第四十八話:夕暮れの執務室と、山積みの始末書
暴走する『原初の魔導核』を鎮圧し、平穏な地上へと戻ってきた生徒会一同。
ノアの最適化によって学園の魔導インフラはかつてない快適さを取り戻し、生徒会室には温かなティータイムが戻ってきました。
過去の呪縛を乗り越え、自らの居場所を噛みしめる天才書記・ノア。
しかし、そんな美しい絆の余韻を切り裂くように、副会長リサから冷徹な「始末書45枚」の現実が突きつけられます!
悲鳴と笑い声に包まれる日常の裏で、正門前に忍び寄る名門・鷲宮高等学院の影――。
第七章のエピローグと、次なる嵐の予感をお楽しみください!
旧校舎備品倉庫の隅、床に敷かれた鉄板ハッチが「ギギギ……」と重い音を立てて持ち上がる。
埃を払いながら、タクトを先頭に生徒会メンバーが地上へ這い上がってくる。
タクトが大きく伸びをして首を鳴らす。
「うわっ……! やっぱ地上の空気は格別っすね! 地下350メートルなんてもう二度と潜りたくねぇ……!」
「ほんそれ! 鉄サビとホコリの匂いでお肌カサカサになっちゃうとこだったし!」
最後に上がってきたノアが、黒革の端末をハッチの鍵穴へかざす。
端末の画面で金色の古代認証コードが明滅し、「カシャン」と電子ロックが幾重にも噛み合って完全封印される。
ノアは端末をポケットにしまい、眼鏡の位置を整える。
「地下最深管理区画へのルートは物理・電子ともに完全に再封印しました。主幹OSの管理権限も生徒会サーバーへ直結させてありますので、外部からの侵入も二度と不可能です」
「お疲れ様、ノア! これで学園の心臓部は完全に私たちの手の中ってわけね!」
旧校舎を出て本校舎の廊下へ足を踏み入れた瞬間、一同の肌を優しく撫でる完璧な室温のそよ風。
前日まで「北極のブリザード」と「サウナの熱波」を10分おきに繰り返して生徒たちを苦しめていたエアコンの吹き出し口から、そよ風のような心地よい冷涼空気が均一に漂っている。
通路の電子錠付きドアも、生徒が近づくだけでミリ秒の遅延もなく滑らかに自動開閉している。
セリアは指先で風を感じて目を細める。
「まあ……空調の魔力循環が信じられないほど滑らかですわ。不快な魔力酔いが全くありません」
リサが壁の魔力流量計をチェックし、小さく頷く。
「ええ。各ブロックへのエネルギー供給ロスが従来の38%から0.04%まで激減しています。……信じがたい精密さです」
「『原初の魔導核』の余剰熱量を排熱ダクトではなく、校内の環境維持術式へ直接バイパス循環させました。ついでに学内全域の魔導回路の最適化パッチを当てておいたので、以前より快適なはずです」
「ついでで学園全体の魔導インフラを神アプデすんなよ……! さすが元裏組織の天才ハッカー、やることがエグいっす」
一行が購買部前の広場へ差し掛かると、前話まで「熱湯コーンポタージュ缶」を機関銃のように乱射して立ち入り禁止になっていた魔導自販機の前に、人だかりができている。
一般生徒たちがボタンを押し、ガコンと落ちてきた缶を手にして歓声を上げている。
「見てこれ! 触った瞬間に一番美味しく感じる温度になってる!」「炭酸も抜けてないし、氷も溶けてないんだけど!?」「購買の自販機、今日から急に神仕様になったぞ!」
セナが人混みをかき分けて自販機へ駆け寄り、小銭を投入する。
「アタシも買う! 限定の特濃いちごミルク!」
ボタンを押したコンマ0.1秒後、完璧な冷却霧をまとった缶がスッと取り出し口へ排出される。
セナはプルタブを開けて一口飲み、目を丸くする。
「うっっっわ、うんま!! キンキンに冷えてるのに全然頭にキーンと来ない! なにこれ魔法!?」
