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東方逆接触  作者: サンア
26/66

ダンジョン話

大長編スタートです。


かなりグロテスクな描写があります。お気をつけ下さい。




 それは人のように二足で立っていた。しかし形は人とは掛け離れていた。


 それは異形。緑色の皮膚が膨れ上がった筋肉で張り裂けんばかりに……いや左腕は既に裂けており、隆起する度に黄土色の血液がドロドロと流れ、流れの隙間にどす黒い筋肉を覗かせていた。


 まだ裂けていない右腕を野球の投手のように、大きく振りかぶった。そのまま力任せに眼前の小さな女に振り下ろすつもりなのだろう。


 ガシャンガシャン、鳴り響く金属音。彼女は駆け出していた。自身の体躯を隠すほどの重鎧を身につけ、しかしその足取りに重さは感じられない。


 グンッ、異形の左腕が風を唸らせて眼前の女へと発射された。


「遅いねぇ」


 それは異形への言葉だったのか。それとも目の前で土を削りながら盾を構えた者への言葉かもしれない。


 激突の瞬間轟音が鳴り響いた。勢いのあまり異形の右拳は砕け、血が噴出する。もはや手の形をしていなかった。それでも力は衰えない。ぐちゃぐちゃと拳を潰しながら重鎧を着込んだ者の足を地面へと埋め込んでいく。


「ぐぐぐぅっ……」


 重鎧の中から聴こえたうめき声は予想に反して甲高く幼い声だった。


 ゴキッ、いよいよ異形の手首がおかしな方向へ曲がった。痛みはないらしい、力はそのまま……いやより強くなって盾を圧っしている。


 次にしたのは炸裂音だった。異形の背後から、異形の腕以上に膨らんだ太ももへと弾丸を撃ち込んだのだ。カウボーイのような衣装を着た彼女は硝煙が漂う銃口を異形に向けたまま叫んだ。


「萃香!」


 小さな女が口を歪ませると、異形のももは風船の如く割れ爆ぜ、体勢を崩した。


 重鎧が盾を巧みに操り、異形の腕を滑らせて小さな女こと萃香の前へと異形の身体を流す。


 萃香は既に、拳を腰だめに構えていた。異形の醜い頭がその射程に入ると、萃香の拳が発光を始める。萃香の口元の歪みが深くなった。


「(最高だよ……)」


 口にすればせっかく込められた力が抜ける。萃香は自身の背後で腋を露出した巫女服を着た者を心で称賛し、


「どらあっ!」


やはり我慢出来ずに叫びながら異形の頭へ、異形以上に風を唸らせて、拳はその頭の中心へと正確に命中した。


 異形の頭に深々と減り込んだ拳を更に内部へ突き込み、頭蓋と脳を充分に掻き混ぜながら走り抜け、ついには喉の後ろを小さな拳が突き破った。


「うえっ」


 重鎧が小さく嗚咽を上げたのはそのグロテスクな光景を見たからではない。こんなことをしていながら、一切嫌悪のない笑顔を浮かばせた萃香に寒気を感じたからだ。


 そしてその笑顔はまたまた更に深く大きく愉快になる。


「ごきゅりゅりゅりゅぎゅりゃ!?」


 言葉ではない。きっと咆哮だったのだ。異形は裂けた左腕で自身をえぐった萃香の腕を掴み、顎に力を込めた。

 萃香の腕の先から黄土色に混じって深紅に近い赤が飛び出してきた。異形は噛み付いたのだ、自身の体内へ入り込んだ腕に。


「愉しい……お前愉しいよ!」


 萃香は噛み付かれた腕に力を込めた。異形のように大きく隆起はしない。だが、それは異形以上に強靭で……理不尽だった。


 異形の歯が砕けた。歯だけではない、頭にある骨や筋肉、器官、ほとんどが形を失い、ドロドロの液体へと成り下がる。少し力を入れただけの萃香の腕を噛みちぎる力は……もうなかった。


「でも、もうおしまいだね。愉しかったよ」


 萃香が少し残念そうに言うと、バスケットボールほどの大きさをした火炎の弾丸が、異形の腹部に減り込み、その身体を燃え上がらせた。不思議と、異形に密着した萃香には燃え移らなかった。


