1)傷心の私
勢いで新しい小説を書き始めました。拙い文ではありますが、どうぞよろしくお願い致します。
「おはよう。」
私にしてはめずらしく、早めに大学に着いてぼんやりしていると、同じサークルの篠原くんが教室に入って来たので挨拶をした。
篠原くんはとても時間に正確な人だ。もちろん授業のために走ることはないし、サークルや遊びの約束に遅れることもない。
「…。」
ただし、絶対的に正しい人間だという訳ではない。少し煮え切らないところもあるし、時にドヤ顔を披露することもある。つまり、篠原くんは長所と短所を持ち合わせた普通の人なのだ。
…何が言いたいかというと、彼は知人の挨拶を無視するような人間ではないということである。仮に何かの間違いで私の声が聞こえていなかったとしても、少なくとも人を凝視したまま固まるという奇行をとることはないはずだ。
そんな今日の彼にどう対応するべきかわからず、私は少し首を傾げながら視線を逸らし、気まずさから逃げるために授業の準備に取り掛かることにした。
「あ…おはよう。今日も早いんだね。」
このタイミングで返してきた…!と彼の間の悪さに内心つっこみながら、ふとその内容に疑問を覚えた。
「今日も?私いつもギリギリだけど…」
自分で言っておいて恥ずかしくなってきた。何せ相手は歩く時計の篠原くんなのだ。
「いや、まあ…でも昨日もさ、早かったよね。」
「え?昨日?」
私は考えるふりをしつつ、前に余裕のある通学をしたのがいつだったのかを思い出せない自分を恥じていた。少なくとも昨日は駆け込みだった…
「…。」
勘違いをしてくれている篠原くんに、昨日は駆け込みだったから!と主張するのもどうかと思い、私は何も言えずに黙ってしまった。
「まあ、昨日のことはいいや。いや、よくないんだけど…。」
私の通学時間はそんなに追及されるべき問題なのだろうか…日頃の行いの悪さを指摘されているようで居たたまれなくなってくる。
「とりあえず昨日の朝のことはいい。…夜のこと、考えてくれた?」
「夜?夜って昨日の夜のこと?」
「うん。」
昨日の夜はバイトもなく、私は早々に帰宅して7時には寝ていたはずだ。そのため今日はいつもより二時間も前に起床し、余裕を持って通学することが出来たのだ。だから昨日の夜に私は篠原くんに何かを考えておくように言われた覚えがない。もしかしてメールか何か来ていたのだろうか。
「ごめん、昨日早く寝ちゃって。何か連絡があったのかな?」
そう言うと彼は目を見開いて絶句した。しばらくすると、とてつもなく決まりの悪そうな顔をして呟いた。
「嫌なら嫌と言ってくれれば良かったのに。あれ自体を無かったことにするなんて、相川さんって結構酷いんだね。」
篠原くんはそう言うと、私に大きな衝撃だけを残して去っていった。私がどうにか振り返った頃には、彼はいつも座っている窓際の後ろから三番目の席につっぷしていた。
私はしばらく呆然としていたが、面と向かって他人に酷いと言われたことだけに囚われている自分に気が付いた。軽く溜め息を吐き、彼の言ったことを考えてみる。
『嫌なら嫌と言ってくれれば良かったのに。あれ自体を無かったことにするなんて、相川さんって~』
最後の方は敢えて考えないようにする。地味に結構傷付いたから。
それにしても、あれ自体って何のことだろう…その正体がわからないために篠原くんとすれ違っているのだと思う。私はスマホを取りだしてメールとラインを確認したが、篠原くんを含めて誰からも連絡は来ていなかった。
「もう…何なの。」
私は誰にも聞こえないくらいの声で一人呟き、黒板を睨んだ。
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「え!?」
ガタッという音と共に発せられた篠原くんの叫びに、学科のクラスメイト全員が驚かされたのは昼休みの終わりのことだった。
私はというと、ついさっき届いた今夜の飲み会に関するメールを読んでいるところだった。
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from:サキ
to:2年生メンバー
こんにちはー
今日の飲み会は7時に「とこし屋」でお願いします。一人2000円ね。
何かあったら早めに連絡してねー
ではまた後で( *・ω・)ノ
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
私は思わず篠原くんを振り向いていたし、多分教室にいる人全員が彼を見ていた。誰も何も言わず(何だか話せる雰囲気ではなかった…)、教室中から音が消えた。しばらく全ての時間が止まっているように感じたが、突然彼が私の方を見て曖昧に笑い、椅子に座った。
篠原くんが動いたのを見てやっと周りも動き出し、彼は周りの友人たちにからかわれ始めたようだった。
何だか今日の篠原くんはおかしい。そんな彼と今夜同じ飲み会に参加するなんて、すご…少し憂鬱である。
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今日の講義は4限までだった。友人と別れ、駐輪場に向かいながら飲み会までの二時間半をどう過ごすかを考える。課題も出たし図書館に行こうかな、などと考えていると後ろから声を掛けられた。
「相川さん!」
振り向くと、息を切らした篠原くんが立っていた。何だか、一番関わりたくない人に話し掛けられてしまったような気がする。しかし、話し掛けられた以上は仕方がない。私は決して知人を無視するような酷い人間ではないのだ。
「どうしたの?」
「あの、今朝はごめん。いきなり酷いなんて言って。」
「ああ、うん、いいよ。ちょっとびっくりしたけど…。それよりも私、何かまずいことしたかな?もしそうなら謝るのは私の方だし。」
「いや、そんなことないよ。何も…してないよ。何もね。多分俺、寝惚けてたんだと思う。」
「そっか。昼休みもそんな感じだったね。」
私は彼の何かを含んだような物言いに少しだけ腹が立ち、ついそんな意地悪を言ってしまった。すると彼はわかりやすいくらい挙動不審になった。
「あはは。何か今日はいろいろごめん。…じゃあ、また後で。」
「うん、後でね。」
そう言うと篠原くんは逃げるように去って言った。本当に今日の篠原くんはおかしい。少し煮え切れないところもあるけど、普段はあんなに頼りない感じではないのに。
「何かあったのかな。」
私は少し心配になったが、気にせず図書館に向かうことにした。