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12)動いた私(たち)

 「篠原ってさ、ほんと残念だよね。」

 「…。」


 飲み会開始から1時間4分。漸くサキが切り出した。前にサキがこの話を始めた正確な時間を見ていなかったので、もしかしたら今回はサキが言い出さないのではないか、と45分を過ぎたころから私は不安になっていたのだ。


 「顔は整ってるでしょ。」


 私はこれに続く言葉を知っている。もう三度目なのだから。それでは篠原くんは?彼も続きを知っているのだろうか。


 「でもさ、究極のヘタレじゃん。」


 篠原くんが隣に座っている私を見た。私も篠原くんを見つめ返すと、彼のその目に感情が見えたような気がした。私がそう思いたいだけかもしれない。でも、今、私たちの心は通じ合っているのではないだろうか。

 先に口を開いたのは篠原くんだった。


 「『そんなことない』?」

 「え?」


 一瞬彼が何を言っているのかわからなかったが、すぐに彼の言おうとしていることを理解した。確かに私は、この場で「そんなことない」と言った記憶がある。考えている私を見て篠原くんは次第に心配そうな顔になる。その表情を見て私は思わず笑ってしまった。


 「ねえ、あやめはどう思う?」

 「そんなことないんじゃないかな。絶対にヘタレなんかじゃないよ。」

 「ははっ!篠原良かったな!」


 竹田くんの笑い声につられるように、篠原くんも笑った。篠原くんが笑った。私はそれだけで胸がいっぱいになった。



 そして帰り道、私と篠原くんは並んで歩いていた。歩き始めてしばらく経つが私たちはまだ一言も会話をしていない。何も言葉が出てこないのだ。すると唐突に篠原くんが切り出した。


 「ココアとお茶、どっちが好き?」


 篠原くんの突然の問いに、そのタイミングだけでなく内容にも少し驚かされた。


 「…え?ココアとお茶?」

 「うん。」


 いきなりココアとお茶を比べるなんて…篠原くんは沈黙に耐えられなくなって、おかしな方向に向かってしまっているのかもしれない。


 「ココアとお茶って、なんか比べにくいな。コーヒーと紅茶とか、ココアとミルクティーとかならわかるけど。なんか飲み物ってだけで比べるところが少ないと思うし。」

 「そっか…。」


 何故かその言葉に篠原くんはがっかりしたようだった。私はなんとなく続ける。


 「でもやっぱり、ちょっと違うかな…」

 「そう?どういう風に?」


 なぜか少し食い気味の篠原くんに動揺する。


 「えっと…お茶は普通に飲むけれど、ココアは普通には飲まないっていうか。もちろんお茶は好きで毎日飲むのもなんだけど、やっぱりなんかココアは特別かな。私の中では。」


 そう言うと篠原くんはぱーっと花が咲くように笑顔になった。あ、私は彼のこの笑顔が大好きだったんだ。思わずそんなことを考えている自分に気が付いて恥ずかしくなり、私は寒くもないのに意味もなく腕をさすった。


 「ココアは特別なんだね?」

 「うん。」


 いったい篠原くんはどうしたのだろうか。いや、最近元気がなかっただけで、本来の彼はこういう人だった。そして私はそんな彼にいつも圧倒されるのだ。



 そんな調子で他愛もない話を続けながら歩いていると、気付けばアパートまであと信号一つとなった。私は自動販売機に駆け寄り、120円を入れてボタンを押す。そしてこちらの様子を不安げに窺っている篠原くんに、買ったばかりのココアを差し出して言った。


 「ありがとう。今度ちゃんとお礼する。それから…」


 続きの言葉はしっかりと考えていたはずだった。上手く言えるように何度も頭の中で練習した。それなのに、たった一言を口に出すのがこんなに難しいなんて。いくら考えていたって、思っていたって、「好き」の一言が喉に張り付いたように出て来ない。


 「好き。」


 え?言いたいのに言えずにいた言葉が聞こえてきて、私は顔を上げた。目の前には篠原くんがいる。彼はココアと一緒に私の手を取って言った。


 「ずっとずっと好きだったよ。俺と付き合ってください。」


 この言葉がずっと聞きたかった。でも、言ってもらえないかもしれないとも思っていた。そして私はこの言葉をずっと言いたいとも思っていた。でも、言えなかった。その言葉を二度も言ってくれた篠原くんがなんだか眩しい。


 「ありがとう。すごくうれしい。―――でも明日まで待って。」

 「え!?」


 篠原くんはひどく間の抜けた顔になった。私はその表情についつい吹き出してしまった。


 「相川さん、もしかしてからかってる?忘れてたけど相川さんって結構酷い人だったんだよね。」

 「え…?」


 今何かさらりと悪口を言われなかっただろうか。でも今のは私の方が悪かったし、今回は見逃すことにしてあげた。黙った私を見て篠原くんが焦り出したようだった。


 「え?あの…」

 「ごめんごめん。からかうつもりはなかったんだ。ただ、明日まで待ってほしいの。」

 「なんで…?」


 篠原くんがひどく不安げな顔になる。本当にこの人は表情が良く変わる。



 「篠原くんのことが好きだからだよ。」




 ---大丈夫。明日はきっと来る。

「ちぐさ色の明日」完結です。

短い話ですが、なんとかまとめることが出来て良かったです。

読んでくださった皆様、ありがとうございました。

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