11)動く私
もうすぐ昼休みが終わる。メールが届いたので私はすぐに確認した。
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from:サキ
to:2年生メンバー
こんにちはー
今日の飲み会は7時に「とこし屋」でお願いします。一人2000円ね。
何かあったら早めに連絡してねー
ではまた後で( *・ω・)ノ
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「え!?」
昨日と同様に上げられた篠原くんの叫び声に、学科のクラスメイト全員が驚かされたようだった。教室中の注目が彼だけに集まり、全ての時間が止まっているかのように感じられた。そうした状況でも私の時間は変わらず動き続けており、ゆっくり振り向くと彼と目が合った。篠原くんも私のことを見ていたのだ。
しかし、こうして目が合っても、見つめ合っても、篠原くんと私の気持ちが交わることはないのかもしれない。私たちの時間はなぜかずれてしまっていて、同じ場所に立っていても同じものをもう二度と見ることは出来ない、そう強く感じるのだ。
このメールにしたってそうだ。「月曜日」を繰り返していることに気付くきっかけとなった昨日は取り乱し、篠原くんと一緒に注目を浴びてしまったけれど、三回目の今日はさすがに篠原くんみたいに驚くことなんて出来なかった。
…あれ?私はおかしなことに気が付いた。昨日私が取り乱したのは、その五日目に受けたメールが再び届いたからだ。では、篠原くんは昨日いったい何が原因になって取り乱したのだろうか。六日前、私が初めて過ごしたこの「月曜日」に、篠原くんが叫び声を上げることは確かになかったはずだ。 それなのに昨日、彼は私と同じタイミングで声を上げた。偶然かもしれないけれど、一斉送信のメールが原因だと考える方が自然なように思える。今日もメールを受けた直後に彼は立ち上がったのだ。
―――もしかして篠原くんもこの「月曜日」を繰り返している…?
しかし三回目にもなって、二回目と同様に取り乱したりするだろうか。何度も言うようだが、篠原くんは究極のヘタレなどではなく、普通の人なのだ。同じ失態を繰り返すとは考えられない。というより、考えたくない。
そんなことを一人考えているうちに、漸く篠原くんが動き出した。彼が曖昧に笑いながら席に着くと、止まっていた教室の時間も動き出した。彼をからかう声、そして再開された教室中の話し声。私の時間は止まらず動き続けていたはずなのに、彼が動くことによってまるで全てが色を変えたように鮮やかになり、私は自分の世界から引きずり出されるような感覚に陥った。
私はそんなことを考えていた自分に気が付くと、無性に頭を掻きむしりたいような衝動に駆られ、大きく溜息を吐いた。篠原くんの一挙手一投足に振り回される自分に嫌気がさす。他に考えるべき重大なことがあるのに、気付けば篠原くんのことばかりを考えている自分が馬鹿に思えて仕方がないのだ。本当に自分が情けない。
冷静になるために、ふ、と今度は小さく溜息を吐いて私は目を瞑った。自分に腹を立てていても何も変わらない。自分に思いがあるなら、意志があるなら、自分が動かなくてはならないのだ。
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4限で講義が終わると私は駐輪場に向かった。そして自転車を取り出して振り向くと、入り口付近にやはり篠原くんが立っていた。私はそのまま篠原くんの方向に自転車を押して歩き始めた。
「篠原くん。」
フェンスに背を凭れて腕を組み、地面を見つめている篠原くんに声を掛けると、彼はゆっくりと顔を上げて私を見た。こうして近くで目を合わせるのはすごく久しぶりな気がする。それに私たちの間にこんなシリアスな雰囲気が流れるのは初めてのことだと思う。いつも当たり障りのない話ばかりだったし、こんな風に無言で見つめ合うことなんて勿論なかったのだ。
「…どうしたの?」
彼にそう声を掛けられると、不覚にも私は泣き出しそうになってしまった。きっと篠原くんは私が声を掛けたことに対して、そう尋ねただけなのだろうけれど、私は今の自分に起こっていること、そして篠原くんへの思いを全て彼に吐き出してしまいたくなった。
そうすれば私はきっと楽になれる気がする。しかし彼はどうだろう。違う時間を過ごす中で彼の気持ちは変わってしまったのかもしれない。…彼を困らせたくない。いや、私は自分が篠原くんに拒絶されるのが怖いだけだ。
しかし、もう自分が動くしかない。見ているだけでは何も変わらないのだから。私は一つの可能性に賭けることにした。
「篠原くんは絶対にヘタレなんかじゃないから。」
私は彼の目を見つめてそう言うと、涙が出ないうちに図書館に向かった。かなり不審で失礼なことを言った自覚もあったけれど、私にはこの言葉しか思いつかなかった。
篠原くんは私の真意に気付いてくれただろうか。




