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東方逆接触  作者: サンア
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検診話

腕をさ……あれに見立てたんだよ。わかるだろ?



 鈴仙・優曇華院・イナバは考える。悩んでいるといってもいい。


 傍らでは因幡てゐがニシシと笑っている。それに苛立つ余裕もない。


 永遠亭の最高責任者は蓬莱山輝夜だが、実質的には八意永琳だろう。いずれにせよ二人はいない。


 ので、現状では鈴仙が一番偉いということになる。まあてゐは永遠亭の配下というよりは協力者であるが、基本的には八意永琳の命令に従っている。


 鈴仙は思い出していた。どうしても参加しなければいけない会合へ赴く輝夜と永琳の姿を……。


 輝夜は何でも楽しむ性格だし、人とのコミュニケーションが好きなので機嫌良く出発していったが、永琳は……がっくりと肩を落として恨めしそうに鈴仙を見詰めながら輝夜に引っ張られていった。


「お師匠も不幸だあ」


 てゐは笑っている。永琳の不幸を笑っているのではない。自身の幸運を喜んでいるのだ。


「なんたって、こういう時に限って……」


 鈴仙は師匠永琳を純粋に尊敬している。師の不幸は自身の不幸だ。だが今回は非常に複雑な気持ちだった。


 鈴仙は机のチラシを手に取り眺めた。師の不幸と自身の役得とが挟まって口元に歪みが現れた。


 チラシは定期検診の知らせであった。


 わざわざ永遠亭でやるのだから、ただの検診ではない。検診自体は普通の検診だ。病気診断に視力、聴力などの検査、身体測定も含まれて、費用は掛からない。


 一種の研究データとして扱うからだ。つまり一般人向けの検診ではないということだ。そもそも一般人は永遠亭へ易々と訪れれない。急患でもあれば話は別だが、軽い病気や検診なら里の医者を頼るだろう。


 今回永遠亭で行われる検診は、主に幻想郷で特別とされている者達向けの検診で、かれこれ四回目となる。


 人間も妖怪も関係なく参加する。検診が終われば食事が振る舞われるので、霊夢は間違いなくやって来る。


 霊夢がやって来るということは、彼も来るということだ。八意永琳は実に不幸である。


 データ収集を楽しみにしていたというと、少々マッドな香りがするが、こういう事情があったのだと知れば理解は容易い。


「ハア~」


「幸せがにげるよ」


「うるさい」


「まあまあ、もう割り切って楽しみなよ。私はそうするよ」


 てゐは身体測定を担当する。


「あんたぐらい気楽になれればね……」


 目先の楽しみより、師が帰ってきた時の悲しさの方が気にかかる鈴仙であったが無情にも時間は過ぎてゆく。そろそろ集まってくる頃だ。


「準備は出来てるわね?」


「もちろんウサ」


「変な語尾やめなさい。真面目にやるわよ」


「はいはい」


 彼のことを深く考えるのは止して、検診を真面目にこなすことだけを考えよう。真面目に仕事をやったら、この罪悪感に近い何かも薄れてくれる……と信じよう。


「こんにちはー!」


 玄関から元気な高い声が複数響いてきた。子供の声だ。恐らく上白沢慧音が引率してきた寺子屋の子供妖怪達だろう。


「はーい! じゃ始めていくわよ」


「了解」


 鈴仙の指示を受けててゐが出迎えに走った。鈴仙は白衣を羽織ると部屋を見回して不備がないか、ざっと確認しつつ椅子へ座って足を組んだ。




「リグルまた大きくなってるね」


「言わないで」


「終わった? ねぇ終わった!?」


「妖精って、血は出るのかしら?」


 検診はつつがなく進んでいった。これといった問題もなく、遅刻する者もおらずで、予定通りに終わろうとしていた。


「さて、次で最後ね」


「にしし」


「変な笑いやめて……気持ちはわかるけど」


 幻想郷で特別な者というと大半が女性だ。その女性らのほとんどは全く気にしないのだが、極々々一部の者が恥ずかしいという理由で別にしてほしいと懇願してきたのだ。


 人数の都合上、てゐの部下の兎の中で人化出来る者を手伝わせていたが、最後の一人……彼の検診は二人でやると決めていた。部下の兎は不機嫌に文句を垂れていたが、何も楽しみを二人で分かち合う為ではない。


