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オーダー  作者:
2/2

一章 Boy meets goddess


 二〇八六年四月七日、日本第三区隔離都市ドーム上部からの人口太陽光が降り注ぐ気持ちのいい日の今日、俺は高校生になる。


 この、道の両側に見事な桜の木が植えられている遊歩道を歩くのも保育部から数えて十二年目。


 だが決して飽きたと言うわけじゃない。むしろ、この季節設定のこの道は、僕の数少ない癒しスポットの一つだ。


 一人静かに歩くことで、桜吹雪を楽しみ、桃色に目を癒され、爽快感と充実感を得ることができる。


 春一番の醍醐味と言っても過言ではないだろう。


 だが俺はこの時間が長くは続かないであろうことなど、いままでのけして短くはない人生経験でわかっている。


 なぜなら――――



「おはよう、信君」



 そう、烏羽(からすば)色の所々に白が入り乱れた腰まで届く癖のある長い髪が特徴的な、俺の幼馴染黒田(くろだ) (めい)がいるからである。


 冥の髪は何故か所々が白い。メッシュのように髪一本ではなく、髪の一部分、およそ半分ぐらいだけが変色している。


 病院で検査もしてもらったらしいが、原因はわからなかったそうだ。


 その体質のせいで、この幼馴染は昔色々とあったのだが、今はそれを思い返す時ではない。



「ああ、おはよう冥。毎年言っているが、俺はこの季節一人で登校したい。桜を楽しみたいんだ」


「うん、知ってるよ。でも私は二人で見るのもいいと思うな」


「その台詞はもう聞き飽きた。まぁ……もういいけどさ」


「うんっ! さぁ――行こう、信君」


「あっ、おい」



 俺の手をとって走り始める冥。


 冥自身が気付いているのかいないのかは知らないが、周囲から、正確には周囲の男子生徒から、強烈な嫉妬の視線が俺に突き刺さっている。


 もし視線で人が殺せるなら、確実に俺は死んでいる――軽く十回は。


 冥はその髪もさることながら、幼馴染の贔屓目(ひいきめ)抜きに顔の作りが整っている。


 目はぱっちりとした二重で、鼻筋が通っている小さな鼻。左の目元にある泣き黒子(ぼくろ)は、妖艶さを醸し出す。


 スタイルに関しては、やや小柄なことを除けば世の女性が羨み嫉妬に狂うこと間違いないだろう。


 どこがとは言わないが。


 これだけの美人である冥は、やはり凄くモテる。


 あとは言わずとも察することができるだろう。


 そんな冥と登校している俺は、男子生徒から目の敵にされている。


 俺に男の友達がほぼ皆無な事と少なからず関係しているのは間違いない。


 こうして、俺は中学時代から続く男子生徒から、まれに女子生徒からの視線を全身に浴びながら 、冥に手を引かれ《第三区PCU専門学校高等部》


 ――――通称第三高校へと足を進める。











 桜並木の道を冥と共に駆け抜けること五分弱、ようやく第三高校のエントランスに到着した。


 第三高校は少し特殊なため、上履きじゃなく土足で学校に入るから下駄箱はない。


 そこでようやく冥が、鬱陶しく感じない絶妙な力加減で握っていた俺の手を解放する。


 もちろん校門も、冥は見せ付けるように手を繋ぎながら通り抜けた。


 教師がいなかった事が唯一の救いか。


 ともあれ一息ついた頃に冥が声をかけてくる。



「やっと着いたね、信君。今日から頑張ろうね」