「ええ、魔法です。『分子振動抑制術式』を缶の排出口に組み込んで、飲用時の体感温度を常に最適化するように書き換えておきました」
私は腰に手を当てて誇らしげに胸を張る。
「ふふん! これも全部、生徒会長である私の采配と、自慢の書記の腕前のおかげよ!」
平和を取り戻し、以前にも増して活気に満ちた生徒たちの笑顔を見渡し、私は満足げに頷く。
長かった地下での緊張から解放され、一同の表情にも穏やかな放課後の緩みが戻っていく。
リサが手帳を開き、全員へ視線を向ける。
「学内設備の正常化および安定稼働の確認、完了と見なします。……では皆さん、生徒会室へ戻りましょう。昨晩から放置していた後片付けがあります」
私は元気よく手をあげる。
「賛成! セリア先輩の美味しいお茶飲んで、ノアの快気祝いをしなきゃね!」
ノアは微かに照れくさそうに視線を泳がせる。
「ふふ、遠慮なさらないで。とっておきの茶葉を用意してありますわ」
賑やかに言葉を交わしながら、夕暮れに染まる生徒会室へと向かう一同。
セリアが優雅な手つきで白磁のポットを傾け、透き通った琥珀色のハーブティーを全員のカップへ注ぎ分ける。
ローテーブルの中央には、セリアが持参したサクサクのスコーンとバタークッキー。
「精神疲労を和らげる『安寧草』のブレンドですわ。地下での極限戦闘、皆様本当によく耐え抜きましたわね」
セナはソファの背もたれに体を預けて足をパタパタさせながら、クッキーを一口で放り込む。
「ふは〜〜っ! セリア先輩のお茶、染みる〜〜! 昨日の夜はゴーレムに押しつぶされるかと思ったもんね〜!」
タクトはソファの端で深々と息を吐き出し、温かいカップを両手で包み込んで脱力する。
「俺の腕甲も完全に焼き付く寸前でしたからね。……まあ、ノアが無事に戻ってきたから全部チャラっすけど」
執務机の定位置に座るノア。膝の上の黒革端末には、平穏に巡る炉心の魔力グラフが青い波形を描いて表示されている。
普段なら即座に次の作業ログや最適化パッチの打ち込みに入るところだが、ノアの指先がふとキーボードの上で止まる。
窓の外を見やると、中庭の木々や校舎の屋根が夕日に赤く照らされ、部活に励む一般生徒たちの微かな掛け声が風に乗って聞こえてくる。
どうしたのかと思い、私は紅茶を口に含みながら、ノアのデスクの縁に腰をかけて優しく笑いかける。
「どうしたのノア? まだ頭が痛かったりする? セリア先輩に追加のお薬もらおうか?」
ノアは驚いたように瞬きし、ゆっくりと首を振る。
「……いえ、そうではありません。神経のフィードバックも完全に収まっています」
「じゃあ、なにぼんやり外見てたのよ?」
ノアが眼鏡のフレームにそっと指を添え、視線をわずかに伏せながら言葉を紡ぐ。
「……組織から逃げ出して以来、僕はどこかで怯えていました。自分が作ってしまった過去の残影に、いつか首筋を掴まれるんじゃないかと」
「他人に背中を預けるなんて、以前の僕からすれば生存確率を下げるだけの致命的な欠陥でした。……でも、あの電脳空間で、外から皆さんの魔力が流れ込んできた時……僕は生まれて初めて、一人で計算するよりも遠くの解に辿り着けたんです」
いつもの事務的なトーンではなく、どこか年相応の少年の不器用な温かさが滲み出る。
室内の全員がカップを置いたりクッキーを食べる手を止め、静かにノアの言葉に耳を傾けていた。
タクトは照れくさそうに頭を掻く。
「へへっ、大した魔力じゃないっすけどね。役に立ったなら何よりっすよ」
ノアは私たちをまっすぐに見つめ、かすかに口元を緩める。
「……僕には、帰る場所がある。それを教えてくれたのは、皆さんです。……ありがとうございました」
ノアの素直な感謝の言葉に、セナが「ノアくんがデレたー!」とからかい、セリアが優しく微笑む。
