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東方逆接触  作者: サンア
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屋台話

いつものこと


幽香「お風呂入りに来た」


萃香「帰り道で汗だくになるというのに」


どうしても彼とお風呂に入りたいゆうかりん



 カラン。溶けた氷が傾いてグラスに当たった。グラスの表面に結露した水滴が、リグルの手を濡らした。当たり前だが冷たい。


 室内でも肌寒さを感じるようになってきた。蛍の妖怪であるリグルには少し辛い季節が始まる。まあ、一般人の寒いのが苦手、程度の辛さだが。


「大変なの」


「うん」


 頬を紅潮させたミスティアがべたーっとリグルの膝に頭を乗せ、グラスを傾けた。


 膝や太ももに酒がこぼれて冷たいが、こうなったミスティアを引き剥がすのは難しい。リグルも少なからず酔っているし、普段ほどは気にならない。


「大変なのよ」


「うん」


 飲み始めてから何度目かになる言葉を、リグルは軽く受け流した。愚痴を聞きたくないからと流しているのではない。既に愚痴を聞き終わっているのだ。


 そして酔いが深まるにつれ、また同じ話を繰り返すのだろう。こんな風に酒に酔えず、記憶がしっかり残るリグルはいつだって聞き役だ。


「お店はね、楽しいの……でも、最近人がたくさん来るから……大変なの」


「うん」


 ミスティアの愚痴といったらだいたいこれだ。酔っぱらいの相手に精神的な疲れはないが、繁盛しているから肉体的な疲れが溜まっているとのこと。


 嬉しい悲鳴というのだろうが、ミスティアは金の為に屋台を引いているのではない。ただそれ自体を楽しんでいるのだ。


 皮肉なことだが、金儲けを目的としない方が儲かったりする。それを更に屋台の商品なんかに還元するのだから繁盛に繋がる。繁盛してるから頑張って働く。そして肉体に限界がくる。


 するとリグルの住むあばら家に酒をもって押し掛ける。水玉のパジャマに着替えたリグルが寝ぼけ眼で迎え入れ、静かに飲み始める。


「休み、増やしたら?」


「ん~……でもみんな楽しみにしてるしぃ……」


 妖怪だからか怪我や疲労の回復は早い。週に一回休めば充分だ……ったのだが、回復が追い付かなくなってきたらしい。


「みすちーのお店は楽しいからね」


「ありがと」


 雰囲気も良いし料理も酒も美味い。客はほぼ妖怪だが、人里の外れで開くから普通の人間の客もいる。男性客が多いのはミスティアの容姿が良いからだろう。


 縞模様の三角巾を頭に巻いて、茶色の着物を黒い帯で締め、紺色の前掛けエプロン――この場合は酒屋前掛けなどと呼んだ方がいいだろうか――を身に付けた姿は、女将という言葉が非常に良く似合っている。


 普段のジャンパースカート姿には可愛らしくも妖怪じみた禍々しさが感じられるのに対し、和服姿には穏やかさがある。


 ともすれば幼さのある顔立ちが女将といわれるのも、成熟した内面が醸し出されているのだろう。彼女は大人なのだ。


「あ、そうだ。リグルちゃん手伝って」


「へ?」


 だが酔った彼女は見た目相応の幼さがある。良い大人というのは、どこか子供らしさがあるものなんじゃないかな。リグルはそう思いながら間抜けに開いた口をミスティアに向けた。