「ああ、既に誰かさんのせいで疲労困憊だがそこそこ頑張るよ」


「うん、じゃあまた後でね」


「嫌味を流すんじゃないっ。まぁ……わかったよ、じゃ終わったら校門でな」



 俺、(つらぬき) (とき)は諸事情あって、学校が提供している寮に入らずに実家で一人暮らしだ。


 料理スキルのない俺は、昔からの付き合いである黒田家に、というより冥に昼ご飯の面倒を見てもらっている。


 正直、幼い頃から一緒に居るだけあって、俺の好みを細かい所まで完全に把握している冥の作る弁当は、胃袋を鷲掴みにして離さない。


 冥の弁当を食べだしてからというもの、一日一食は冥の料理を食べないとどことなく落ち着かないし、外食をしてもあまり旨いと感じないことが多々あった。


 一時期変な薬でもいれてあるのかと、本気で疑ったほどだ。


 もちろん冤罪ではあったが、そう思ってしまうほどに冥の作る料理は美味い。


 本人曰く愛の力だよ、と拳を握り締め力説していたが。



 ふと気が付くといつのまにか教室に着いていた。


 俺はχ(キー)‐一とだけ書かれた簡素なプレートの付けられている自動ドアを抜け中に入る。


 教室はいたって普通。


 モニター付属のどこかシステマチックなデスクにプラスチック製のイス、教卓と大型ディスプレイ、後部には大きなロッカーがあり、広さは一般の高校よりやや狭い。


 これだけを聞けばまぁ普通だと思うだろうが、デスクとイスが三セットしかないことが一般の学校ではまずない。


 第三高校、正式には《第三区PCU専門学校高等部》。


 PCU〈Peculiar Capacity User〉、特異潜在能力保持者だけが入学できる学校として国が設立した。


 ワールド・デストラクション以降の新生児、その少数に発現したのがPC〈Peculiar Capacity〉、特異潜在能力、PCを持つ者の事をPCUもしくはユーザーと呼ぶ。


 発見された当時は人体実験やらで揉めに揉めたそうだが、一応通説としては、何らかの要因が重なり遺伝子情報が変化してPCUは生まれるとされている。


 実際にPCUと一般人では身体能力や知能に結構な違いがあるし、遺伝子情報を読み取ってPCUかそうでないかを生後すぐに判別していることからそこそこ信憑性はあると思う。


 それはさておき、高等部とある通り、PCU専門学校には他にも保育部・初等部・中等部とすべて揃っている。


 一般学校とは違いPCU専門学校にはランダムでのクラス変えなどはない。


 独自の判断基準があるらしく、学園側で勝手にクラスが決まるため、変わる者は頻繁にクラス変えするし、しない者はいつまでもおなじクラスにいることだってある。



 PCU専門学校ではα(アルファ)β(ベータ)γ(ガンマ)δ(デルタ)ε(イプシロン)ζ(ゼータ)η(エータ)θ(テータ)ι(イオタ)κ(カッパ)λ(ラムダ)μ(ミュー)ν(ニュー)ξ(クシー)ο(オミクロン)π(パイ)ρ(ロー)σ(シグマ)τ(タウ)υ(ユプシロン)φ(ファイ)χ(キー)ψ(プシー)ω(オメガ)、このギリシア文字をそれぞれクラスとして使用している。


 俺の場合だとχ‐(わん) 貫 信、といった具合だ。ちなみに一は学年をあらわしている。


 αに近いほど重要度の高いPCUという単純なシステムだが、先に言った通り判断基準が一切公表されていないため、生徒間ではセンスとPCの利便性が判断基準だと認識されている。