 数十秒後、異形は黒焦げになると同時に忽然と消えてしまった。まるでなかったもののように。


 萃香はそんな事は気にするそぶりも見せず、火炎弾が発された方向へ目をやった。


 黒いローブの女が、左手に開いた本を持ちながら、右手を消えた異形へ向けていた。萃香と目があった女は無邪気に笑ってから構えを解き、やや早足に萃香の方へ歩き出した。


 カウボーイも巫女もみんな集まってくる。そんな中、胴着を着た萃香が懐から何かを取り出した。手の平ほどのカードだ。萃香だけじゃない、他の者も取り出している。


「お、装備品だ」


「いいわね、高く売れるわ」


「いや装備しようぜ」


「うっそ……食材落としたわよコイツ!? こんなの喰えるかっての!」


「それ、一緒にいた狼のじゃない?」


「……あ、ホントだ」


 彼女達の行動を説明しよう。それには少しばかり、時間を巻き戻す必要がある。少しばかり……本当の本当に……ほんの少しだけだ……。



「やっほー霊夢! 遊びに来たわよー」


 笑顔で縁側からどすどすと神社へと侵入して来たのは比那名居天子だ。


 腰ほどまである空のような青さのロングヘアー。桃の身と葉をつけた黒く丸い帽子。胸に赤いリボンをつけた白い半袖の真ん中には、黒い線が真っすぐに走っていた。下半身のロングスカートには好天の空がうつり、後ろ腰に青いリボン、そのリボンで結ばれた前掛けエプロンには虹のような装飾があり、黒いブーツは脱ぎ捨てられ、黒いハイソックスが畳を踏み締めている。


「ってあれ? 霊夢は?」


 台所で食事を作っていた彼に顔を向けて聞く。


「まだ寝てるよ」


 時刻は午前五時を少し過ぎた頃だった。


「ああー早過ぎたか……私の分もよろしくね」


「ん」


 天子は彼の返事を聞く前に畳に寝転がると、部屋の端にある本棚に目を向けた。いつぞやの人生追体験ゲームが一番下の段にあった。


「下界は天界と違って娯楽がたくさんあるわねぇ」


 よく見ると他のボードゲームやゲームブック、テーブルトークRPGのシナリオなど、読書より娯楽を目的としたものが多い。


 ボードゲームは書籍ではないし、ゲームブックは指定されたページへと読み進めていくものだし、テーブルトークRPGのシナリオは読んでいても面白いが、本質はそのシナリオを使ったロールプレイを楽しむものだ。


 自分が作ったキャラクターに成り切って、シナリオを進めていくというのは初めは恥じらいや戸惑いが生じるが、慣れると病み付きになる。基本的に複数人でプレイする遊びで、天子も何度か参加した。シナリオやTRPGによって全く遊び方が変わるし、シナリオの作者やそれを仕切るゲームマスターの違いも非常に重要になる。


 作り手やプレイヤーが常に模索する事を楽しむ。ある種停滞している天界にはない“遊び”であったし、それは異変や弾幕ごっことは違う魅力があった。


「またTRPGやりたいわねぇ」


 シナリオを引っ張り出し、ページをめくりながら言う。


「そうだね」


 彼は淡泊に反応した。


 TRPGは下準備に時間が掛かる遊びだ。例外もあるが、やろうといってやれるほど単純ではないし、一回のセッションに数時間は当たり前で手軽にプレイヤーが集まらない。天子もそれは理解している。


 食事が座卓に配膳されると寝室から霊夢が現れた。天子には目もくれずに座卓については食べ始める。


 彼は萃香を起こしに寝室へ、天子も座卓について箸と茶碗を手に取った。


「天界の食事が質素に見えるわ」


「桃くらいしか食べる物ないんでしょ?」


「うん」


「不運ね」


「うん」


 今日のメニューは、ハムエッグ、トマトサラダ、肉じゃが、フルーツヨーグルト。字にすると肉じゃがが浮いてる気がする。


「良い物食べてるわねぇ」


「そうね、本当にそうだわ」


 食事のメニューが豊富になったのは彼のおかげだ。料理上手、というのは霊夢も同じだが、彼は幻想郷の様々な場所に顔を出し、主にお手伝いといった形で交流を深めている。


 そんな彼への差し入れが多いのは当たり前のことだ。霊夢はしみじみと感じていた。


「だからTRPGがやりたいのよ」


「そんなすぐに出来ないでしょ」


 食事が終わるとお茶を片手に談笑。霊夢は湯呑みの熱いお茶だが、他はガラスのコップに氷の入った冷たいお茶だった。


「暑いねぇ」


「夏だからね」


 降り注ぐ太陽光が地を熱し、湿気と共に漂う熱気が身体にべたついて汗が流れる。扇風機やクーラーなどという便利な現代家電はない。打ち水をして、団扇や扇子を扇ぐしかない。


 まあ萃香が暑さを感じてる理由は彼に引っ付いてるからだが。


 彼が神社の掃除を始めると魔理沙がやってきた。魔理沙が神社を訪問するのは珍しくないが、今日は土産を持参していた。


「チルノに協力してもらってな」


 そういってかばんから取り出したのは金属製の筒だ。上部に蓋があり、開くと甘い牛乳の香りが漂う。


「手作りアイスクリームだぜ」


「あら美味しそう、食器お願い」


「うん」


「やっぱ下界の方が贅沢だわ」


「あ~あちべたい」


「こら溶ける」


 金属の筒に頬を擦り寄せた萃香を苦笑いで注意しつつ、彼から食器を受け取り、アイスクリームを取り分ける。


「でねTRPGがやりたいの」


「そっか、どけ」


 魔理沙が来てから実に三回目の言葉である。アイスも食べ切り、そろそろ昼食の時間だと彼が用意を始め、相変わらず暑い暑いと萃香が転がり、霊夢は湯呑みを傾け、天子はシナリオを手にした魔理沙の膝に頭を乗せていた。


