全ては終わりから始まる
どうしてこんな結果になったのか。賢介は灰の降りしきる暗い空に心内で問う。
どこからが間違いだったのか。どれが正解だったのか。
ミサイルによる爆音が轟き、熱波が周囲を覆っていた。荒廃した世界で彼女を抱えて。
目からあふれそうな涙が落ちないように必死で堪えて。
ささやかな抵抗だ。こぼれないように空を見つめる。
「賢介……殺して?」
その消え入りそうな懇願の発信源に向けて視線を落とした。見せまいと耐えていたのに情けない。俺の目からぽろぽろと涙が溢れる。
「嫌だ……嫌だ、嫌だ、嫌だ。俺は……俺はこんなの嫌だ」
首を縦になんて触れなかった。力なく何度も首を横に振る。
それを見た少女は視線を力なく上方に向ける。
「……仕方……ないって」
いつもなら彼女は俺の癇癪をかわいく宥め、諫めてくれる。そんな反応が返ってこないのも俺が選んだ決断のせいだ。
彼女を失いたくない。何と引き換えても、自分がどうなっても。
自然と抱きしめる腕に力が入った。体が反射的に拒否してる表れだった。
彼女の自暴自棄な渇いた瞳に俺の涙が落ちる。それはまるで彼女が泣いているように見える。彼女の目尻に落ちた水滴が耳の方に流れていく。
「俺は……君と……もっと……!」
うまく言葉にできない。だが、伝えたい。この想いを。力強く彼女の目を見つめ、言葉を続けようと散らかった思考を巡らせるが。
彼女の瞳孔に映り込む黒い影。それがものすごい勢いで大きくなっていく時。振り返ると。
数十の爆音がとどまることなく響いた。続いて五感全てが強烈に揺さぶられる。顔に金属性の砲弾がめり込む。ミサイルと呼ばれるその殺傷兵器が幾度となく降り注ぎ、容赦なくこの身に突き立てられた。紅や橙の光源は炎熱を瞬きの間に放つと粉塵が巻き上がり世界は暗転した。またも知覚を超えた盛大な爆発に五感を奪われる。
衝突の後には砂埃というにはあまりに巨大すぎる灰色の雲が立ち上り、爆心地はまるで噴火する活火山のような尋常ならざる光景に変貌した。
「こちらイーグルE。目標への全弾命中を確認。視界不良好により、目標の生死の確認できず。至急、指示……!!」
と金属の鷹が通信中。
地上を覆う黒雲から幾本もの紫の閃光が迸り、黒い砂塵の上を羽ばたく戦闘機を切り裂いた。切断面は黒ずみ、直後に爆散した。
異変を察知し、残存する戦闘機は加速。散り散りにその場から離脱を試みる。しかし、追尾する紫の光線は瞬く間に全ての戦闘機を捕捉し、切り裂いた。切断面から炎上し、バラバラになった機体は羽休めをするために湖面に降り立つかのように綺麗に不時着。同時に砕け散った機体の破片からは火が上がり、大地に細かく散らばった。数十もの残骸から立ち昇る黒い狼煙が突風に煽られると、俺の見る景色が晴れる。
「ごめん、天音さん」
できるだけ、できるだけ笑顔で。できるだけ綺麗に。君とのお別れはせめて綺麗に彩りたい。
そんな見栄。彼女も自分の最期を悟ったように優しい笑顔を返してくれた。
ガラスが砕けるような音がチクチクと鼓膜を震わせた。空間にヒビが入る。それはまるでゆで卵に走る亀裂のようだ。空間が剥がれ落ち、黒い空間が空気中を侵蝕していく。
そして……俺は瞳を閉じた。
終わりゆく灰色の世界で。悪あがきをする世界で。
今やおもちゃに等しい金属の兵器が俺を貫き続ける無様な防衛反応を嘲笑って。
君だけの温もりを感じて。世界中の阿鼻叫喚と恨み言の全て。聞こえないふりをして。
世界中が君を嫌悪しても。世界中が君を呪っても。俺はそれでも君が世界で一番好きで、君にこの世界を生きてほしい。
だから俺は選ぶ。
「世界よ……」
俺の瞳からまた無意識に溢れた涙。世界から否定され続けることで心にできた傷から滴る血液のように。
目を開ける。
プールの底から見つめる世界と同じように揺れる瞳の向こうで。一際大きい鷹のようなそれは、視認できるほど大きな何かを落として。
「彼女に、祝福あれ」
関東地方に線香花火が落ちた。瞬間、侵食する半円状の紅が急激に膨張する。
その日、核の炎が日本列島全域を呑み込んだ。