 まぁ高等部からはクラスを上げるのに他の方法もあるが今は置いておこう。


 第三高校には現在ψ、ωに在籍している生徒はゼロ。


 というか中等部までに最低χクラスまでにいかなかった場合は、一般学校に転校させられる。


 χクラス、俺含め三名は学年で最低ランク。


 周囲の視線や態度は地味に精神を削ってくるし、エリート思考の強いγクラスから上位のやつらは俺たちを標準でクズやゴミ等と罵ってくるから学校では肩身が狭い。


 反抗が無駄なことなど、中等部時代に嫌というほど思い知った。


 まこと人間関係というのは難儀なものだ。


 上のクラスの奴ほど破滅的な性格の奴が多いような気がするのは俺が穿ちすぎているのか。



「はぁ……、――――――疲れるなぁ」



 俺はイスに腰掛け、汚れ一つない真っ白な天井を見上げながら暗い、疲れが凝縮された溜息と共にぼそっと愚痴をこぼす。


 すると耳元から、かなり高い声が突然響く。



「なぁに朝っぱらから暗い顔してんのよっ!」


「うぉぉぉわぁぁぁぁぁぁっ!?」



 我ながら呆れるほどのリアクションで騒音を撒き散らしながらイスから転げ落ちると、犯人を探し後ろを見る。


 そこには、初等部から休日を除いて毎日見てきた()があった。


 顔だけが(・・・・)ぽつんと、太陽を見上げる満開の向日葵のような笑みで宙に浮いている。


 浮いている顔はショートカットの金髪と端整な顔立ちが合わさって精巧な人形を連想させ、不気味な情景と合致しある種の恐怖が背筋(せすじ)を這う。


 こいつについてあまり知らない者が初めてこの光景を見れば、間違いなく腰を抜かすことになる。普通にホラーだ。


 だがそこはもう十年になる付き合いの俺だ。


 すぐに立ちあがり苦情を言う。



「おいライラっ、PCを悪戯に使うな! 何回言わせるんだ!」


「あはははははっ! あー、お腹痛い。やっぱりトッキーはからかい甲斐があるなぁ」


「あははじゃないっ、ったく。さっさとハイドを解け」


「はーい」



 目の前の右手だけを(・・・・・)上げて返事をする悪戯娘(いたずらむすめ)の名前はライラ・ショーン。


 χクラス三名のうちの一人。ちなみにトッキーとは俺の愛称だ。ライラ以外に呼ぶやつはいないが。


 こいつのPCはハイド、自分の姿を他者から認識できないようにする事ができる。


 頭と右手以外を認識不可にすることで、頭と右手だけを認識させ今のおどろおどろしい状況を作ったのだろう。


 ライラが昔からよく使う悪戯の手口だ。何度も引っかかる俺も俺なんだが。


 そしてようやくハイドを解いたのか、ライラの全身が一瞬で現れる。


 女子にしてはやや高い身長が端整な顔と合わさって、非常に癪なことだが美人だというほかないだろう。



「で、トッキーなんか悩んでるの? 私でよかったら話聞くけど」


「ん、気持ちだけもらっとく。そもそもたいしたことでもないしな」


「そっか、ならいいけどさ。私で力になれるならいつでも頼ってよ、ばりばり力になるよ!」


「あぁ、ありがとよ」



 ライラが細腕で力瘤(ちからこぶ)を作り、屈託のない笑顔で笑いかけてくる。


 それを見ていると、不思議と先ほどまで沈んでいた気持ちが温かくなっていく。


 悪戯好きで気分屋、猫そのもののような女だがこれでなかなか気が回る。


 こいつの元気に救われたことは今回だけじゃない。


 PCU専門学校の地を這う俺たちには心折れるような出来事が頻繁にとまでは言わないが、そこそこの頻度で起こる。


 その度に元気付けてくれたのはライラだった。


 いまさら過ぎて恥ずかしいから決して口には出さないが、本当に感謝している。


 こいつのためならαの化け物じみたやつらとだって戦えると本気で思う。



「お前もなんかあったら遠慮なく言えよ、必ず何とかしてみせるから」


「えっ、う……うん! 当たり前じゃん、私たち数少ない親友だしね!」


「ああ、そうだな」



 なぜか頬が赤くなっているライラとあらためて席に着きしばらく談笑をしていると、エアーの抜ける音と共に教室の扉が開き、目つきが鋭いことを除けば大和撫子といって差し支えないだろう美女が入ってきた。


 χクラス担任、鬼島 翔子(きじま しょうこ)だ。



「おはよう諸君」


「「おはようございます」」


「ん? あいつはどうした貫」


「まだ来てないです」


「まったく、馬鹿者めが。まあいい、分かっているだろうがお前たちは今日から高等部になった。特に変わることといったらPCUクラス対抗戦があることぐらいで他は大して変更点はない。精進するように。では――――――」



