ゲーム話
鈴奈庵買いました。
彼が博麗神社の縁側に腰掛けている姿は、なんとも風流であるが特に珍しいものではない。
宴会をきっかけに彼の存在が幻想郷に知れ渡り、人妖問わず様々な者から客人として招かれる事もあるが、神社に居る時はそこに座っている事が多い。
さすがに冬、つまり今のような季節にはその光景は掃除や洗濯の後のちょっとした休憩、の時にしか見れない。今はそのちょっとした休憩の時間なのだろう。
庭の物干しには巫女服や着物、どこかのメイド長やどこかの人形遣いやどこかの式神の服が干されている。細部が違うのは彼用にこしらえられたものだからだ。
ちなみに今の彼の服装は巫女服だ。どこかの紅白巫女の巫女服だ。細部に違いがないのは、彼用に作ったものではなく、単純に霊夢が普段から着ているものだからだ。
その霊夢だが、妖怪退治の依頼を受けて珍しく仕事へ出掛けている。予備の巫女服を着て。彼に巫女服を着せたいなら予備の巫女服を着せればいいんじゃ……などと思ってはいけない。なぜなら、それを口にしたとある妖怪は問答無用で殴られたからだ。いのちをだいじに思うなら博麗の巫女のする事に口出しするべきではない。
まあ留守にするから、彼を一時的に博麗の巫女代理にしている訳だ。もしかすると、そういう口実で巫女服を着せたのかもしれない。いやしかし、霊夢が自分の服を着せるのに口実を必要とするだろうか。そんな事を気にする彼ではないと充分に承知してるだろうに。
その時の心情や行動の理由は霊夢にしかわからない。わかるのは彼に自分の服を着せたいという欲求だけだ。これは幻想郷の住人なら大体は理解出来る。
だから昼寝から目覚めた伊吹萃香は、服装については何も言う事はなかった。代わりに、彼が持ってる物を見て口を開いた。
「なにピコピコやってんのさ?」
萃香がピコピコと称して言った物は、灰色で長方形の分厚い物で、彼が指を動かすたびに、萃香が言ったようにピコピコと電子音が鳴っていた。
「GB」
「GB?」
「ゲーム機、娯楽品」
「ふ~ん、面白いの?」
「うん」
萃香は彼の隣に座り、彼の手元を覗き込んだ。四角形の画面があり、その中で白黒のキャラクターが、彼の指の動きに合わせ飛び回っていた。
「どこにあったのさ」
「向こうの茂みに落ちてた」
「じゃあ、どっかから流れついたかね」
博麗神社は外の世界との結界の境目にあり、そのため外の世界の“もの”がたまに流れつくのだ。それを萃香も見たことがあるのだろう。
「教えてよ」
「ん」
見ているうちに興味が沸いた萃香は彼からGBを受け取り、彼の膝に座った。彼は背後から丁寧に操作を教え、萃香は背中に温かさを感じながら素直にそれを聞き、実践していた。
「あれ?」
操作方法を理解し、面白くなり始めた矢先にプツンと音がして画面が消えた。
「電池切れだね」
と、彼は冷静に言う。
「電池?」
「エネルギー、燃料かな」
「それが切れた?」
「うん」
「じゃあ仕方ないね。面白かったけど、外の世界の物じゃ……」
潔く諦め、GBを彼に手渡した萃香だが、ある事を思い出してニンマリと笑みを浮かべた。
「これさ、“機械”なんだよね?」
「うん」
「はは、なら何とかなるかもね」
萃香は立ち上がると、首を傾げている彼へ振り返った。
「手土産にきゅうりを用意しないとね」
▼
妖怪の山のふもとに、玄武の沢と呼ばれる場所がある。垂直に切り立った柱状の岩壁に囲まれており、谷底には直線的に河の流れがあった。また岩壁は、六角形の柱が隙間なく並べられたような形で、自然物とはとうてい思えない造形をしていた。
というか自然物ではない。主に玄武の沢を拠点としている妖怪が、自分達が住みやすいように整備した結果だ。
谷底は岩場も多く、奥に進むにつれ、岸壁上部から谷底に向かって木々の根がはい出し、空は木々の屋根で覆われている。完璧に整備されてる訳ではないらしい。
