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3)やさぐれる私

 「おはよう。」


 私にしてはめずらしく、早めに大学に着いてぼんやりしていると、同じサークルの篠原くんが教室に入って来たので挨拶をした。

 篠原くんはとても時間に正確な人だ。もちろん授業のために走ることはないし、サークルや遊びの約束に遅れることもない。


 「…。」


 ただし、絶対的に正しい人間だという訳ではない。少し煮え切らないところもあるし、時にドヤ顔を披露することもある。つまり、篠原くんは長所と短所を持ち合わせた普通の人なのだ。

 …何が言いたいかというと、彼は知人の挨拶を無視するような人間ではないということである。仮に何かの間違いで私の声が聞こえていなかったとしても、少なくとも人を凝視したまま固まるといった奇行をとることはないはずだ。

 そんな彼にどう対応するべきかわからず、私は少し首を傾げながら視線を逸らし、気まずさから逃げるために授業の準備に取り掛かることにした。


 「あ…おはよう。今日も…いや、今日は早いね。」


 このタイミングで返してきた…!と彼の間の悪さに内心つっこみながら、ふとその内容に若干の悪意を感じた。


 「今日は早起き出来たから。」


 自分で言っておきながら、悪意にドヤ顔で対抗しようとした自分が恥ずかしくなってきた。何せ相手は歩く時計の篠原くんなのだ。私はギリギリのことが多いし、昨日に至っては駆け込みだった。私は何も言えずに黙ってしまった。


 「まあ、朝の時間のことはいいや。」


 その言葉にほっとした。何だか日頃の行いの悪さを指摘されているようで居たたまれなくなってきていたから。


 「…昨日の夜って何してた?」


 昨日の夜はバイトもなく早々に帰宅して7時には寝た。そのため今日はいつもより二時間も前に起床し、余裕を持って通学することが出来たのだ。

 …しかし、こんな悲しい現実を篠原くんに伝える必要があるのだろうか。きっと篠原くんも聞きたくないはずだ。これは世間話の域を逸脱しないようにオブラートに包んで話す必要がある。


 「昨日の夜はバイトもなかったし、ずっと家にいたよ。」


 そう言うと彼は目を見開いて絶句した。それほど私のプライベートは悲惨だろうか。せっかく7時寝の真実は隠し…オブラートに包んだのに。しばらくすると、篠原くんはとてつもなく決まりの悪そうな顔をして呟いた。


 「そういうことか。…もう、どうしたらいいかわからない。」


 篠原くんはそれだけ言うと、私に大きな衝撃を残して去っていった。私がどうにか振り返った頃には、彼はいつもの窓際の席に座って頭を抱えていた。


 私はしばらく呆然としていたが、軽く溜め息を吐き、彼の言ったことを考えてみる。


 『そういうことか。もう、どうしたらいいかわからない。』


 篠原くんは私の灰色の私生活に気付き、呆れてしまったのだろうか。地味に結構傷付いた。

 それにしても『どうしたらいいかわからない』など、私は何も頼んでいないのに大きなお世話である。昨日はたまたま早く寝てしまったけど、誰かから連絡くらい来ていたかもしれない。私はスマホを取りだしてメールとラインを確認したが、迷惑メールの一つも来ていなかった。


 「もう…何なの。」


 私は誰にも聞こえないくらいの声で一人呟き、篠原くんを睨んだ。


*************************


 今日の講義は4限までだった。友人と別れ、駐輪場に向かいながら飲み会までの二時間半をどう過ごすかを考える。課題も出たし図書館に行こうかな、などと考えていると後ろから声を掛けられた。


 「相川さん!」


振り向くと、息を切らした篠原くんが立っていた。何だか、一番関わりたくない人に話し掛けられてしまったような気がする。しかし、話し掛けられた以上は仕方がない。私は決して知人を無視するようなどうしようもない人間ではないのだ。


 「どうしたの?」

 「あの、今朝はごめん。会話の途中だったのに。」

 「ああ、うん、いいよ。それよりも昨日の夜って何かあったの?」

 「いや、何も…ないよ。多分俺、そう、寝惚けてたんだ。」

 「そっか。」


 彼は寝る時間もないほど充実した生活を送っていることを、わざわざ私にアピールしに来たのだろうか。私は心の中で彼に理不尽な苛立ちを感じ、素っ気ない返事をした。

 そんな私の気持ちに気付いたかどうかはわからないが、彼はまたおかしなことを言った。


 「やっぱり、どうすればいいのかわからない。」


 それは私の私生活についてでしょうか…?違うとは思うが、とりあえず今は放っておいてほしい。


 「引き止めてごめん。…じゃあ、また後で。」

 「うん、後でね。」


 そう言うと篠原くんはとぼとぼ去って行った。本当に今日の篠原くんはおかしい。少し煮え切れないところもあるけど、普段はあんなに失礼な感じではないのに。


 「何かあったのかな。」


 私は少し心配になったが、気にせず図書館に向かうことにした。

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