 八意永琳にくれぐれも丁重にと命令されているからだ。検診に危険はないが、興奮した兎が何かしないとは限らない。


 だがよくよく考えれば、それは二人にも充分に当てはまることだったのだ。


「(ぅんぬふおおおおおおおおぉーっ! 男なのに魔理沙より柔らけぇーっ!)次ウェストね」


「ん」


 表面上は冷静な二人であったが……。


「(ふぐがぐっほっほふおおーっ! 本当だマジで柔らけぇ!)はい背中見せてぇ」


「ん」


 いつ暴走しても可笑しくない状態であった。


「ふごごごご……彼とは……いったい……」


 幸い身体測定は無事に終わり、悶えるてゐを残すばかりとなったが、鈴仙はまだ正気を失う訳にはいかなかった。


「(おぐごごが……耐えろ……耐えるのだ鈴仙!)チクッとするわよ~、我慢してねぇ~」


「ん」


 プツッと刺さる針の感触にはトラウマがある。切ったり刺さったりといった痛みに強い恐怖を感じるのは、きっとこれが原因だ。


 鈴仙にはこの“注射器”にそれとは別のトラウマがあった。


 細い銀色の針を通って透明の筒に真っ赤な鮮血が満たされていく。彼は表情をほんの少し歪ませた。どんなに我慢強くても、痛みに対する反応は必ず起こる。


 鈴仙のトラウマは鈴仙の興奮とは裏腹に、正確に的確に出来るだけ相手に痛みがないよう細心の注意を払って、彼の血液を抜いた。


 針を抜くとじわりと血が滲んだ。生きていればこその当たり前の反応だ。


 が、ここで鈴仙の興奮は頂点に達した。背後の机に注射器を置いて一瞬間を置き、振り返り様に彼の腕を掴んだ。


「フーッ、フーッ、フーッ、フーッ」


 非常に鼻息が荒い。開ききった目には狂喜が宿っている。


 駄々をこねる童子のように両手で手首を掴むと、ポタッポタッと、腕の中程から肘の内側を伝って血が木の床に落ちた。


「はあーっ」


 鈴仙は大きく口を開き、これから潜水でもするのかといった勢いで息を吸い込み、自身の顔……口を彼の腕、血の滴る肘へ近付け、血の色に劣らぬ真っ赤な舌を這わせ、血の道を逆になぞった。


 血を拭き取るのが目的だとするならば、赤色の線が透明に変わっているのだから、達成しているといっていい。


 だが興奮した鈴仙に目的など存在しない。彼は注射を刺した点に必死に吸い付く鈴仙を見て、兎が人参を好きなのは血に似ているからと誰かがいっていたのを思い出した。


 誰だったか……そうだてゐだ。肝だめしの時に、彼を恐がらそうと話したのだ。


「人参よりトマトの方が赤いよ」


 と論破されて苦笑いを浮かべていたが、鈴仙の姿を見るにあながちでたらめではないのかもしれない。


 しかし鈴仙を突き動かしているのは情欲。これが吸血鬼であるならば食欲であるはずだ。


 鉄の味が口内に広がるが不快感はなかった。彼の一部を取り込んでいるのだから当然だ。そのうち血は止まったが、鈴仙の動きは止まらなかった。


 何かを察知したのかてゐが起き上がった。次に見たのは暴走した鈴仙。これはいけないと咄嗟に駆け寄るが……鈴仙の唾液に濡れて生々しくテカって光を反射する彼の腕に堪らない興奮を覚えてしまった。


 覚えてしまった。


 てゐは鈴仙とは逆側から彼の二の腕辺りに片手を添えて、鈴仙が手首の方へ舌を動かしたタイミングで、鈴仙の真っ赤な舌とは違う薄ピンクの淡い舌で肘の内側を丁寧になぞった。


 肘のシワというか溝というか、内側のそれの一つ一つへ舌の先を使って丁寧に繊細に唾液を塗り込んでいく。そうすることで少しずつ彼の味が薄れていった。


 すると別の場所へと移動していく。鈴仙と同じように肘から上へ、必ず注射した点を通るように手首……手のひらから指の先まで。


 お互いの舌がぶつかり唾液が混じり合うのを気にも止めない。


 興奮した兎は肉食獣より狂暴だ。てゐは人差し指と中指を棒アイスのように頬張って、グチュグチュと音を立ててよだれをこぼし、ロップイヤーの垂れたウサミミを大きく逆立てて興奮度を示した。


 鈴仙は薄れていく味に業を煮やしたのか、師匠の言い付けも忘れ彼の柔い肉にかじりついた。


「ぁんっ」


 鈴仙の歯を感じて小さく声を漏らした。気を良くした鈴仙は少しずつアゴに力を込めていった。


 冷静な状態ならばてゐが止めたろう。今のてゐにそれは期待出来ない。だがあまりにも時間が掛かりすぎていた。


「おら」


「はうっ!?」


 鈴仙の首に注射器が突き刺さった。筒に入った透明な液体が白い親指で押し出され、どんどん注入されていく。


 鈴仙は白目を剥いて床に倒れた。よだれがだらだらと流れ、ピクピクと全身が痙攣している。


「んっ……くちゅ……んっ、んあっ」


 てゐはそれに気付いてすらいなかった。


「……ま、いいか」


 てゐを見て呟いたのは霊夢だった。片手に注射器を握っている。


 霊夢の後ろから三人ほど妖怪兎が現れ、どこぞへと鈴仙を運んでいった。妖怪兎に手渡された薬らしい。


 おそらく、てゐと鈴仙の暴走に危機を感じて薬を用意したが、同時に霊夢も彼の身の危険を察知したのだ。入口で霊夢とかち合った妖怪兎は、霊夢に任せた方が確実だと簡単に使い方を説明して注射器を手渡し、霊夢が説明通りに注射を打ったのだ。