 先生の言葉はデスクモニターと大型ディスプレイから発せられるアラートにかき消される。


 両モニターには赤文字で――ORDER(命令)――と表示が。


 俺とライラは胸ポケットから小型端末を取り出しモニターへとタッチする。


 この小型端末は身分証明、指令受領、通信、その他多くの機能を有する高機能型で学園の支給品だ。


 デスクモニターに接触させれば身分照会をし、指令をダウンロードしてくれる。


 鬼島先生はさっと指令を見て、激を飛ばす。



「諸君、――――オーダーだ! 武装した(のち)屋上ヘリポートへ向かえ! 武装はBタイプ、急げっ!」


「「了解!」」



 先生が教室を走り去り、俺とライラは教室の後ろにあるロッカーへと走り寄り、急ぎロック解除をして開く。


 中には日本刀の柄のようなものが十本、等間隔で縦に並べられていた。


 掛けてあったベルトを腰に巻き、柄を上から二本取り出してベルトに左右一本ずつ装着する。


 横のライラに目線をチラリと向けると足にハンドガン、ベレッタM92を装着しマガジン搭載型リュックを手にしていた。



「いけるか?」


「オッケー!」


「よし、ヘリポートに急ぐぞ」


「了解!」



 俺たちは教室を出て屋上へと向かう。


 これが高校生活で最初となるオーダーだと思うと、全身が緊張でわずかに力む。


 オーダーとは、警察、民間人からの通報。もしくはPCUF〈Peculiar Capacity User Force〉、PCUで構成された軍から委託された事件、その指令の事だ。


 今回は突発的だったことから市街地あたりで問題が起こったのを通報されたのだろう。


 そもそも俺たちに来るオーダーなんて高が知れている。


 せいぜいが喧嘩の仲裁やら落し物の捜索だったりと微妙なものばかりだ。


 廊下を疾走してエレベーターへと滑り込んだ俺たちは迷わず屋上へのボタンを押す。


 ようやくできた時間に端末を取り出して指令内容を確認する。




 [ORDER]


――第一ブロック市街区内銀行にて強盗事件発生。人質九名、実行犯三名、内一名はPCUの可能性有り。速やかに事件を解決せよ。なお犯人の生死は問わないが、PCUだった場合のみ生きたまま捕獲せよ。人質の安全は優先しない――




「うおっ、なんかやばそうなオーダーだな」


「っぽいね、いっつもこういうのは上の奴等に持っていくのにどうしたんだろ?」


「さぁ? まぁオーダーが出た以上はやるしかない。気を引きしめていくぞ」


「了解、でもあんまりやる気でないなぁ。人質は優先しないってどういうこと?」


「多分上は犯人、ってかPCUが欲しいんだろ。俺だって気は進まないが拒否もできん。ほら行くぞ」


「了解」



 ライラは俺にやる気のなさそうな敬礼をするが、ちょうど到着したので無視して外に出る。


 ヘリが一機発進準備をしているのでそちらへ向かうと、鬼島先生がすでに中へ乗り込んでいた。


 俺とライラは横に並び、姿勢を正したあと一歩俺が前へ出る。



「貫 信、ライラ・ショーン両名、到着しました」


「よし、さっそくだが乗り込め。詳しくは移動中に説明する」


「了解」



 鬼島先生の向かい側にライラと乗り込み座ると、ヘリが起動しプロペラが回り始める。


 徐々に、やがて完全に空へと上がった。



「貫、オーダーは読んだか?」


「はい、銀行強盗犯の制圧、特定犯人の捕獲、人質の救出、以上です。ちなみにあいつは?」


「回収している時間が無い。では作戦だが、今回こちらでは考慮していない。お前たちの裁量で決定しろ」


「では内部の構造データを要求します」


「いま端末に転送する」



 鬼島先生が自分の端末を操作し、俺とライラの端末に銀行の構造データが転送されてきたので立体展開した。


 銀行内部は大体正方形で四ブロックにわかれていて、ATM、相談窓口のある正面玄関に面したブロック。その後方に位置する場所には建物、金庫のセキュリティシステム、そのサーバールームがある。