その谷底でかばん片手に歩いている彼は、木々と岩場、無数にある洞窟、そして河の流れやそこにいる生物を、見、触れ、聴き、感じていた。
この場所が人工物――妖工物?――に成り切らないのは、妖怪にとっても自然が大切だからだろう。
しばらくして彼は歩みを止めた。少し歩き疲れたのと、淡い光を放つ洞窟を発見したからだ。休憩がてらその洞窟に立ち寄ろうとすると、前方から彼を呼ぶ声がした。
「お~い! めーゆー! 迎えにきたよー!」
声へと目を向けた彼は、大きく手を振りながら走り寄るはつらつとした声の持ち主へ、小さく手を振り返し歩を進めた。
玄武の沢をアジトに活動している主な妖怪とは河童であり、周辺の整備をしたのも河童だ。そして今、走り寄った勢いのまま彼に抱き着いたのも河童である。
「えへへー」
彼の胸元に顔を埋め、すりすりと猫のように擦り寄っている。彼は彼で片手で河童の肩を抱き、もう片手では頭を撫でていた。慣れっこだ。
その河童の青髪はウェーブかかった外ハネで、赤色の珠がついたヘアゴムでツーサイドアップにされ、緑色のキャスケットを被っていた。もっとも今は、彼に擦り寄って髪型は乱れ、帽子は地に落ちている。
白いブラウスの上に、肩の部分にポケットがついた水色の上着、スカートは濃い青色で、裾の部分にいくつかポケットがついている。胸元には四方からひもで固定されたカギ。そして背中には大きなリュックを背負っている……はずなのだが、今のにとりは白い半袖のシャツと、上半身の部分を後ろに垂れ下げた緑色のつなぎを着ていた。リュックやカギも身につけていない。
何かの作業をしていたようだ。作業……そう河童はいわばエンジニアであり、その独自の技術が幻想郷のあらゆる者に重宝されている。また人里などで興行をする事もあって、比較的人間に馴染みがある妖怪だ。
今、彼に抱き着いている河童……河城にとりは人間が好きらしい。人間が好きだから彼に抱き着いている訳ではないと思う。
ひとしきりして落ち着いたにとりに案内され、彼女の家――作業場?――へ。
「昨日萃香様が来た時は驚いたよ」
萃香様、河童が鬼に敬称をつけるのは単純に種族間の優劣からくるものだ。鬼は圧倒的に強いので、妖怪的にはそれが優秀な証なのだ。また、昔妖怪の山を支配していたのも鬼のようで、その時の名残もあるのかもしれない。
「いきなり直せるか? って渡されてさ。ちょっと難しかったけど、盟友の頼みって言うから頑張ったよ」
盟友、にとりが度々人間にたいして使う言葉だが、彼に使う時は少し照れ臭そうな笑みを浮かべていた。
「ありがとう」
彼が礼をいうと、頬を赤らめて彼の肩に頭を乗せ、やはり照れ臭そうに笑った。
にとりの家……家というか……少なくとも、にとりが足を踏み入れた区画には家らしい要素はなかった。
所々に転がるケーブル、無造作に置かれた箱に雑多に詰められた部品――がらくた?――、壁際のテーブルには製図ペンや紙の束が散らばっていた。全体的に散らかってる印象だが、部屋角の工具類だけはキチンと整理されている。
にとりはテーブルに彼から貰ったかばんを置き、傍らの椅子に腰掛けた。かばんを広げ、中を覗き込むと木製の弁当箱が三つほど入っている。
「うへへ」
自分でも気持ち悪い笑い方だと自覚しているにとりだが、どうしても制御出来ない。彼に会った後は大体こうだ。そしてその彼だが、ここまで一緒に来る事はなかった。
そもそもまだGBの修理、正確には電池の製造はまだ完了していないのだ。培った知識と技術から製造法はすぐにわかったが、実際形にするのに必要な材料も無ければ、環境も整っていない。
それは彼も萃香から聞いていたのでわかっていたのだが、最近にとりに会ってないなあと思い、お礼代わりに手土産を持ってにとりに会いに来たのだ。
「あ、おいしそ」
ニヤニヤしたまま弁当箱を開けると大好物のかっぱ巻きが入っていた。一つ手に取って口に放り込むともう堪らない。
