……!」
荒々しく鼻息を立てているのは長身の女であった。腰ほどまである黒髪はボサボサで、衣服にも至るところに乱れがある。
「…………」
相対する彼はおとなしいものだ。ただ、体勢が少しおかしい。
布団に四つん這いになって、女に突き出すようにやや高く尻を上げている。
薄い衣服が身体の曲線を浮かばせ、それを見ると更に気持ちが昂り、息がより荒くなる。
「んっ」
我慢の限界だとばかりに女は尻を両手で掴み、彼の足首を挟むように膝をついた。
「お兄さん……お兄さんっ……お兄さんっ!」
女に、普段の見た目とは似つかぬ無邪気な様相はない。今の彼女――霊烏路空に理性はない。
彼女は暴走していた。野生のままの本能が、愛する者の身体を前に燃え盛っていた。
望みは一つ、彼との子供。
しかし、非常におかしな光景だ。子を望むなら体勢が逆ではないのだろうか。まあ産めそうな見た目はしているが。
彼の背中に胸を押し付け、より動きを激しくし、首筋へ生暖かい息をかけるお空に、彼は何を思うのか。
意外と気持ちいいとか、思っているかもしれない。
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古明地さとりは地獄にこの風習を広めた天狗の新聞に、ささやかな感謝とほんの少しの苛立ちを覚えていた。
その苛立ちは新聞を揚げ物の油切りに使って解消されたが、苛立ちを産んだ要因は消えていない。
クリスマスと呼ばれるそれは、とある宗教において非常に大切な人の誕生日だそうだ。
しかし、外の世界ではクリスマスに特別な宗教感を抱く人が少ないのか、一種のイベントとして定着しているらしく、事実、一般人は愚か、他の宗教家までもこの日を祝うのだとか。
そのことを天狗が記事にし、それを読んだ商業主義者の巧みな戦略で“宗教的な部分”を上手く省いたものが、幻想郷に瞬く間に広まったのである。
だから、幻想郷ではクリスマスに宗教感はない。博麗神社でクリスマスパーティーが行われるくらいだ。
せいぜい、酒を飲んでケーキを食べてプレゼントを貰う日、くらいの認識しかないだろう。さとりが苛立ちを覚えたのはそれだ。
地底では地上以上に早く広まった。何せ騒ぐのが好きな者ばかりの街である。騒ぐ理由を受け入れないはずがない。
といってもやることといえば、酒を飲んで騒ぐと代わり映えがない。
騒ぐのは良い。別にさとりに迷惑をかけている訳ではないし、いつものことに目くじらを立てても仕方ない。
さとりだって、ペットや世話になった人達へパーティーを開くくらいはしてもいいと思う。まあ神社のパーティー――本当におかしな言葉だ――に参加するからわざわざ開かないが。
問題はプレゼントだ。世の大人たちの悩みの種であろう。クリスマスには子供、或いは恋人なんかに贈り物をするのが自然だそうだ。
本来はサンタクロースとかいう存在が各家庭に配るそうだが、幻想郷は配達ルートから外れているらしい。どこかの邪仙が曲解した解釈でサンタクロースをやっていたが、そっちだって結局金目の物が奪われる。
世の大人たちは悩みながらも年に一度のことだと納得しているし、恋人に贈り物をするには丁度良い理由が出来たのかもしれない。
さとりだってプレゼントを贈ることに苛立っている訳じゃない。そこそこ裕福だし、むしろ良い理由が出来たと感謝したくらいだ。
この苛立ちは自業自得なのだ。
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「プレゼントは何がいい?」
お空とお燐を呼び出したさとりは、自室のテーブルの前に立つ二人へ軽く微笑みかけて質問した。
お燐の尻尾がピンッと張りつめた。期待と喜びからくる反応だというのは、心が読めるさとりでなくともわかるだろう。
お燐はすぐに答えを出したが、お空は顎に指を当て考え込んでいた。あれこれ欲しい物が思い浮かんでない辺り、欲のない子だと改めて思う。
きっと毎日を純粋に楽しんで生きているのだ。お燐やさとりとの繋がり、仕事への情熱、そして彼への淡い恋心……。それらがお空を満たしているから欲が生まれるまでもないのだ。