 残りは建物右側に位置する従業員のロッカールームと倉庫だ。


 どうやら現在、職員によってセキュリティシステムが作動し出入り口には防護シャッターが下りているらしい。


 なかなかよく教育されていて、素直に感心する。



「俺がロッカールームの壁に穴を開けるからそこから侵入してくれ。その後俺が正面に回ってライラの合図で突入する」


「わかった。でもその後はどうする?」


「三人なら不意打ちでライラが一人俺が正面から一人潰してチェックだ。運がよかったら一瞬で終わるさ」


「言うは易く行うはなんとやらってやつだね」


「馬鹿者、運に頼るな。だが、作戦自体はそう悪くない。その作戦でいこう」


「「了解!」」


「降下ポイントまで残り百二十秒だ、準備しろ」



 作戦が決まり、降下ワイヤーの先に付いている三角形のペダルに足を掛け待機する。


 そこでふと思い出したことを鬼島先生に聞く。



「先生、そういえばなぜ今回こんな厄介なオーダーが俺たちに来たんですか? こんなオーダー、いつもなら普通もっと上位のクラスにいくじゃないですか」



 その質問を聞いた鬼島の眉間に皺が寄り、空気が一気に重くなる。


 俺は地雷を踏んだかと後悔し、隣のライラが頬を引きつらせ俺の脇をつつく。



「いやな、まぁ確かに理由はあったが、無くなった」


「はい?」


「戻ってきたらおのずと分かる、いまは作戦に集中しろ」


「はぁ……まぁ了解です」


「よし、では降下開始! ゴー! ゴー! ゴー!」



 鬼島先生の掛け声と同時に現場からおよそ二百メートルの地点に降下し始める。


 ヘリからワイヤーを降ろしていき、一分とかからず着地。


 ほぼ同時にライラも着地する。


 俺は左の腰につけた日本刀の柄――ポータルソードを振るう。


 すると柄の先から一メートル弱の刃が出現し、一瞬で段差になっている部分が無くなる。


 最後に鍔が出てきて展開が完了した。



「そっちは準備できたか?」


「うん、大丈夫」



 すでにハイドを発動しているライラを視認することはできなかったが、声で確認すると走り始める。


 走り始めてすぐに現場へと到着し、作戦を開始しようと小声でつぶやく。



「壁に穴を開ける、そっちに回っていろ」


「了解」



 そして俺は能力――――セイバーを発動する。


 セイバーは切断能力の向上というシンプルな能力だ。


 常人が使ってもナイフで石を切るくらいはできるようになるぐらいの向上率。


 幼い頃から剣術を学んだ俺にとっては、コンクリートの壁などバターのようなものだ。


 一気に駆け出した俺は刀を壁に向かって袈裟に、返す刀で逆袈裟に、最後には横一線。


 さながら二等辺三角形のような形で壁にほぼ無音で穴が開く。


 くり抜いた部分を、音が立たないように地面へ置くとライラへハンドサインで突入を指示。


 俺はライラが入るのを砂埃の舞い方で確認すると、正面入り口に全速力で向かう。


 入り口にたどり着くのに十秒もかからず、身を隠し合図を待つ。


 五分ほど待っていると、胸ポケットに入れた端末が三回振動する。


 これは準備完了の合図、俺はすぐさまシャッターを切り裂き中に突入。


 すると中にいた二人の犯人たちが唖然とした表情で一斉にこちらを振り向き、所持していた拳銃を構える。