「んんんん~っ」
頬に手を当て感嘆を漏らす様は、女性が甘い物を食べた時のリアクションを思わせる。河童にとってきゅうりは、食事というよりデザート的な物なのかもしれない。
喉を大きく鳴らしてかっぱ巻きを飲み込むと、嬉しさと若干の哀愁を伴った溜息を吐き、背もたれをグッと押すように身体を伸ばした。
「ああ……一緒に食べたかったなあ」
哀愁の原因はここまで彼が来てくれなかったからだ。
「でも、約束ならしょうがないよね」
玄武の沢には河童独自の警備システムがあり、訪問者の情報が河童達の住家に送られるようになっている。
そのシステムで彼が来た事を知って迎えに出たのだが、道中の雑談の中で約束があるというのでそちらを優先するようにとりから言ったのだ。
自分の所為で彼に不都合が生じるのは良くないと思ったからだが、やはり少しは後悔があるらしい。
「やっぱり家まで来てもらった方が良かったかなあ……でもそれで遅れたりしたらなあ……せめてもうちょっと抱っこしてたかったなあ……」
その日にとりはあまり作業に集中出来なかったとか。
▼
「止まれ」
凜とした声が木々の合間を突き抜けて彼の耳へと届いた。彼が足を止めると、左側の森から天狗装束に身を包んだ白髪の女が、彼の前へ立ち塞がった。
身長は彼より高く、露出した肩部からよく引き締まった筋肉を覗かせている。左手には自身の足の長さほどの大刀が黒色の鞘に収まっている。右手は袖の中に潜らせていた。手が冷えれば動きがいびつになり、思った通りの抜刀が出来ないからだ。
「ここから先は我等天狗の領域だ」
口を開くたびに見える犬歯は狼の牙の如し鋭さを誇り、また人の骨程度なら容易く砕く頑強さも兼ねていた。
「立ち去るなら良し」
白髪故に目立たないが、頭には山伏帽とその左右に白い狼のような耳、腰の辺りからは白い硬質の毛でコーティングされた尻尾が、だらんと垂れている。
「立ち入るなら命の保証はせぬ」
女の左手から鍔を弾く音がした。一瞬間を置いて、彼の傍らにある木から枝がぽとんと落ちた。女の体勢はほとんど変わっていないが、彼女が斬ったのだろう。枝の鋭い断面がそれを物語っていた。
抜刀した余韻か、頭の山伏帽が落ち、胸の綿毛のような飾りも揺れている。その下に豊満な胸があるが、さらしの固定で揺れる事はなかった。
「簡単に言えば良いか? 迷惑だ、帰れ」
冷たく言い放つ椛だが、彼は慌てたり騒いだりせず、いつものように落ち着いていた。やや首を傾げている。どうしようか考えているのだろう。
「(なぜ皆、こんな男に惹かれるのだ?)」
周りの天狗や河童、あげくに神様まで、女の……犬走椛の知り合いの殆どが彼に好意を持っているのだ。
確かに見目麗しい、性格も悪くない。だが椛には、他の人妖の気持ちがわからなかった。それはおそらく、椛の好みが男らしい者、だからだろう。伴侶に選ぶべき相手は、自分より強くたくましい者と心に決めている。
故に椛の価値観では、彼が魅力的には見えないのだ。
早く帰ってしまえ、といわんばかりに殺気を込めた視線を彼に向けていると、
「うおわああああああああああああああああーっ!」
絶叫と共に突風が巻き起こされた。彼が前のめりに体勢を崩した。
「っ!」
先の抜刀よりも速く、椛は前進し彼の身体を支えた。別に彼が転んで怪我をしようが構わないはずだが、椛の身体は勝手に動いた。うるさい上司や博麗の巫女による後難を恐れたか、それとも純粋な善意か、あるいは――。
「……ちっ、さっさと帰れ」
舌打ちをして彼から身体を離すと、ぶっきらぼうに言う。
「そう固いこと言わないでさあ」
直後に聞こえた背後からの声に身を翻した。その動作の中で抜刀を始める。
「危ないなあ」
幼い声だ。体つきも幼い。見た目は幼女だ。その幼女の首に大刀が深々と減り込む。
「ぐっ!?」