とはいえこのままでは「ゆで卵!」とか言い出し兼ねない。流石に不憫だと思ったさとりは助け船を出すことにした。
「そうね、物にこだわらなくてもいいのよ。例えば、行きたい場所とかやりたいこととか――」
そうさとりがヒントを出すとお空の思考が一気にまとまりを見せた。
そしてさとりは後悔した。
「お兄さんと交尾したい!」
「ごぷっ!?」
お燐とさとりは同時に噴き出した。
「それは……ええと……どうしろってのよ……」
さとりは説明しようとしたがお空を納得させる言葉が見付からず、小さく嘆いて机に突っ伏して。
お燐が何とかお空にそれが難しいことだと伝えていたが、さとりの思った通りシンプルな感性のお空には難しさがイマイチわからない。
お空は交尾が子供を産む為に必要な行為だと理解しているし、その行為に及ぶのに愛が必要であることも充分に承知している。
ただ自身が人の形をしているのを特別視していない。
大好きなお兄さんとの子供を望むお空の生き方は、野生の世界なら正解であるはずだ。だが秩序――人間社会――の中では理解されない。されづらい。
ただまあここまでならいい。まだ軌道修正が出来る段階だ。
お空の在り方を否定せずに、社会の仕組みをわかりやすく説明すればいい。お空は鳥頭だが馬鹿ではない。きちんと教えれば理解するはずだ。
「お兄さんと交尾したいなら直接頼めばいいじゃない」
こいしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃーっ!
「あ、そうか」
おくううううううううううううううううううううううぅぅぅーっ!
「ちょ、待ちなおぐっ!?」
おりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃーっ!
こいしの無意識にあてられたお空は、こいしが開け放った扉から廊下へ出て羽ばたき出した。
それを止めようとしたお燐はこいしの手刀を首筋に食らい、意識を失った。お前はどこでそんな技術を身に付けたのだ。
「ちょっと!? お燐っ! 大丈夫なのっ!?」
とさとりがお燐に駆け寄る頃には、お空がいた場所には埃が舞うばかりであった。
「大丈夫だよ。多分」
「怖いこと言わないで!」
「ところでお姉ちゃん」
「なによっ!?」
「あたしもお兄ちゃんと交尾してきていいかな?」
「待ちなさいこいしお空は?」
「もう行った」
さとりは頭を抱えた。お燐に気をとられて全く気付けなかった。いや違う、こいしの無意識の策略に嵌められたのだ。
まずお空に行動させ、それを止めようとするお燐を気絶させ、その気絶したお燐へさとりが駆け寄る間にお空が出発する。
なんと単純で効果的な……と妹を評価してる場合ではない。追い掛けてもお空のスピードには追い付けないし、でもとりあえず神社には行かなくてはならない。
お空がやらかしても、阻止されたとしても、とりあえずは霊夢と彼に頭を下げなければいけない。
気絶したお燐を他のペットに運ばせると、さとりは、両手を後ろに組み軽く腰を曲げた無駄に可愛らしいポーズで返答を待つこいしの方を向いた。
これだけはやっておこう。でなければ気が済まない。
「こいし、お尻出しなさい」
「妹のお尻をどうするつもり?」
「百叩き」
「えー……」
▼
真っ赤になった手のひらを冷たい風に晒しながら空を飛ぶ。少し仕置きに力を入れ過ぎたか、手のひらの感覚が鈍くなっていた。
まあこいしも反省しただろう……とは思わないが、真っ赤になった尻を晒したまま白目を剥いてよだれを流したこいしを思い出せば……それなりに溜飲は下がった。
などと考えてる間に博麗神社が視界に入った。遠目に変化はない。近くに来ても、弾幕ごっこの痕跡すらない。
ふわりと境内に降り立つと風の音に混じってお空の笑い声が聴こえた。
これはどうしたことか。土間への引き戸を開けば、座卓のお茶菓子をつまみながら談笑する三人――お空、霊夢、彼、がいた。
「あ、さとり様!」
複雑な表情のさとりに気付いたお空が駆け寄ってきた。もしかしたら、鳥頭が交尾云々を忘れてくれたのか?