 動きの悪さから捕獲対象のPCUではないと判断し、わずかに思考を張り巡らし殲滅を決めた。



「そこまでだ、お前たちは完全に包囲されている。おとなしく降伏しろ、さもなくば武力行使にでる」


「ふ、ふざけるなっ!」


「こっちには人質がいるんだぞっ!」


「人質の解放は優先されていない。お前たちが逆らうなら殲滅の許可も下りている、十秒待つ。武装を解除しろ」


「う、うるさいっ! 死ねぇぇーーーーっ」


「ライラ!」


「がっ――は……」


「なっ――!」



 犯人の一人が銃を向け発砲しようとしたの確認し、ライラを呼ぶと、犯人は背後に潜んでいたライラによって心臓を弾丸で撃ちぬかれゆっくりと前に倒れる。


 俺は銃を構えたままその光景を見て硬直しているもう一人の犯人へと向かい、ソードを腰から右上に切り上げ犯人を二分(にぶん)にし切り伏せた。


 これで確認できた二人は殲滅し、残るはPCUの疑いがある者だけだが、周囲を見渡しても悲鳴を上げる人質達だけでそれらしき人物は見当たらない。



「ライラ、もう一人は見つけたか?」


「ううん、こっちにはいなかった」


「いったいどこに――――」





 いるんだ、と続けるより早く背後からの微弱な殺気を感じ取り俺は左へ、ライラは右へ飛び退く。


 一瞬後、俺達のいた場所に短髪黒髪の厳つい顔をした二メートルはありそうな大男が、床に熊のような毛むくじゃらの右腕を突き刺さしていた。



「よぉ、俺の手下にずいぶんなことしてくれんじゃねーか」


「お前のその力はPCで間違いないな?」


「PぃーCぃー? ぷっ、ギャアッッハハハハハハハハハ!  ばーかっ、ちげーよ!」


「なに? ならその腕は一体――「嘘だよバァーーーーーカッ! 死ねッッ」――っ……」



 PC能力だと確信していたために、予想外な返答をされ一瞬だけ体が硬直してしまった。


 その隙を突いて、犯人が驚異的な加速力で懐に潜り込んでくる。



「オラァァァっ!」


「ク――ッ!」



 裂帛の気合で右腕を突き出してくる犯人の男。


 先ほどの威力からみてまともに受けるのは危険だが、回避が間に合わないため仕方なくソードを盾にし、後方へヒットする瞬間にタイミングを合わせ後方へと全力で飛ぶ。


 衝撃が全身を駆け巡り、大分軽減したとはいえ、なお重い一撃は俺を後方の壁へと容赦なく吹き飛ばす。



「がはっ――――っ」




 背中をたたき付けられ、肺が血の交じった空気を吐き出し、空気を失った俺の体は膝を折ったまま硬直してしまう。


 立て直そうとするが、その間にも大男は右拳を大きく振り上げ突進してきている。



「――――このっ」


「死ねぇぇーーーーっっ!!」


貫流剣術つらぬきりゅうけんじゅつ、攻の型、空断(からだち)!」




 空断、文字通り空を断つ剣技。


 地に付いた切っ先を腕の力だけを使い高速で切り上げ、空すら断ち切る神速の剣。


 尋常ならざる筋力を必要とするために若くして会得することは難しいが、PCUであり、中でも身体能力が高いタイプの俺だからこそ、この年で振るうことが出来る。


 武士の家系である貫家に、江戸時代から脈々と受け継がれてきた剣術、貫流剣術。


 元は、芸術や娯楽から生まれた日本剣舞の一つで、それを実践的にした剣術を編み出したのが初代貫家当主兼正(けんせい)