驚愕の声を漏らしたのは椛だ。血は一滴も流れない。痛みを感じてる様子もない。ただあどけない表情を椛に向けていた。
「その子さ、私と約束したんだ。遊びに来るって」
椛は大刀を抜き、鞘に収めると膝を地につけた。
「ご無礼を」
「いいよ、許したげる。彼を通してくれたらね」
「……私は何も見ておりません」
「かしこいね。行こ」
あどけない幼女の手招きに答え、彼は歩き出した。しかし椛の前で一時止まる。
「ありがとう」
その言葉の後にまた歩き出した。椛は何も言わなかった。
▼
「いたたっ……あ、椛!」
絶叫の元を確認すれば案の定、ドジな上司であった。ツインテールの方だ。いつもの服装ではない。水玉模様のパジャマを着ている。昨日は遅番だったようだ。
「いったい何をそんなに慌てているのです」
椛はこの上司、姫海棠はたての世話を焼く事が多かった。なぜだか、彼女を放っておく事が出来ないのだ。
「いや目覚めて何となく念写したら彼と椛が写ったから、だから捜してたの!」
呆れ返った椛に対し、元気はつらつと答えるはたて。髪には枯れ葉や枯れ枝が絡まっている。
「そしたら、ちょっと……勢いあまって……」
「木々に突っ込んだと」
「……はい」
椛は大きく溜息を吐くと、はたてを起こしてやり、丁寧に彼女の髪についた葉や土を取り始めた。はたてが抵抗や礼すらしない所を見るに、いつもの事なんだろう。
「あんな軟弱な男のどこがいいんです?」
椛自身、こういう本音が言えるぐらいにははたてを信頼しているようだ。
「さあ、気が付いたら好きだったのよ。それに好きになるのに理由はいらないのよ」
「恋愛もした事ないくせに」
「う、うるさいわねっ……で、彼は?」
「洩矢諏訪子様に、連れて行かれましたよ」
やや暗い口調でいう椛。嫌な気持ちだ、実に嫌な気持ちだ。その嫌な気持ちの原因がおそらく彼だと思うともっと嫌な気持ちになった。
「よーし、じゃあ神社に行くわよ!」
この人の底抜けない明るさには救われるな。嫌な気持ちをごまかしてくれる。椛は小さく笑った。
「私は行きませんよ。それより先に着替えた方がよろしいかと」
「え……あ、やべ寝巻きだった」
今更気付いたのかとまた笑かされた。いや本当に救われる。
「じゃ着替えてからにしよ。あ、あと椛」
次はいったい何を言われるのか。少し楽しみになってきた。
「どうしました?」
が、椛は忘れていた。はたてが空気を読めない事を。
「さっきから尻尾ぶんぶん振り回してるけど、どうしたの?」
タイミング的には、体勢を崩した彼を受け止めた辺りからだろうか。
「…………なんでもありません!」
自身の顔が真っ赤になるのを、椛は止めれず、ただただはたてから顔を背けた。
私「小鈴ちゃんかわいいいいいいいいいいいいい! あっきゅんもをををををををををををを! 霊夢ううううううううううううう! でも私はゆうかりん」
フラン「知らん」
さて今回はにとりと椛を中心に萃香とケロちゃん、はたてもちょろっと書きました。次回はケロちゃん中心かなあと思います。でも鈴奈庵買ったので小鈴ちゃん書きたい。バレンタインの小鈴ちゃん話を書くかもしれません。リクエストもありましたので。てか小鈴ちゃんかわいいわ、めちゃくちゃかわいいわ。鈴奈庵が人気の理由がわかったわ。いやあ買ってよかった。あ、茨歌仙も買いました。まさかの幻想入りでしたねってこの辺の話題は活動報告でやるとして、にとりは可愛く書けたと思います、うん。
でもどうしてももみもみはイケメンになってしまった。小悪魔現象が起こった。彼に敵意があるけどこう感じちゃう的な、変則的な薄い本展開みたいな。まあもみもみは多分彼が大好きです。というか大好きになります。どうせみんな好きになる。いやまだ何も決めてませんが。もみもみとはたての関係性は良い感じに書けたかな。
フラン「次は三月精買わなきゃね」
私「やったねフランちゃんお金がなくなるよ」
フラン「おいやめろ」