「お兄さんと交尾したよ!」
さとりの期待は打ち砕かれた。
いやだとしたら何故霊夢はうっすら笑っているのだ。というかこいしの仕置きやお空のスピードを考慮しても、お空が神社に到着して一時間といったところなのだが……そんな早く終わるのか? 交渉の時間も含めると相当早いぞ。
「お兄さんに卵産んでもらうの!」
「……はい?」
霊夢が吹き出した。彼はいつも通りの無表情。
茶菓子をつまみながら霊夢が語った話によると、いつぞやの宴会で霊夢やら幽香やらが彼に乗っかって……彼の尻に向かって腰を振っていたと……完全着衣で、無論彼女らには生えていないし何も入っていない。生やせるかもしれないし、入れたいと思っているかもしれないが。
とりあえずそんな光景を見たお空が、それを交尾だと理解したらしく、先程そんなことを彼にしていたそうだ。
これは性教育が必要だな。何事もなかったことに安堵しつつ、今後のお空の為に改めて教育を施そうと思った。
とはいえ今はそれどころではない。霊夢の怒りを買わなかったのは幸いだが、彼に迷惑をかけたのは事実だ。
「ごめんなさいね」
「ん?」
「……本当に何とも思ってないのね」
彼はお空のしたことを迷惑だとは感じていなかった。心を読んでわかったが、家事やらで忙しかった訳でもないのでお空の願いを受け入れる余裕もあったし、四つん這いになるだけのことを彼は手間と思わない。
が、お空と彼には大人と子供くらいの体格差がある。そんなお空が乗っかって来たのなら圧迫感なりで多少は苦痛があるのでは……。
「重くなかったの?」
「ん~……」
お空に気を使って彼は言葉を濁した。体重の話は女性にはしない方が無難だ。まあお空は気にしないだろうが。
読み取った思考によると、重さを感じていなかった訳ではないそうだ。しかし、それ以上にお空が丁寧に接してくれたと……。
本人が気にしていないならこの質問はもうやめよう。さとりは少し赤くなった頬を両手で覆って隠した。
なんというか……ふりとはいえ、身内のそういう話には、変な恥ずかしさを覚える。ある程度生々しく読み取れるさとりには尚更だ。
お空は本気でやっているし、彼だってその想いは尊重しようとする。そのお互いの心の触れ合いが……気恥ずかしくもあり、羨ましくもあった。
「わりと気持ちよかったけど」
彼の返答にさとりは放心した。正確には思考が爆走している状態だ。
なにが? なにが気持ちよかったの!? 腰振られるのが? いや入ってないんでしょ? 入ってないわよね!? お尻に腰が当たる感覚がよかったり? ……触られ過ぎて変になっちゃってるとかじゃないわよ……ねぇ?
と不安になったさとりだが、すぐ後に答えが流れ込んできた。
背中に柔らかいものが当たっていて気持ちよかった。
さとりがお空の方へ顔を向けると、お空は無邪気な笑顔で首を傾げた。さとりの視線はお空の顔より下……胸に……やや怨めしそうに刺さっている。
片方だけでさとりの頭ほどの大きさだ。一度我を忘れたさとりが鷲掴みにしたが、張りと弾力があって、かつ指が深く埋もれゆく柔らかさと、掴んでるはずのこちらを包み込むような包容力に、安らかさと大きな敗北感を味わったものだ。
読み取った直後は彼も男なのね。と思ったが、もっと単純な感想なのかもしれない。
「ちょっと待って聞き捨てならない」
一部始終を見ていたであろう霊夢が、彼の発言に口を挟んだ。
そして立ち上がり、彼に近付いて、背後へまわり、自身の胸を背中へ押し付けた。
「何回もやってるのに気持ちいいって言われたことない」
何回もやってるっていうのはどちらをだ。単純に背中に押し当ててることか、それとも交尾の真似事か。やっぱり考えるのやめよう。恥ずかしいし。
「聞かれなかったから」
「聞かれなくても言ってほしかったりするの」
「そうなの?」
「そうなの!」
拗ねているのか。こんな霊夢を見るのは初めてだ。酔っ払うと陽気にはなるが、隙はないように思う。
まあ、霊夢の思考や感情もさとりには読み取れるし、一々隠すのが面倒になったのか……そもそも霊夢的には何も隠しているつもりはないのか……。
「私も~」
霊夢の行為をお空が真似た。彼の正面から。彼の顔はお空の胸に埋まっていた。