「料理は作らなくていいから、運んだり注文聞いたり……給仕さんね、やってほしいの」


「ああ……なるほど……」


 忙しいから人員を補充する。一番手っ取り早くて当たり前の解決策だ。人手が足りず資金に余裕があるなら、そうするのがもっとも確実である。


「お願い、ちゃんとお給料も出すから」


「いやうん……でもなあ……」


 ミスティアを助けてやりたい。しかし自分に勤まるだろうかという不安があった。むしろ迷惑をかけてしまうのではないか……そういう思いが答えを渋らせた。


「料理は彼に手伝ってもらうから」


「わかった手伝う」


 ミスティアは大人だ。相手の望みを理解しているところなんて殊更に……。



 夕方の赤焼けに切なさを感じるのは、きっと、もっと遊びたいのに家に帰らなければならないと、子供心に刷り込まれているからだろう。


 大人になっても情景への切なさは変わらない。ただそれに安堵を感じるようになるのは、仕事から解放されて、やっと家に帰れると思うからだ。


 子供の頃とは真逆のことをやり真逆のことを思う……世の理に触れているようで面白いものだが、全ての人がそうだとはいえない。


 飲食業、とりわけ居酒屋なんかはこの時間からが本番なのだから、夕焼けなど見ている暇もない。


 人里の外れにある屋台街は昼間の静寂を感じさせない喧騒で賑わっている。


「串焼き三人前と熱燗お願いしまーす!」


「はーい!」


 その中心にあったのは華やかさだった。着物姿の乙女達が汗を流して懸命に働く姿は、仕事で疲弊した精神を癒す力がある。


 やってみると意外と楽しいな。不安のあったリグルだが、大きなミスもなく順調に仕事をこなしていた。そのおかげでミスティアもいつも以上に余裕をもった仕事が出来ている。


 ミスティアの屋台は屋台に繋がったカウンター席と、三つのテーブル席で構成されている。


 最初はカウンターだけだったが客が増えるにつれテーブルも増えていき、ミスティア一人で回せる限界が三つだった。


 それでもやはり足りず、待ちぼうけをくらう客がいる。そんな客を狙って近くに別の屋台が開く。そちらもそこそこ儲かるので居着く。そうするとまた別の屋台がやって来る。


 そんな連鎖で生まれたのがこの屋台街だ。たくさんの屋台の中でもミスティアの店の人気は衰えない。


 長居しないのが客たちの暗黙の了解だ。三十分もすれば客はすっかり入れ替わってしまう。そうやって入れ替わった客が別の屋台へと流れていくのだから、他の屋台の主人達はミスティアには頭が上がらない。


 暇かな。ミスティアがそう思ったのは、圧倒的に仕事量が減ったからだ。それでも常に手は動いているから決して暇ではない。


 リグルが給仕、ミスティアは名物のヤツメウナギの料理、そして彼が簡単な料理と会計、むしろこれらを一人でやっていたのかとリグルは改めて感心した。


「相変わらずの、大繁盛ですねぇ」


「いっただきまーすっ!」


「ああ、垂れちゃいますって」


 カウンター席で日本酒片手に呟いたのは射命丸文だ。隣には笑顔で串焼きにかぶりつく姫海棠はたてと、そんなはたてに一々世話を焼く犬走椛がいた。


「お子様のお世話は大変ですねぇ」


「はいはい」


「ん、子供? 子供なんていないわよ?」


「ふっ……そうですね」


 射命丸文と犬走椛は、仲が悪いというか、性格が合わないというか……まあ少なくとも本人らはお互いを嫌っているはずだ。しかしはたて曰く、二人ほど仲の良い者はいないとのこと。


 確かに、暴走したはたてのフォローをする時の二人は抜群の連携を見せるし、単純な相性はいいのかもしれない。


 それに三人は幼なじみだから、仲良く遊んでいた時期は間違いなくあったのだろう。


「はい、揚げ出し豆腐」


「あ……ああ」


「おやおや? 椛さん? 照れちゃってますぅ?」


「……酔ってますね文さん」


 煽るという行為は文の得意技だ。イラつきからこぼれるひょんな情報は真実味が強い。とはいえこんな露骨な煽りは椛にしかしない。そして椛はそんな煽りに怒りは覚えずただ呆れるばかりだ。


 二人は二人が思っているよりはお互いを嫌っていないのかもしれない。


 実際文の煽りに椛は助けられた。以前は彼へ敵意を向けることが出来たし、あまり好意も抱いていなかった。


 だがあるきっかけで彼のことを考える時間が増えた。気がついたら彼の顔を思い浮かべていた。しかもその時自分は笑っていた。


 椛の中で彼は決して第一印象は悪くなかったが、その他大勢の一人に過ぎなかった。はたてのせいでそうではなくなった。


 まあ今感じた恥じらいに近いなんともいえない気まずさは、文の煽りで消えてしまったのだが。


「しかしまあ、リグルさんも似合ってますが、やはり彼の着物姿は良いですなあ」


「ああわかるわそれ、たすき掛けの二の腕がセクシー」


「全体像の話をしたんですがね」


「……」


 はたての言葉に反応した椛が一瞬彼の二の腕へ視線を向けた。待っていたのは、はたての言葉に共感したという自己嫌悪だった。


 彼とリグルの着物は、ミスティアと同じデザインだが、三角巾と前掛けエプロンに違いがある。


 リグルの三角巾は市松模様で彼は無地。前掛けエプロンであるが、ミスティアのは紺色に四角形のどちらかというと男性向けのデザインに対し、二人のものは半円にフリルをあしらった白色になっている。


