10)揺れる私
今日の布団はなかなか手強い。こんなに気持ち良い眠りは久々で、今朝は布団の誘惑に勝てないでいるのだ。でも、さすがにそろそろ起きないとまずいかもしれない。今は何時だろうか。
そう思いながらも、そもそも今日は何曜日だろうか、と私は現実逃避を始める。何だか最近全然休んでいないような気がするし、もしかしたら今日は土曜日だったかもしれない。
そんな期待を込めて時計を確認すると、驚くべきことに今はまだアラームの鳴る2時間も前だった。時計が壊れているのかと不安になり、スマホを確認してみたが、やはり2時間前であった。そして、私はさらに驚くべきことに気が付き、愕然とする。
今日は月曜日だったのだ。
どうやら今日は月曜日らしい。そのことに衝撃を受けたのはもちろん、休みが想像以上に遠かったからではない。すでに自分が二回も過ごした月曜日を、また迎えてしまっていることに気が付いたからだ。
私はこの「月曜日」を昨日と六日前とに二回も経験しており、そのどちらの日も早起きをした記憶がある。だから今日も早起きをすることになったのだろうか。自分の行動を自分の意志で決められていないように思えて、何とも言えない恐怖を感じる。
そこで私はふと思った。果たして私は自分の意志で昨日の「月曜日」を過ごしていたのだろうか、と。思い起こそうとしても、六日前のことなんて忘れかけていることも多くてよくわからない。…私は「今日」、いったいどのように振る舞えばいいのだろうか。何だか何をしても取り返しのつかないことになりそうだ。そもそも「意志」なんて不確かなものを、信用しても良いのだろうか。
そんなことを布団の中でぐるぐると考えていても答えなど出て来ない。私は自分の意志で、敢えて昨日の「月曜日」と同じ行動を取ることに決めた。混乱している私には、そう自分に言い聞かせることしか出来なかった。
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そして、私は昨日と同じように一時間も前に大学に行った。そして…やはり昨日と同じ時間に篠原くんもやって来た。
その姿が目に入った瞬間、自分でも信じられないほど多くの思いが溢れてきた。何故か「月曜日」を繰り返していることに対する恐怖と混乱をはるかに上回る勢いで、いつの間にか笑わなくなってしまった篠原くんに対する心配と疑問、そして―――彼への恋心が溢れ出してきたのだ。
この状況で私の思いのほとんどを篠原くんが占めていることに、自分自身が驚く。私は何とか気持ちを抑え、昨日のように彼に挨拶をした。
「おはよう。」
「…。」
やはり今日も彼は笑わない。目も合わせてくれない。私は篠原くんが返事をするまで、彼の姿から目を背けないことに決めた。今の私はすでに、篠原くんなしでは回らなくなっているのかもしれない。とにかく篠原くんと話がしたい、彼に少しでも笑ってほしい、そんなことばかりを考えている。
「おはよう…。」
それだけを言って通り過ぎて行く背中を、私はしかし、ただ昨日のように見つめるだけだった。今の私には昨日と違う行動を取るという、その一歩が踏み出せないのだ。私の行動が何かをめちゃくちゃに壊してしまうのではないかと怖気づき、思うように動けない。篠原くんに対しては殊更慎重になり、身動きが取れないのだ。
もうすぐ篠原くんがいつもの窓際の席に辿り着く。席に着けば彼は前方に座っている私の方向を見ることになるので、私がこのまま彼を見つめていたら目が合うかもしれない。
私はギリギリまで悩んだが彼が振り向く前には決断し、前に向き直って彼から目を逸らした。きっと彼は私が見つめていたことにも気付いていないだろう。
彼がその後、どうしていたのか私にはわからない。ただ、少しでも一瞬でも良いから私のことを見てくれていたのなら良いなと思う。
昨日出し尽くしたつもりだった涙が出そうになった。