 父から子へと受け継がれるため、両親を幼い頃に失った俺は完全に習得してはいないが、家にある数少ない古文書を紐解き三つの剣技だけは会得した。


 大男の突き出す高速の右拳は俺の頭を、俺の右手に持つソードは空気を断ち切りながら拳が来るであろう場所へと真っ直ぐ上に突き進む。


 そして――――――一発の乾いた銃声と共に、大男が崩れ落ちる。


 拳は切り裂こうとしたソードを避け、俺の頭部右五センチの辺りに力なく当たり、地に落ちた。


 俺のソードも標的を失い、空を切り失速。


 事態を認識できずに目をぱちくりさせていると、目の前にライラが現れる。


 それを見てライラは攻撃を回避した後、ハイドで姿を隠し隙を見計らっていたのだと理解した。



「危なかったね、トッキー」


「お、おぉ。サンキュー、助かった。――殺したのか?」


「なわけ無いじゃん、筋弛緩剤と麻酔が配合された鎮圧弾打ち込んだの。こいつが馬鹿で助かった。私が消えたのに気付かれてたら、トッキー今頃頭ぺしゃんこだったよ?」


「うっ、嫌な事思い出させるな。油断した俺が悪かった、カバーありがとうライラ」


「どういたしまして。で、どうすんの? こいつ」


「とりあえずオーダーは成功だ。後は警察と回収班に任せよう。回収班が来るまでこいつを見張っとくぞ」


「了解、じゃあ早速報告しておいて」


「わかった」



 俺は銀行を出て、野次馬たちのざわめきがうるさい通りを抜けて裏道へと歩き出す。


 現場から少し離れた場所まで来ると、端末を取り出しオーダー成功を知らせる信号を鬼島先生へと送る。


 すると、すぐに通信が入る。



『鬼島だ、結果を報告しろ』


「はい、犯人は二名が死亡、PCUと思わしき人物は捕獲。人質も九名が全員無事のようです」


『そうか、分かった。回収班は五分ほどで到着する。引渡し次第学園へ帰還しクラスで報告書の作成に入れ。以上』


「了解」



 ブツッと回線が途絶える音が聞こえ、端末を胸ポケット――に入れようとしたが、破れかかっているのを見てズボンに入れる。



「特殊繊維を編みこんである防護制服だぞこれ……ったくどんな威力してんだあの熊パンチ」



 独り言を呟きながら、やや重くなった足取りで見張りをしているライラのもとへ歩いていく。











 χクラス内で数時間前にあったオーダーについての報告書作成のため、デスク付属コンソールに指をおどらせている人物、俺こと貫 信(つらぬき とき)と、ライラ・ショーンは頭を悩ませていた。


 それが顔にも出ているのか、眉間に皺がよっているのが自分でも分かる。


 俺は一度ため息をつき、皺を揉み解しながら隣のライラへと体を向けた。



「なぁ、ライラ。あいつから連絡は?」


「来てるわけ無いじゃん。来てたら言ってるって」


「だよな……」


「「はぁー………………」」



 二人して大きなため息を吐き、がっくりと頭を下げる。


 そして眼前に無言、直立不動で佇む夜叉、鬼島翔子へと視線を滑らせ――即座に戻す。



「………………」



 鬼島先生は傍目から見ても怒っていた、いや、そんな生易しいものじゃない。


 額には青筋が浮いているし、何に使うつもりかは分かりたくもないが木刀を握り締めている。


 先ほどから力みすぎて柄の部分が悲鳴をあげているのを、俺もライラも気付いてはいるがあえて無視。


 怒りの矛先がこっちに向かれると地獄を見るだろうことは明らかだからだ。


 飢えて餓死寸前の獣ですら今の鬼島先生を避けて通るだろう。


 そのぐらい精神をがりがりと削る威圧感を出している。


 そのせいで俺たちはまったく作業がはかどらない。



「おい、貫。あの馬鹿者から連絡はないのか」


「ひっ、いえ、あの、寮は既に出ているそうですのでもうすぐ来るかと」


「そうか」


「は、はい」



 突如話を振られ、情けない声を上げてしまったが何とか返答する。


 そう、鬼島先生がこうなっている原因はχクラス最後の一人、力丸 誠也(りきまる せいや)がいまだに登校して来ないからだ。


 力丸誠也、パワーアップのPCを持つにふさわしく、ガタイがよく、精悍な顔つきの男だが、性格はズボラでマイペース。


 月の半分は遅刻をしてくる猛者でもある。


 そのたんびに鬼島先生にこっぴどく叱られるのだが、反省の色が見えたことは無い。


 鬼島先生もさすがに諦めているようで、普段はここまでかんかんになることは無かった。


 そのはずだったのだが、どうやら今回だけは事情が違うらしい。



(誠也……安らかに眠れよ)