「せっかくだから可愛いのにしようと思いまして」


「みすちー超ナイス」


「後で写真撮らせて下さいねぇ」


 客の反応も上々だ。大半がリグルの胸に対しての反応だが、以前よりはリグルも気にならなくなっていた。


 恥ずかしさが薄れたというよりは、余裕が生まれたといった感じか、その余裕がリグルを更に魅力的に引き立てた。恥じらいからギクシャクと何かを気にするような挙動がなくなり、行動の一つ一つが綺麗に調った。


 しばらく経つと屋台の側にござが敷かれた。そこにははたてが寝転がっていた。血色の良い笑顔で焼酎の瓶を抱いて心地よい寝息を立てている。


 客が減ってきたのはヤツメウナギが品切れになったからだ。本格的に暇になったミスティアは天狗二人へ酌をしていた。


「だかられすねぇ、文さんももっろしっかりとれすね」


「ああはいはいわかりました」


「はいは一回!」


「はい!」


 凛々しい顔立ちと屈強な体躯をしている椛だが、見た目とは裏腹に酒には弱かった。文が異常に強いともいえるが。


 こうなった椛は強い。煽りが通用しないのはそのままだが、反応は変わる。呂律が回らないながらも的確に文へと突き刺さる説教を始めるのだ。


 毎回酔っ払うタイミングもバラバラでわかり辛い。いやわかったからといって、どうなるものでもないが。


 そんな二人を見てミスティアが笑っているのは、文が酔ってこぼした言葉を覚えているからだろう。


「これぐらいでストレスが吹っ飛ぶなら、いくらでも受け付けるわよ」


 やはり二人はそれほどお互いを嫌っていないらしい。


 夜が更けるにつれ客足も減り、品切れになると屋台をたたみ始めた。


「はいお水」


「ふぁい」


 寝転がるはたての傍らに座る椛へ、彼がコップの水を手渡した。


 ゴクッと大きく喉を鳴らして水を飲む椛。彼は椛の前にしゃがんでいる。椛の前というのがよくなかった。


「……」


「ん?」


 椛は人差し指をクイクイと彼を招くように動かした。当然彼は近付く。椛は近付いた彼の頬に手を当てゆっくりと顔を近付けた。


「んん……」


 そのまま唇同士が繋がった。彼の喉へ少しずつ水が流れてきた。と思ったらそれを取り返すように吸い付いてくる。


「なにしてんだお前ぇ!」


 席を外していた文が帰ってきたと同時に怒鳴った。


「んくっ……ん……ぷはっ、口移し!」


「口移し! じゃねぇよ!」


 酔うと性格が変わるというのは珍しい話ではないが、普段真面目な者がこうまで変わるのは面白い。


「口移しで飲ましてほしかっらんれす」


「ああ」


 それを聞いて彼が納得した。


「ああ、じゃないですよもう」


 文は呆れて頭を抱えた。


「文ちゃん大丈夫?」


「昔みたいに呼ぶな」


 酔うと昔のようになる椛に懐かしさを覚えた。はたてが無理やり連れてきたと言い訳をしながら、こんな風になる椛を期待している自分がいる。


 いつ頃からこんな関係になっちゃったんだったか。今となっては原因を思い出せない。


「なによ、いいじゃない。昔みたいに仲良くしましょうよ」


「そうらそうらっ」


 のっそりと起き上がったはたてが懐から何かを取り出しながらいう。


「馬鹿いってんじゃな……おい」


 はたてが取り出したのは古いノート……いや紙を束ねて纏めたものといった方がわかりやすそうだ。それの表紙にあたる厚紙にはこう書かれていた。


 “はたたんもみたんあやたんにっき”


