ケロケロ話
な、言った通りやろ?
ぢゅるぢゅぢゅぢゅちゅぅぅぅぅぢゅぢゅ……ぢじゅじゅぢゅぢゅぢゅぢじゅうううぅっ……ぢゅっ……。
昨夜遅くに帰宅した早苗は異様な音で目を覚ました。
「……んん?」
まだハッキリと覚醒していない頭をかきながら、半身を起こした。やたら寒いと思ったら、掛け布団を蹴飛ばしていた。
はしたない事に、着替えすらしていない。巫女服のまま眠ってしまっていた。よほど疲れていたらしい。それも仕方ない、昨日は丸一日妖怪退治に明け暮れていたからだ。
まずは朝風呂――昼風呂か―― といきたい所だが、とりあえず異音の正体を突き止めておきたい。
いったいどこからだ? 扉を開けて廊下に出る。ガラス戸から注ぎ込む日差しが目に痛い。ついでに耳も痛い。音はいっこうに鳴りやまない。
のそのそと異音の方に向かって歩く。徐々に音が大きくなっていく。たどり着いたのは諏訪子の部屋だ。やっぱりか。
早苗は大きく溜息を吐くと、ノックもなしに襖を開いた。
「諏訪……っ」
怒鳴り声を上げようとしたがつっかえてしまう。それも仕方ない。思いもよらぬ人がそこに居たのだから。
その人には、出来るだけおとなしい、というかおしとやか、というか、とりあえずあまり悪いイメージをもたれたくなかった。
そもそも真面目だし貞淑でもあると自負しているが、気になる異性が相手となると普段通りに出来ているか心配になり、更にはそもそも普段通りで大丈夫なのか気になり、一つ一つの反応や物事が過剰になってしまう。
この時の早苗は、人前に出るにはややだらしない状態となっていた。髪はボサボサだし、服もよれよれ、眠気のせいで目つきも悪くなっている。
こんな姿、彼に見せられない。襖を閉め、風呂場に駆け込み、全身をくまなく清め、髪を手入れし、キチッとした服に着替え、うっすらと化粧をしてから再度諏訪子の部屋へ向かう……本来ならそうするだろう。
しかし目の前の光景は早苗には少しばかりショッキングだった。
諏訪子が彼の膝に乗り、彼の唇に自らの唇を重ねていた。早苗は貞淑だ。育ちが良かったのだろう。だから、こういう場面を見るとまず硬直する。
そして二人がしている事はキス……ではあるが、その中でもかなり過激な部類に入るもので、具体的に説明すると、彼の舌に諏訪子が吸い付いている訳だ。そしてその吸引がよだれやら唾液やらと混ざって、異様な音を奏でているのだ。
早苗はそこまで理解していないが、まあ普通のキスでも充分に早苗の許容範囲を超えているのだろう。
余談だが、早苗は宴会等で酔っ払っている時は普段の貞淑な自分とは掛け離れた姿になっているし、彼に躊躇なくキスしたりしているのだが、本人は一つも覚えていない。
このあと諏訪子が満足した頃には、早苗は部屋に戻って眠っており、再度起きた時には全て忘れていた。
洩矢諏訪子の見た目は子供、幼女といってもいい。細い脚は白いニーソックスに包まれ、起伏のない身体には青と白の壺装束、金髪を赤い紐で顔の両横に束ね、後ろ髪は肩を隠す程度、頭には緑色の市女笠に目玉のような物がついた、カエルの形をした帽子を被っている。
この幻想郷で見た目ほどあてにならないものはない。行儀良く、彼の作った料理を口にし、あどけない笑顔を見せる彼女は子供のようだが、その実神話の時代から齢を重ねてきた神である。犬走椛の斬撃を軽くあしらえる程度には、力がある神様だ。
守矢神社に祭られている神様ではあるが、表舞台に立つ事はあまりない。そういうのはもう一柱の神、八坂神奈子の仕事だ。その八坂神奈子は現在不在である。
昨日、霊夢や早苗が退治した妖怪について、八雲紫と何やら会談があるらしい。まあそういった名目の飲み会であるのは身内にはバレているし、本人達も別段隠していない。物事には立て前が必要だ。
そして神奈子が居ないから、彼を呼ぶ事に決めた諏訪子もまた策士である。神奈子は早苗と彼の仲を応援してるそうだが、諏訪子にはあまり気をつかわない。というか気付いてないのかもしれない。
諏訪子も早苗を応援してるに違いないと思ってる可能性もある。生きてきた年数からして、色恋沙汰に疎いとは思えないが、灯台下暗し、身内の変化には中々気付かない……気付けない者がいる。
どちらかと言えば、神奈子はそっちだ。そうじゃなかったら嫌がらせだ。神奈子にそんなつもりはないのだろうが、諏訪子は過去何回も彼へのアプローチを邪魔されている。
