☆ホワイタインフール話
私「全部まとめてやっちゃえば一回で終わるんじゃね?」
フラン「お前頭いいなINT500くらいあんじゃね?」
春告精がその名の通りに春の訪れを口にしながら、幻想郷の至る所を飛んでいる。その声を聞くと、肌寒さが薄れ、外気が心地好い暖かさになっていくのを感じ取れた。
彼女……リリーホワイトは、春を告げるだけでなく、春を運ぶ役目も担っている。
そのリリーホワイトに気付かない者がいた。今しがた上空を飛んでいったというのにだ。考え事をしているのだろうか、目を閉じ、腕を組み、やや口元を歪ませ、時折眉間にシワが寄っていた。気温の変化にも気付いていないらしい。
「まぁだ悩んでるの?」
そんな様子を見兼ねて声をかけたのは稗田阿求だ。悩んでる少女、本居小鈴の友人である。
「……うん」
「身体動かしたら思い付くかも、っていうから付き合ったのに」
阿求は額に浮いた汗を服の袖で拭い、逆の手に持っていたラケットを小鈴の座る椅子へたてかけた。
「思った以上に楽しくて夢中になっちゃって……それで、夢中になってる場合じゃねぇ! ってなって……」
「一人うんうん唸ってたと」
「……はい」
「まあ楽しいのは認めるけどねぇ」
阿求は呆れながら小鈴の隣に座り、上着のチャックを下ろし、汗で濡れた白いシャツの襟を掴み、前後に動かして風を送った。
「阿求透けてる」
「誰も見てないって」
「そ……うね」
稗田阿求も本居小鈴も今着ている服は、普段のものとはまるで異なっている。色は紺色だったり、赤色だったり、緑色だったりと様々だが、デザインはおおよそ同じものだ。
二人……今公園の一角に集まっている人達は――妖怪も含まれるが――全員“それ”を着ている。“それ”とは、胸にバドミントン同好会と刺繍されたジャージだ。
汗だくのシャツが少女の身体に密着し、身体のラインを浮かせ、薄い生地が少女の小さな胸元を隠す下着を浮かび上がらせたが、周りの者達はみんなバドミントンに夢中でこちらを見ていない。
全員が全員いっせいにバドミントンをしている訳じゃない。中には阿求達のように休憩している者や、ただ観戦だけを目的にした者もいる。そんな者達の目線は、上白沢慧音と彼の試合に吸い込まれている。
もっというなら、男達の目線は慧音の胸に、女達の目線は彼の尻に、である。小鈴はそれを察したのだ。だが、男達を下劣だと軽蔑は出来なかった。それは阿求も同じだ。なぜなら、女達の中には自分達も含まれているからだ。
「意外と運動神経あるのよね」
小鈴が愛用の丸メガネをかけながらいう。コート端――まあコートの範囲は曖昧だが――へのきわどい打球や、相手の死角をついた慧音のスマッシュをわりと危なげなく返している。得点も互角だ。
「そうね、“あの服”であの動きは凄いわね」
彼が今着ている服は、阿求達のようなジャージではない。チェック柄の和服に、フリルのついた袴。和服の上には肩掛けエプロン。胸元でリボン結びにしている帯が可愛らしい。
名付けるなら和服エプロンドレスといったところか。清楚なイメージが、大和撫子という言葉を連想させる装いだ。
とはいえ、普段これを身につけている小鈴は、活発に様々な事件に首を突っ込む好奇心旺盛な性格をしているので、親しい付き合いのある阿求には、そういった言葉は浮かばないかもしれない。
阿求はジトッとした目付きで小鈴へ視線を向けた。小鈴は苦笑いで顔を背けている。
「運動し辛そうな格好ね小鈴」
「い、意外と動きやすいわよ」
「問題はそこじゃないのよ小鈴」
「待って理由があるの、理由があるから」
詰め寄る阿求に大袈裟に身振りして慌てる小鈴。
「理由? 彼の汗でべちゃべちゃになった自分の服に顔を埋めたり、洗濯せずにそのまま着たりしたいだけじゃないの?」
「出来れば下着もほしいじゃなくてっ! いや否定しないけどぉ、出来ないけどぉ……そうじゃ……それだけじゃなくてぇ」
「はいはいわかったわよ。その小さな脳で考えたことを言ってみなさいよ」
阿求のからかいに苛立った小鈴だったが、一旦咳ばらいし心を落ち着けると説明を始めた。
「その、作ったのよ」
「何を?」
「贈り物……チョコクッキー」
「ああ」
「でも、大勢の前で渡すの恥ずかしいから……」
「家に呼ぶ理由を作ろうと?」
「はい」
阿求は俯いて溜息を吐いた。
「自分の服を着せてる方が恥ずかしいと思うのだけど」
「いやでもそれは店の宣伝ってことで……」
彼の身につけたエプロンの端には、鈴奈庵と黒い文字が書かれている。通常小鈴は外出時にこのエプロンを外すが、宣伝という言い訳をする為にエプロンも持って着たそうだ。
「……じゃ何を考えてたのよ?」
話は冒頭の小鈴の苦悩に戻った。