「じゃTRPGやる?」


「これがやりたいのはわかるけどさ」


 魔理沙が天子から受け取ったシナリオは、いわば王道ファンタジー。時代は中世、モンスターを剣や魔法で退治したり、ダンジョンに潜って財宝を手に入れたり、といった冒険活劇が楽しめるシナリオだ。


「準備しないと無理だって」


「そこをなんとか」


 比那名居天子はワガママだ。それは本人も自覚している。そしてTRPGの準備に時間が掛かるのは理解している。だが、理解しているだけだ。やりたいという気持ちを我慢するのは天子には堪え難い苦痛であった。


「でもなあ……」


「そんなに冒険がしたいのかしら?」


 魔理沙の背後で急に声がした。振り返るが誰もいない。


 声の主が誰かはわかっている。自分を驚かせるためにやっているという事もわかっている。魔理沙の悲鳴が可愛らしくて好き、とか屈辱的なことまで言ってくる。非常に不愉快だ。


 顔を戻した所にいる気がする。ゆっくりと戻していくが誰もいない。どこにいるんだ? 魔理沙は警戒を強めた。


「それっ」


 掛け声と同時に魔理沙の首筋に何かが当てられた。


「ひぃん!?」


 それはキンキンに冷えた瓶のジュースだった。結露して表面に水滴が散らばっている。これを急に引っ付けられては仕方ない。


「やっぱりかわいい」


 真っ赤になった魔理沙は、空間の裂け目から上半身だけを出した紫へ思いっ切り平手打ちをした。



「で、冒険がしたいのよね?」


 頬に真っ赤な痕をつけた紫がニッコリと笑って天子へ話し出した。


「そうだけど、なに企んでんのよ」


 怪訝な顔付きで紫を睨む天子。二人の間柄は正直良くない。少なくとも笑顔で談笑するような仲ではないはずだ。


「あらあんまりですわ。せっかく冒険を楽しめる遊びを紹介しようと思いましたのに……まあやりたくないなら別に私は構いませんけど」


 わざとらしく言葉遣いを変え、天子の興味を引く単語を交えながら突き放しにかかる。


「……どんな遊びなのよ?」


 食いついた。さて、どうしてやりましょうかねぇ~。なにか……こう……プライドを傷つけるような……屈辱を与えたい。


 魔理沙の時のそれとは違う、純粋な悪意である。つまるところ、紫と天子はそういう関係なのだ。


「(よし、アレを使って辱めてやろう)」


 黒い愉悦が紫の心を染めていた。紫の考える事を天子が行えば、それはもう酷く恐ろしくえげつなく誰からも見向きもされなくなるに違いない所業で――


「気になるね、それ」


 最初に萃香が。


「……確かに」


 不服そうに魔理沙が。


「どうせ天子をいぢめたいだけよ」


 興味なさげに霊夢が。


「そうなの?」


 トドメの彼の質問で。


「そ……そんなわけないじゃな~い」


 紫の牙城は崩れた。


 その後紫から数分説明を聞いた面々は、よりその遊びに興味をもった。まあ霊夢と彼はいつも通りだが。


「こんな物でねぇ」


 霊夢がいじくっているのは、黒いゴーグルと半分に切ったヘルメットを合成したような物だ。


「へっどまうんとでぃすぷれい、だっけ? これをつけて起動したらいいんだよな?」


 魔理沙の機嫌がすっかり治っているのは、その機械への強い好奇心ゆえだ。


「そうよ。それだけで仮想現実を冒険出来るわ」


 外の世界での夢の一つと言ってもいいだろう仮想現実……ようは、体感型RPG。紫の能力や河童の技術を利用して作られたそうだ。


「とにもかくにも始めましょうよ。てか先始めるわよ」


 天子は機械を装着するとさっさと起動スイッチを操作した。


「あっ」


 紫が声を上げたが一足遅かった。もう天子の意識は仮想現実へと吸い込まれている。


「どしたのさ?」


 声を漏らした紫へ萃香が。


「……時間の流れが……随分違うのよ」


「……どれくらい?」


 機械を装着しながら霊夢。


「……こっちの数秒数十秒が……仮想現実では数時間だったり数日だったり……」


 それを聞いて各々が機械の装着を始める。


「他に注意は?」


「特にないわ、楽しんでらっしゃいな」


 数日を一人ぼっちで過ごした天子を想像した紫はとてもよい笑顔で手を振った。


「みんなつけたか?」


 魔理沙が装着の有無を確認する。


「うん」


「ええ」


「おう」


「じゃあいくぞ、せーのっ」


 そして魔理沙の号令に合わせ、全員が一斉に起動スイッチを入れた。



フラン「大長編とか言ってたけど、何ヶ月ぐらいやるの?」


私「来年の今頃までには終わらせます」


フラン「ふざけんな」



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