「どこから持ってきたあぁっ!」


 怒声と共にはたてへ飛び掛かるが、はたては華麗に回避しつつ“はたたんもみたんあやたんにっき”を開いた。


「いいろはたたん! やっられ!」


 彼をぎゅーっと抱き締めながらはたてを煽る椛。素面であるならば自分とて必死に止める代物だと、酔いが冷めてから後悔するとも知らずに……。


「椛ちゃんは剣術を大天狗様に褒められてたね。はたてちゃんも子供天狗新聞で受賞したし……私にも何か取り柄があったらなあ」


「やめてえええええええぇーっ!?」


 文は半泣きで朗読を始めたはたてを追い掛けるが、そもそも文に唯一追い付けるほどのスピードを誇るはたてにはそう簡単に追い付けない。


 更にこの女、目的のために行動する時は異様に強い力を発揮するのだ。それが酒でより高まり……こういうのは未知の強敵が現れた時に発揮してもらいたいものだ。


「なんでよ、この後のもみたんの慰めが凄く感動的で私何回も泣いてるのに」


「もうゆるしてえええええぇーっ!?」


 こんな一連の光景を片付けながら見ていたリグルは苦笑いしか浮かばなかったが、ミスティアは微笑ましいものを見る母親のような目を向けていた。



「はいお疲れさまぁ」


「ホントに疲れたよ。でも結構楽しかったかも」


「うん」


 ミスティアの家もリグルのと同じあばら家だ。ちなみにリグルの家も近くにある。きっと昔は村だったのだろう。人がいなくなって朽ちたのだ。


 しっかり掃除と修繕をした結果、外観からは想像出来ないほど中は綺麗だ。


「じゃあしばらくお願いね」


「わかった」


 思った以上に楽しく仕事が出来て嬉しかったリグルは快く肯定した。


「お兄さんは、毎日は来れないかあ」


「ごめんね」


「いえいえ、来てくれて嬉しかった」


 そういって彼のグラスへと酒を注ぐ。彼は色んな者から誘いがあるので、一つのことにつきっきりという訳にはいかないのだ。


「たまに来るから」


「楽しみにしてる」


 ミスティアは宅座に日本酒の瓶を置くと、思い出したかのように手を叩いた。


「そうだお礼しなきゃ、リグルちゃんの身体とかどう?」


「ぶふっ!?」


 突然の言に酒を噴き出すリグル。幸い気管には入らず、むせることはなかった。


「な、なにいってるの!?」


「え、嫌なの? ああわかった自由にされたいじゃなくて自由にしたいのね。じゃあお兄さんの身体をリグルちゃんのお礼に」


「そうじゃなくてええぇ!?」


 あわてふためくリグルの姿をミスティアは楽しんでいた。若干悪意があるかもしれない。


「でもいいのリグルちゃん?」


「ふぇ?」


 急に真面目な顔をするミスティア。


「キスぐらいしちゃえば? こんなチャンスもうないかも」


「……う」


 チラッと彼を見る。何も変わらない普段通りの彼だ。彼ならいつどんなタイミングでキスをせがんでも受け入れてくれるだろう。問題はそれを頼む者の羞恥心だ。


「……え、えと」


「ほら、大丈夫だから、いっちゃえ」


「う、うん……」


 ミスティアに乗せられたリグルは彼に相対して床に手をついてゆっくりと顔を近付けた。


「あ……あの」


「ん?」


「し……失礼しますっ」


「ん」


 ジリジリとにじみ寄りながら承諾を得て、少しずつ少しずつ近付いていくリグル。


「まどろっこしい! こうすんのよぉっ!」


 を押し退けたミスティアがリグルを押し退けて彼を押し倒した。


 頑張ったのにと一瞬悲しくなったリグルであったが、どうもミスティアは酔っているらしい。唾液の弾く音を静寂の闇に響かせながらの濃厚なキスから目を背けた。


「ほらこうやんのよ! 次リグルちゃん」


「え、ちょ……うわまって心の準備が」


 同じ程度の体格なのに何故こんなに力の差があるのか。あ、屋台引いてるからか。などと冷静に考えれば彼は目前。濡れた唇からやや舌をはみ出させている。


「いったれぇ!」


 そんな彼にドキッと胸が弾んだ次の瞬間、後頭部を押され、柔らかな感触がリグルの唇を甘く濡らした。


「(ふっえあぐお…………気持ち……いい)」


 戸惑いの後に快楽に溺れ蕩けた表情になったリグルは、彼の両手を指と指を絡めて握り、ミスティアのように唾液の音を奏でて夢中に彼の口内に舌を這わせた。


 変容したリグルの姿にミスティアは笑みをこぼし、それを肴にグイッと酒を煽った。



ネタ募集ありがとうございます!


フラン「まあ期待に応えられたかどうかはわからんけどな」


私「大丈夫、私なんかに期待してる人はいないから」


フラン「さらっと悲しいこといわんといて」



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