「恥ずかしいのは変わらないのよぉ……時期過ぎてるし」
小鈴の目に涙が浮かんだ。阿求からしたら正直どうでもいいが、友人を応援する気持ちがない訳でもなく、放っておくのもばつが悪いので仕方なく付き合ってるのだ。
「当日に渡せてれば良かったのにね」
「だって渡そうとしたら渡されたから」
バレンタインデー当日、彼は知り合いほぼ全員にお菓子を配っていた。小鈴の知識では女性が好意をもつ男性にチョコレートを贈る日だったが、彼の知識では単純に親しい人に贈り物をする日、だったそうだ。
「あの日は幻想郷中が大変だったわねぇ」
「実害がなかったのが不思議なくらい暴れ回ってたものねぇ」
この二人も含めて、である。
「でもそれなら、ホワイトデーにお返ししたら良かったじゃない」
「そうするつもりだったの、でもホワイトデーはホワイトデーで」
「幻想郷中が大変だったわねぇ」
「別件で忙しかったし、いざ暇になったら彼のいるところがわからなくて……なんやかんやで日をまたいじゃって……」
「もう普通の贈り物として渡すしかないわねぇ」
「それはまあいいんだけどぉ……」
「イベントに託ければ恥じらいも薄れるけど、そうじゃないから物凄く恥ずかしいのね」
「それ」
長い付き合いだけあって、阿求は小鈴のことをわかりきってるらしい。
「でもがんばる。そろそろ終わりだし、もう勢いで渡す」
「そうね、頑張ってね」
ホイッスルの高い音が鳴り響いた。同好会の活動終了時間を知らせる音だ。
彼は軽く打ち返された羽根を受け取り、慧音に軽く挨拶すると辺りを見回した。
「あ、こっちです!」
小鈴が立ち上がり、手を振りながら彼へ呼び掛けた。それに気付いた彼は小鈴の方へ歩き出した。
「ああ心臓が暴れ回ってる」
「ま、頑張ってね」
▼
鈴奈庵の一室、そこには着替えを済ませた彼と同じく着替えを済ませた小鈴がいた。小鈴はいつもの服装だが、先程まで彼が着ていたものとは別で、デザインは同じだが色合いが少し違うものだった。
彼の服装は阿求のと同じデザインの着物である。着ているところを見たい、と阿求に言われたのを覚えていた彼が、今日の同好会に阿求が参加するのを知って着て来たのだ。
なんだ阿求人のこといえないじゃないか。そう小鈴は思ったが、それに怒れるほど余裕はなかった。心臓の鼓動を全力疾走した後のように激しく暴れ、額からは運動や気候とは何も関係ない汗が流れていた。
彼は小鈴の正面に座り、ジッと小鈴を見ている。二人の間には可愛らしく包装された小さな紙製の箱があった。
「あ、あの」
「ん?」
「こ、これ、その……あの……えっと……」
意を決して口を開くが、しどろもどろになってしまう。相当緊張しているらしい。そうだ、いつも凛々しいあのお客さんを思い出そう、なんとなく力が沸いて来る気がする。
思考をそらしたのが功を奏したのか、一瞬緊張が緩和した。
「これ贈り物です!」
と箱を両手で持って彼に差し出した。数秒はそのままだったが、以降はその差し出した手も震え、ギュッとつむった目の下にある頬は真っ赤に染まった。
「ありがとう」
彼はそういって箱を受け取り、それを傍らに置くと、体勢の変わらない小鈴の頭をそっと撫でた。
すると硬直してた小鈴の身体が解れ、彼へ倒れ込んだ。鼓動はそのままだ。
「ご、ごめんなさい」
謝りはするがどうも身体が上手く動かない。彼に自分から接触するのは、まあ緊張するのと心地好さを感じるだけだが、彼からのそれはまるで別物だ。自分の身体を支配出来なくなってしまう。
「いいよ」
彼は小鈴を抱き留めた。彼の胸元に小鈴が顔を埋めている。それだけでも小鈴は幸せだったが、頭を撫でる彼の手は止まってなかった。
緊張はしている。物凄く恥ずかしい。でもやめてほしくない。さあどうしよう。
甘えよう。
小鈴はかろうじて動いた両手を彼の背へ回し、か細い声で囁いた。
「……好きです」
彼から返事はなかった。声が届かなかったのか、それとも或いは――。
二人はしばらくこのまま繋がっていた。
▼
翌日、鈴奈庵のカウンターに座る小鈴はそれはまあとてつもなく血色の良い輝いた笑顔で阿求を迎えた。
「……あなたが幸せそうで何よりよ」
阿求の言葉に小鈴の笑顔がますます輝いた。阿求は表情に出さぬようにげんなりとした。このあと小鈴から延々と惚気話を聞かされるのがわかったからだ。
来なきゃ良かったと阿求が後悔すると同時に小鈴は口を開いた。
「好きって言えたぁ」
表情筋から一切の力を抜いたとろけた笑顔で小鈴は言った。しばらく待ったが続く言葉はない。
「えっそれだけ!?」
小鈴はこっくりと頷いた。数時間は付き合わされると覚悟していた阿求には拍子抜けだった。逆に気になるくらいだ。