 俺は心の中で誠也の冥福を祈り、停滞していた報告書の作成を進める。


 が、ちょうどヘリでの会話を思い出し、恐る恐る夜叉とかしている鬼島先生へと尋ねることにした。



「せ、先生、そういえばヘリで言ってた事なんですけど……結局俺たちにあのオーダーが出されたのってどういう理由が?」



 ぴくりと米神が動き、鬼島先生は口を開こうとした――が、間の抜けたエアーの音が響きドアが開く。


 当然そちらに目を向けた俺は、ドアを抜けて入ってきた誠也のタイミングの悪さに合掌する。



「すんませーん、遅れましゴハァッ!!」


「遅すぎるわっこの馬鹿者がぁぁぁっ!」



 鬼島先生は鮮やかなとび膝蹴りを誠也の鳩尾に叩き込み、誠也は文字通りくの字にへし折られた。



「いったいどこをほっつき歩いていたっ、オーダーが出ていたのだぞ! あとで貴様にはたっぷりと補習を出してやるから覚悟しておけ!」


「お、おぉぉ……いまだかつて味わったことのない衝撃が――ゴッ!?」


「無駄口を叩くな馬鹿者!」



 よろよろと立ち上がろうとしていた誠也に、踵落としという容赦のない追撃を頭にくらわせた鬼島先生は、多少気が晴れたのか教壇へと戻る。


 誠也はもはや起き上がれない、というか気を失っているようだ。


 肉体が常人よりはるかに頑丈に出来ているPCUを、ここまであっさり叩きのめせる人は少ないだろう。


 改めて鬼島先生の怒りをかわないようにしなければと、アイコンタクトでライラと話し頷く。



「ふぅ、貫、ショーン。お前たちもこいつのようになりたくなければ規則を守れ。いいな?」


「「はい!!」」


「よし、それではお前たちは報告書の作成を急げ」


「「はい! ただちに!」」



 俺とライラは一糸乱れぬ動きで作業を再開する。


 先の光景をみてこうならない奴は脳がないか気が狂ってるかのどっちかだ。



「それと、貫。さっきの問いだが、なぜあのオーダーがχクラスに出されたか、だったな」


「あ、はい」


「確かにあのオーダーはいつもなら他のクラス、まぁ難易度を考えるとσかρ辺りに回っていたはずだった。今回は私が事前に、学園長へ手ごろなオーダーが出たらこちらへまわして欲しいと頼んでいたのだ」


「なるほど、まぁ確かに敵は一人を除いて一般人だったし、オーダー自体難しくはなかったですけど……」


「そうだ、お前たちでも楽にこなせる内容だった。だからこそ初めてにはもってこいだったのだが……」


「初めて?」


「ああ、実はこのクラスに――」


 鬼島先生が言葉を続けようとしたが、またもエアーの音と共に中断された。


 音源へと目を向けると、そこには――――女神がいた。


 雪のように真っ白な長い髪、シミ一つなさそうな白肌、そしてウサギのような、赤い目。


 おそらくアルビノというやつだろうか、その白が空気に溶けてしまいそうで、俺の錯覚なのかひどく存在が希薄で――――美しい。


 冥も綺麗だが、この人は真逆の美しさを感じる。


 冥が月ならこの人は太陽といえばいいのか、とにかく――――綺麗だ。



「遅れて申し訳ありません。区間ジェットがアクシデントで遅れてしまい、到着にも影響が出てしまいました。」



 高い鈴のような声が、女性から響く。


 区間ジェットということは別の隔離都市から来たということか。


 日本には現在三つの隔離都市がある。


 ワールド・デストラクションで破壊され、再起不能に陥った都道府県を資金的な問題から放棄し、最新技術の粋を結集して製作された巨大なドーム。


 それが隔離都市である。


 人口が減った日本では三つの隔離都市で余裕で収容でき、この先二十年は拡張の必要はないらしい。


 アメリカやロシア、中国なんかでは、超巨大隔離都市が五つは建造されている。


 鬼島先生は小さくなるほど、と漏らし女性へと声をかけた。



「そうか、ならとりあえず自己紹介をしろ」


「はい。始めまして、白川 輝(しらかわ ひかる)と申します。この度第一区隔離都市からこちらへ引っ越してきましたので、この第三高校に編入することになりました。これからよろしくお願いします」



 こうして、俺たちχクラスに新たなメンバーが加わって新たな学校生活が始まる。


 願わくば平穏な生活が遅れるといいのだが。






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