 てゐは彼を傷付けようとはしてないので、霊夢の制裁を免れたのだろう。スキンシップであるならば、霊夢も決して厳しくはない。


 無意味に厳しくされる吸血鬼という例外もあるが……。



 目が覚めた鈴仙は起き上がると首筋に手を当てた。痛みがあった訳ではない。


「……」


 かつて戦場で戦っていたことを思い出した。痛み止めを打つのに何度も注射器を使った。


 もうあんな日常には戻りたくない。注射器を見ると、そういうことを思い出す。


 考えるというのは大事だ。だから思い出すのはいい……いいが、気持ちはそう簡単には割り切れない。


「起きた?」


 襖の開く音に顔を上げると、とても血色の良い顔をしたてゐが水差しとコップの乗ったお盆を持って立っていた。


「たった今ね」


 てゐは鈴仙の傍らに座ると水を注いだコップを鈴仙に手渡した。


 二口ほど飲んで一呼吸置き、窓から差し込む月明かりで察していながらもてゐへ質問をした。


「彼は――」


「泊まってほしかったんでしょ?」


 よくわかっているじゃない。口角を上げててゐへ振り向く。


「用事があるんだって」


 がっくりと肩を落とした。


「ほらほら落ち込まないで」


「落ち込むわよ……」


 泊まってくれれば師匠にも会わせてあげられたのに……。あ、いやよくよく考えると師匠にお仕置きされる可能性もある。


 にしては、てゐは落ち着いている。基本連帯責任のはずなのだが。


「だから、姫様に頼んどいたよ」


「なにを?」


「彼の用事」


「……んっ?」


 てゐの言っていることがわからないのは当然だ。具体的な事を何も話していないのだから。


「行けばわかるさ」


 これから出掛けるということらしい。強力な薬を打たれたが副作用は一切ない。流石八意製。


「どこ行くのよ」


 布団から起き上がり、机の鏡の前で髪と衣服の乱れを確認する。


「人里の外れ」


 やはり鈴仙にはピンとこなかった。まだあまり浸透している情報ではないのか、鈴仙が疎いのか……。


 人里の外れではいつも通り屋台で賑わっていた。看板娘が増えてからミスティアの屋台はますます繁盛しており、それに合わせてテーブルの数も一つ増えた。


 その日はいつもより忙しかった。屋台の客に遠慮がないからだ。


 検診を終えた少女達はそのままミスティアの屋台へ移動したのだ。費用は永遠亭持ちで。


 鈴仙が起きていたらこれに異を唱えていただろう。てゐだって普段ならそうだ。


 輝夜はまあ金に頓着はないが、永琳は厳しい。器が小さい訳ではないが、気前が良い性格ともいえない。


 てゐが輝夜に帰りに屋台へ行くように勧めたのは、新しい看板娘の詳細を知っていたからだ。


「ごめんなさい、忙しくなっちゃったわね」


 カウンター席の輝夜がいうと、ミスティアは優しげな表情で首を振った。


「これでも前に比べれば楽です」


 実際そうだった。リグルもそこまで苦戦はしていないようだ。多分、気心知れた連中が客だからだろう。


 この日ばかりは長居をしないという暗黙の了解は意味をなさない。貸切状態だ。


 以前天狗共が酔っ払っていたござの上で、彼の腕に執拗に吸い付いていたのは、頬を赤くし目をとろけさせた永琳だ。相当酒が回っているらしい。


「ね?」


「なにが、ね? よっ」


 てゐが焦っていない理由を理解し、鈴仙はホッとして口調を強めた。


 屋台へ向かおうとしていた客が何人もいたが、皆諦めたような苦笑いで別の屋台へと方向を変えた。


 少女達の邪魔はしない方が良いそうだ。


 悪戯に笑うてゐに軽い苛立ちを覚えながらも、師匠の笑顔を見れたことに鈴仙は素直に喜んだ。


 宴会の慌ただしさは好きだ。戦場とは正反対の楽しさに溢れている。


 注射器を見れば戦場を思い出す。それが嫌だった、怖かった。でも、この楽しさに触れてからは、嫌なのは相変わらずだが、恐怖は薄れたような気がする。


 いつも涼しい顔の霊夢が楽しげに笑っているのを見ると、その答えがわかりそうだった。


 いつの間にかてゐが喧騒の中に身を委ねていた。これで自分が素面でいなくてはならなくなったが、まあ今回は良しとしよう。


 鈴仙はカウンターで手を振る輝夜の元へ歩を進めた。



今回もネタ募集に助けていただきました。永遠に募集中ですよろしくお願いいたします。


ネタを提供していただくと、こうインスピレーションが広がるといいますか、何か思い付いたりします。


次回は思い付いた話をしようかと思います。


多分。


フラン「多分はやめろよ」


私「確約する自信がない」


フラン「ダメな奴だ」



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