「ど、どういう経緯で言えたのよ」
自分から聞き出すことに妙な敗北感を覚えた阿求だが、それを別にしてもとにかく気になった。
「スッゴく緊張してたんだけど……なんとか頑張って渡してみたら……撫でてもらえて……ふにゃああぁ~ってなっちゃってぇ」
それはわかる。彼に撫でられると身体中の力が抜けるのだ。ある日、案内目的で彼と人里を歩いていると、阿求の細かな説明が気に入ったのか、単純に子供扱いしていたのか、彼が阿求の頭を撫でた。
その後の阿求は昨日の小鈴とそう変わらない状態となった。小鈴と違うところは、室内か室外かという点。小鈴の場合は両親もたまたま用事で出掛けており、文字通り二人きりだったが、真昼間の公園のベンチでそうなった阿求は不特定多数の人に見られることとなった。
気が狂いそうな恥ずかしさだった。そして気が狂いそうな幸福を得た。
「そのあとなんだか言えたぁ」
ざっくりした説明だ。が、なんとなく理解出来る。彼との接触に理屈はない。感覚的なものだ。
「で、なにか……返事とか、反応とかはなかったの?」
「それはなかった。あ、でもね」
しまったやはり惚気話が始まってしまうようだ。阿求は手を前に突き出し、一旦小鈴を制して辟易とした表情で口を開いた。
「聞いてあげるから、お茶でもいれてきてちょうだい」
「はぁ~い」
気持ち悪いくらい機嫌の良い小鈴は、トタトタと早足で店の奥へと消えていった。
「はぁ」
阿求は背もたれにグッと身を任せ、首を椅子の後ろへ傾けた。何もかも面倒だといいたげな体勢だ。
「……昨日は四月一日、いわゆる、エイプリルフール」
バレンタインデーやホワイトデーなどは、人里の商人が外の世界と同じように広めたイベントである。このようなイベントはビジネスにとっても都合がよい。
しかしエイプリルフールはそういうものではない。ようは人々が楽しむイベントだ。ビジネスに全く関係ないとはいえないが、直接的なものはないだろう。少なくとも前者二つほどの効果は見込めない。
つまりエイプリルフールは幻想郷に広まっていないのだ。だが、物事に詳しい彼は知っているはずだ。じゃあ昨日の小鈴の告白を、彼はどう受け止めたのか……普通に? エイプリルフールとして? どっちにしろ考えたはず、そして答えは出なかった。このままでは二人の関係はうやむやなままだ。
「……なんで、教えてあげなかったのかなぁ、私……」
と言いながら答えはわかっていた。阿求は小さく口角を吊り上げた。まるで小悪魔――図書館にいる方じゃない、世間一般的な――のような表情だ。
お茶菓子とポットをおぼんに乗せた小鈴が、相変わらずの笑顔で寄ってきた。
阿求は体勢を整えると、また嫌気がさしたような表情を“作った”。
「(ライバルは蹴落とすものよねぇ、小鈴)」
阿求の心中は、表情とは真逆なものだった。
▼
「お、美味そうじゃのう」
「昨日小鈴に貰った」
「それでは頂けないか」
「?」
「そんな、首を傾げて愛らしい表情を向けるでない。喰らいたくなる」
「そう?」
「そうとも、だからあまりやるでないぞい。儂の前では構わんがの」
「ん」
「ああ、理由じゃな。お主を慕っての贈り物を他人が食べるのはよくない」
「そう?」
「そうとも、だからそれはお主が食べてやれ」
「うん」
「しかし、なんだってわざわざ昨日を選んだのかのう?」
「好きって言われた」
「エイプリルフールに?」
「うん」
「……贈り物があって、好きと言われたエイプリルフール、訳がわからんぞい」
「うん、悩む」
「まあ、エイプリルフールは広まってないから、たまたまだと思うが……気にせんことじゃな」
「ん、わかった」
「ただ、好きと言われたら嘘でも受け止めてやった方が、相手は喜ぶぞい」
「そう?」
「おうそうとも、というわけで、好きじゃ」
「ん」
とある化け狸と彼の会話より。
フラン「と言うとでも思ったか」
私「すいません」
今回はリクエストの小鈴ちゃんが彼をペロペロする話を書きました。え? ペロペロ要素がない? 繋がってる間に色々やったんじゃないですかね(適当)。
阿求や小鈴ちゃんはですます口調のイメージ強いけど、二人を中心に進めると砕けた話し方になりますよね。周りには基本敬語ですから、他のキャラと絡ませる時はまた別の魅力が出てきそうです。
小悪魔阿求、うちの小悪魔は強面ですからああいう説明がつきました。ちょっと悪女っぽく、でも自分は特に何もしてないから彼との進展もあんまりないことに後で気付いてうわあああってなる可愛い。
最後に出て来たお方はオープンスケベになる予定です。多分。
まああの、なんていうか、今後はイベント当日に投稿していきたいですごめんなさい。サラダバー!