そうだこの間も……先日の宴会で邪魔された時を思い出し、諏訪子の額に青筋が浮かんだが、彼からお茶を差し出されると引っ込んだ。
取り繕ったのではない。彼と触れ合うと、怒りや悲しみといった感情が吹き飛んでしまう。怒っていた事を忘れてしまう訳じゃないのだが、瑣末に感じてしまうのだ。これも彼の魅力だろう。
食後、諏訪子は色々妄想していた。正確には昨日彼を誘った時からずっと妄想していた。もちろん彼と何をするか、をだ。冒頭の行動は妄想の一つ。妄想だけで終わらないのは、流石洩矢諏訪子といった所か。
無論考えに考えぬいた妄想は出来る限り実行するつもりである。つもりであるのだが……来客は想定外だった。
「おいすー! はたてちゃんさんじょー!」
なんだこの小娘、と諏訪子は思ったが見た目だけなら諏訪子の方が小娘だ。はたてからはやや石鹸の香りが漂っていた。風呂に入っていたらしい。服も綺麗なものだ。
シャンプーの香りがする茶髪のツインテール、それなりに起伏のある身体を包んだ薄ピンクのブラウス、黒と紫の市松模様が描かれたミニスカート、ハイソックスで張りのある太ももを強調しているが、諏訪子のニーソックスの方がその役割を果たしているといえる。
ネクタイや天狗帽を被ってないのは、プライベートだからか、単純にうっかりか。全体的なデザインは文の服と似ている。鴉天狗の制服のようなもので、改造やアレンジに寛容なのだろうか。それとも流行ってるのか、文化かもしれない。
そんなはたてはずけずけと人の家に上がり込み、洗い物をしている彼へ背後から抱き着いた。
「久しぶりー」
「うん、久しぶり」
彼は動じない。諏訪子もそれほど動じてない。ただ妄想が妄想に終わるだけだ、と少し寂しくなった。
はたてが家に上がり込んで来るのは、特に気にならないし早苗が許可している。なぜか二人は仲が良いのだ。趣味が合うのか、性格が良いのか、理由はわからないがとりあえず仲良しだ。
まあ諏訪子もなぜだかはたては憎めない。面倒だし手がかかるし天然な所もあれば度々暴走もするのに、なぜだか憎めない。今も彼を横取りされてる訳だが、ちっともいらつかない。
なぜだかなんていってるが理由はわかっている。彼がチルノやルーミアなんかと遊んでるのを見ている時と同じ気持ちになるのだ。ようははたてが子供っぽいという事なのだが、チルノやルーミアと違ってはたては彼へちゃんとした恋愛感情をもっている。それを諏訪子は理解しているが、やっぱりいらつかない。そういう部分が“なぜだか”なのだろう。
はたては彼に抱き着いて頭を擦り寄せている。なんとも幸せそうな表情だ。諏訪子の妄想ならこの体勢から十、二十と様々な接触を始めていたが、はたてはこれだけで満足出来るらしい。常に接触出来る訳ではない諏訪子からすれば、うらやましいことだ。
「あんたさぁ、家主に挨拶ぐらいしなよ」
「お邪魔してまーす!」
「ふっ、元気がいいね」
不意をうたれたかのように吹き出してしまった。彼との接触中に、周りの声に反応する者は珍しい。大体は彼に夢中になって無視をする。はたてもそうだろうと思って声をかけたら即答で返された。笑ってしまうのも仕方ないだろう。
「……入ったら?」
愉快な気持ちのまま一言。彼やはたてへの言葉ではない。はたてに付き添ってきた心優しい後輩に向けてのものだ。
少しして玄関の扉が開かれた。そのあとは足音がしばらく続き、止まったと思ったら居間への襖が開いた。犬走椛が何とも気まずそうな表情で諏訪子に頭を下げた。
「その、申し訳ありません」
「あんたが謝る事じゃないよ。座んな」
「はい」
気まずそうなのは諏訪子も同じであった。さっき会ったばかりで、ちょっと険悪な雰囲気になっていたからだ。しかし、その件はもう解決している。
ちなみに居間から玄関へ届くほど大きな声を発した訳ではない。仮にそうだとすれば、彼なり、はたてなりが少なからず反応するはずだ。単純に、妖怪は人間に比べ五感が鋭いのだ。
椛は来るつもりはなかったのだが、実の所今日は非番であり、剣術の稽古をしていた時に彼を見掛け、諏訪子との一悶着に繋がったのだ。そしてどうしてもはたてを放っておけず、付き添って来た。
彼を見ると、自身の意志とは裏腹に尻尾が反応してしまいそうで怖かった。気心知れたはたてに指摘されてあんなに恥ずかしかったのだ。万が一諏訪子に知られたら、消えてしまいたくなる。
少々窮屈だが、椛は尻尾を正座した足に挟んで制する事にした。
「仕事は?」
「今日は非番です」
「そりゃ大変だね」
「慣れてますから」
