再再会
さらに時は流れ、季節は春。
俺は3年に、蓮也は2年になった。
放課後、俺は中庭にある大きな桜の木の根元に座ってると、蓮也がやってきて隣に座った。
「久しぶりだね」
「そうだな。お前また3組か?」
「そうだよ。あんたも?」
…もう敬語使えなんて言わない。言っても治らないだろうから。
「まあな。これでも進路は大学だからな」
「へえ…。あと1年。寂しくなるなあ」
「別にお前は俺がいなくても平気だろ。駅で会ったときにいた仲間たちがいるんだから」
すると蓮也はうつむいた。
「…どうしたんだ?」
「もうあいつらと関わりたくないんだ」
「どうして?」
「実は…」
すると蓮也は少し泣きそうな声で話し始めた。
いつもらしくない。
「僕、ずっと好きな人がいるんだ。でも、そいつは僕の気持ちに気づいてくれないし、それに僕を恋愛対象としても見てくれない。それに、僕が好きになった人っていうのが男だから、みんなから気持ち悪がれてるんだ。『ゲイが伝染るから寄るな』とかさ、散々言われた。たまに珍しく呼び出されたと思ったら突然強引に服を脱がされ、『ほら、出してみろよ。撮ってやるからさ』とか言われて羞恥的な行為をビデオに収められたり…。もう嫌だ。僕はどうすればいい?」
蓮也の瞳には、大粒の涙が溢れんばかりに立ち込めていた。
「…そうか。わかった」
俺は羽織っていたカーディガンを脱ぎ、隣に座る蓮也の頭を俺の胸元に埋め、
「泣きたい時には泣くのが1番。この陽気だから涙なんてすぐ乾くから、俺の胸元で泣け」
「いいの?」
「ああ。俺はこれしかできないけど…、いつも元気な蓮也の顔がまた見たいからな。これが最善のことかもしれないと思って」
「ありがと…」
「でも、鼻水は出さないでくれよ?」
「わかってるよー」
蓮也はひたすらに泣き続けた。
そうして気が付くと、蓮也は寝ていた。
俺はそっと蓮也に脱いだカーディガンをかけてやった。
「お前ら…起きろ!」
「ふああ…あ、兎澤先生。おはようございます…ふえっふ」
「今何時だと思ってるんだ?」
「ええと…先生が来たってことは…だいたい午後6時?」
「違う。もう午後7時だ。俺は残業終わりに最終チェックでここを通っただけだ。ほら、宮内も起きろ」
兎澤先生は蓮也のほっぺたを引っ張った。
「うぐぐぐぐ。しぇんしぇえ(先生)、いてゃい(痛い)ですう」
「お前ら、いつから寝てた?」
「ええと…いつだろ?」
「僕がここに来たのは4時30分だったよね?」
「そして俺は4時59分の予鈴は聞いたんだけどそれ以来の記憶がさっぱりなんだよ…」
「はあ…」
兎澤先生は深くため息をついた。
「お前ら…今夜は俺んちに泊まっていけ。そのことだけを親に伝えるならば今ケータイを使うことを許してやる」
いつもは校門の内側でケータイを使うことを許さない兎澤先生が許してくれた。珍しい。明日は土砂降りかもな。
「はーい」
俺はさっそく親に電話をした。
「あ、お母さん?」
「あんた、今どこにいるの?」
「学校。なんか中庭で寝ちゃったみたい…」
「まったく…。水音は昔からドジなんだから。じゃ、今から学校に迎えに行くわよ」
「ちょっと待って。そのことなんだけど、兎澤先生が今晩だけ泊めてくれるって」
「迷惑かけないようにね。あ、明日の道具どうする?」
「明日は土曜日だから休み。だから、明日帰るね」
「わかった。くれぐれも迷惑かけないようにね」
「うん。じゃあねー」
時を同じくして蓮也も電話を終えたようだった。
「じゃあ荷物とってこい」
『はーい』
俺らは偶然にも同じタイミングで返事をした。
「さっきは、ありがと」
誰もいない静まった校舎内で蓮也がささやく。
「別にいいんだよ。結局ワイシャツ乾かなかったけどな」
「先生に頼んで洗濯させてもらおうよ」
「そうだな」
「2人共、俺の車に乗り込め。狭いけど文句言うなよ」
「はい…ってめっちゃ狭いっ」
「文句言うなって言っただろ?」
「はい、すいません」
兎澤先生の車は、兎澤先生が趣味で行なっているという筋力トレーニングの道具でいっぱいだった。
「これ全部どうするんですか?」
「週一で行ってるスポーツジムで使ってるんだ。その中で1番大きいやつはたしか50kgだったな」
「うわあ…俺より重い」
「え、あんた…じゃなくて水音さん、50kgないんですか?」
「もう敬語使わないでいいよ、そんなにしどろもどろになるくらいなら」
「いいんですか?」
「先生の前でいい子の振りしたって無駄だから」
「がっはっは」
突然兎澤先生が豪快に笑った。
「俺も昔そうだったな。先輩から『敬語使わなくていいよ』って言われてたけどどうしても教師の前では敬語になっちゃうんだよな」
「そうですよね~」
俺はそう軽く返事すると、蓮也に耳打ちされた。
「『兎ちゃん』って呼ばれてるなんて言えそうにないな」
「そうだな」
「はい、到着」
兎澤先生の家は可もなく不可もなく、普通の二階建ての家だった。
「そういえば先生って妻子持ちですか?」
「いいや、まだ独身だ」
「35歳で独身、しかも筋トレが趣味か…」
「なんか問題あるか?」
「いえ、別に」
「じゃあ中に入ろう」