「ちょっと……それじゃ私のが気持ちいいかわかんないでしょ?」
「何が気持ちいいの?」
霊夢の怒りは無視し、気持ちいいという言葉に反応したお空。
「ハァ~……あの、ねぇっ……?」
霊夢は溜め息を吐いてから説明しようと口を開き……止まった。何が気持ちいいんだろう。
霊夢もよく理解していなかった。
揉んだり触ったり押し付けられたりってのが気持ちいいのは何となくわかる。彼が言いたいのもそういうことだと思う。
何が気持ちいいかと聞かれると難しい。感触? 感触でいいのか? 感触だとは思うけど……今までだって気持ちいいだろって思いながら押し付けてた訳じゃないし、押し付けてる分には気持ちいいけど……気持ちいいよな、うん。
気持ちいいならいっか。んで……。
「気持ちいいの? 私の胸は気持ちいいの?」
「気持ちいいの~? お兄さん気持ちいいの~?」
霊夢が更に強く背中を押すと、お空も真似をしながらぎゅっと彼を抱きしめる。
周囲にアルコールの気配はない。霊夢から酒の匂いもしなければ酒瓶も転がっていない。これが霊夢の素なのか。
酔ってる時の陽気さとはまた違う魅力がある。行為はアレだが。
さてそんな霊夢の魅力は彼に伝わっているのか……心を読んださとりは微笑んで立ち上がった。
「(なにか……お惣菜でも買ってこよう)」
彼の心は空腹を訴えていた。
▼
「ん……あれ……あたい……っ」
お燐はのそりと起き上がると周囲を見回し、ここが自分の部屋で自分がベットに寝転がっていた、と気付く前にまずギョッとした。
下半身丸出しのこいしがソファでうつ伏せになっていたからだ。
「こ、こいし様……?」
こいしはお燐の声に反応して顔を上げた。ボヤけた目をこすり、半開きの口からよだれを流しながら言った。
「あたしもお兄ちゃんと交尾がしたいけど、お尻が痛くて動けない」
ああそうだ。こいしがお空を煽って、お空を止めようとしたら意識をなくして……頭の覚醒と共に焦り始めたお燐であったが、こいしの尻が真っ赤に腫れているのを見て少し落ち着いた。
性癖ではない。さとりの仕置きだと理解したのだ。こいしをこんな目にあわせられるのはさとりくらいだ。
「自業自得です」
「……お薬塗って……」
「はいはい」
なぜこいしが自分の部屋にいるのか疑問であったが、薬を塗ってもらうためだったか。
確かに自分では塗りにくいな。と考えつつ、棚の薬箱を取り出した。
「ところでお燐はしたくないの?」
やや背伸びをして戸棚の上の方にあった薬箱を両手で掴んだお燐が、ピタッと止まった。
「なにを……です、か?」
わかってる。わかっている。聞くまでもなくわかっている。でも、聞き返さざるおえないのだ。
「交尾」
持ち上げた薬箱は掴みが甘かったか半回転し中身がざざざとお燐へなだれがかった。以前使った時に留め具をしめ損ねたらしい。
「あーあーあーっ! 大変だーっ! 頭ぶつけちゃったーっ! 冷やさなきゃーっ! じゃそういうことでっ!」
お燐は空になった薬箱を持ったまま部屋を飛び出ていった。
床には包帯や絆創膏、小箱の服用薬などがあったが、頭にぶつけて大変な物はなかった。
「お、お燐……待って……お尻が……お尻を……お尻だけ何とかしてぇっ!」
こいしは己の無意識に少しだけ後悔しつつ、ギギギと音を立ててゆっくりと閉じる扉へ手を伸ばし、涙目で叫んだ。
霊夢「私は彼に入れられたいと思ってるし入れたいとも思っている」
魔理沙「霊夢、バカになったのか?」
霊夢「じゃあ魔理沙は入れられたいとも入れたいとも思わないの?」
魔理沙「な、なんのことかわからない、ぜっ」
霊夢「字にすると挿入」
魔理沙「わかったわかりました思わないです!」
霊夢「入れたいとも?」
魔理沙「当たり前だろ!?」
霊夢「入れられたいとも?」
魔理沙「あっ…………」
霊夢「どう?」
魔理沙「…………ちょ、」
霊夢「ちょ?」
魔理沙「ちょっとだけ……思う」
霊夢「ウフフ」
魔理沙「やめろ」
というわけで私はクリスマス話を書いてたはずなんですがすみませんでした。
でもお空に乗っかられる彼が書けて私は満足です。
フラン「いい加減紅玉出せよクソがっ!」
じゃあ物欲センサーと戦う系の仕事があるからこれで。