「だよね」
何気ない世間話を始めてみたが、より気まずくなったような気がする。こういう気まずさは解消しようとすれば、深まるばかりなものだ。第三者の介入があれば、一転する事もあるが……。
はたてという女は、普段は無邪気で天然で暴走したりするわりに、雰囲気に敏感だったりする。気まずさや険悪なものを感じ取るのが得意で、またそういうものを何とか解決したいと思う性格をしている。
そのため、大事な会談や論議が激しくなりそうな場では意外と重宝されている。人柄を正しく評価する天狗社会の在り方は素晴らしい。まあ暴走で大変な事になる場合もあるのだが……その辺りも正しく評価されているので問題ないだろう。
そしてはたては彼とイチャつきながらも、諏訪子と椛の気まずさを察し、何とかしようと考えた。普段もそうだが、こういう時のはたては殊更に柔軟だ。
「あ、そうだケロちゃん」
「ぶふっ」
吹き出したのは椛だ。笑ったというよりは慌てた様子だ。
「なに?」
洩矢諏訪子という神様に対して、こうもフランクなあだ名をつけ、躊躇いなく呼べるのは天狗の中でははたてだけだろう。
ケロちゃんこと諏訪子はもう慣れっこだし、一々怒るほど器は小さくない。あと自分にフランクに接する者は少ないので、ちょっとだけ嬉しかったりする。
「お土産あんの、それ」
はたてが指差す方を見ると、白い手提げかばんが置いてあった。居間に入って来た時持ってたかばんだ。と諏訪子は思い出し、はたてに促されるまま中身を確認すると、一升瓶の酒が入っていた。
「軽く一杯いきましょ?」
これがはたての思い付いた策だ。確かに酒の席なら気まずさも解消されるかもしれない。というか解消された。結果的にはたての策は成功した。気まずさの解消だけに目を向ければ……だが。
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ぢゅるるぢゅ、じゅぢぢゅうる、ぢゅぢゅぢゅじぢゅるる、ぢゅぢゅっぅぅ……ぢゅっぢゅっぢゅうーっ……ぷはっ。
「まだだぞ……貴様の口内を私で蹂躙してやる」
「ねぇ早く変わってよ」
「もう少々お待ち下さい」
「というか諏訪子様、次は私の番ですからね」
ナンダコレ、会談という名の飲み会から帰ってきた八坂神奈子の感想である。自他共に認める酒豪な神奈子には、昼間から夕方まで絶えず飲みつづけてもせいぜいほろ酔いといった具合で、いわばしっかり意識がある。
日のあるうちから飲む酒は堪えられない。神奈子がよくいう台詞だ。色んな意味を孕んだ言葉だが、神奈子的には夜までにしっかり帰れて、ちゃんと家族に土産を持ち帰れるからという意味合いもある。
その日も神奈子の片手には和菓子屋で買った団子が紙袋に包まれていた。神奈子は甘味をそれほど好まないが、早苗と諏訪子には好物だった。
だがその早苗と諏訪子、ついでに椛と……はたては酒瓶を抱きしめて眠っているが、まあその三人が真っ赤な顔で彼の唇に吸い付いてるのだ。神様でも驚く。一番驚いたというか衝撃を受けたのは、秘蔵の酒瓶がいくつか転がってる事だが。
普段の清楚さから掛け離れただらしない姿を晒してる早苗や、上半身にさらし以外何も身につけてない椛や、帽子とニーソックス以外何も身につけてない長年――途方に暮れるほど――の付き合いがある諏訪子の姿を見ていると、その程度の被害で済んで良かったと思うぐらいだった。
「おかえり」
彼を助けるべきか悩んでいると、彼が神奈子を見て声をかけた。椛と早苗が交代した瞬間を狙ったようで、もう今は早苗に口をふさがれている。まるで襲われてるように見えるが、ここまで冷静なら放っておいてもいいか。
「ただいま」
一応彼へ返答してから座卓に団子を置き、もう何も考えたくないといわんばかりに目についた盃をぐいっと傾けた。
擬音が書きたかった。
はたてちゃんのキャラクターが凄く立ちましたね。キャラ崩壊というかなんというか。全体的にキャラクターを立たせれたかなあっと、ちょいちょい良い感じに出来たかなあっと、お酒って便利。みんなは飲んでも飲まれちゃダメよ。
フラン「バレンタイン話書けましたか?」
私「書けた」
フラン「そうですかありがとう、ホワイトデー凄いですね」
私「それほどでもない」
フラン「やはり書けてなかった! マジいい加減にしろよ?」
私「今のハ……あ、はい……ごめんなさい」
次回は小鈴ちゃんのバレンタイン話です! よし断言したから書ける! 多分!