部屋全体が感動的で温かな空気に包まれ、メンバー全員が絆の深まりを実感する。
私は胸を張り、快活な笑顔でノアの肩をポンと叩く。
「礼なんていらないわよ! ノアは最初から、桐花学園生徒会の大事な仲間で、自慢の書記なんだから!」
リサは紅茶のカップをソーサーへ静かに置く。
「……ええ。大変素晴らしい絆の確認でしたね」
リサ!私は満足げに頷く。
「でしょ! リサもたまには良いこと言うじゃ――」
カチャリ、とリサが立ち上がり、執務机の引き出しから「ドスン」と尋常ならざる重みを持つ紙束を取り出す。
ノアの告白と生徒会の絆に全員が浸る中、リサが静かに眼鏡のブリッジを押し上げ、執務机の引き出しを開ける。
分厚い羊皮紙の束を長机の上へ「ドサッ!!」と叩きつける。
紙片が舞い散り、室内の穏やかな空気が一瞬で凍りつく。
「感動的なところ恐縮ですが、業務の時間です。地下350メートルでの無許可戦闘に伴う『特別施設修繕届』および『魔導炉無許可介入報告書』、計45枚です」
なんですって!?私は反抗するように言う。
「よ、45枚……!? 命懸けで学園の炉心を止めて世界を救ったのよ!?」
「事態の解決と書類の提出は別問題です。備品倉庫ハッチの損壊、偏向熱線による岩盤融解、古代防衛兵器8体の完全破砕……すべて現行規律上の破損行為に該当します。本日中に会長印の捺印と直筆の事由書を提出してください」
えええんこんなのってないよお!!
私は頭を抱えて机に突っ伏す。
学園救ったのに結局これぇぇぇぇ!? 休ませてよぉぉぉーっ!!」
「ギャハハ! 英雄アイラちゃん、紙束相手に大惨敗〜!」
ノアはすでにペンを握り、淡々と用紙を埋め始める。
「タクト、破損箇所と偏向角度のログは僕が数式化しておきました。サイン欄だけ埋めてください」
「ノア、お前ホント切り替え早ぇな……。はいよ、名前書けばいいんだろ」
「ふふ、皆様が集中できるよう、眠気覚ましのハーブティーをお代わりで淹れますわね」
愚痴を言いながらもペンを走らせるいつもの賑やかな放課後だ。
「終わったぁぁぁぁ――ッ!!」と叫び、私は生徒会長デスクに突っ伏して両腕をダランと垂らす。
机の上には、全員の直筆サインと捺印が整然と揃えられた45枚の申請書束。
「もう二度とペン握りたくない! 巨神機を殴った時より腕がパンパンよ!」
リサがそれを綺麗にトントンと整えてクリップで留め、満足げに小さく頷く。
「よくやり遂げましたね、会長。これにて地下350メートル事案の全事務処理を完了とします」
タクトは手首を回して息を吐き、セナはソファで伸びをしてあくびを漏らす。
「ノアの数式サポートがなきゃ日付変わってましたよ。マジで助かったっす」
ノアはノートPCをパタリと閉じ、眼鏡を押し上げる。
「ふふ、皆様本当にお疲れ様でしたわ。明日の放課後は、とびきり甘い焼き菓子を焼いて参りますね」
私は体を起こし、茜色から宵闇へ変わりゆく窓の外を眺める。
中庭の街灯がぽつぽつと灯り、ノアが最適化した結界炉の温かな魔力脈が、学園全体を優しく包み込んでいるのが感じられる。
仲間たちがそれぞれ荷物をまとめ、笑い合いながら帰りの支度を進めている。
(地下の古代炉心に、昔のノアのゴースト……色々あったけど、やっぱりこの生徒会なら乗り越えられないトラブルなんてないわね)
私は振り返って全員に満面の笑みを向ける。
「みんな、今日も一日お疲れ様! 気をつけて帰りましょ!」
「「お疲れ様でした!」」
場所は変わって_______街灯に照らされた桐花学園の正門前。
銀杏並木の影に、仕立ての良すぎる漆黒のブレザーを纏った少年が一人佇んでいる。
胸元に鈍く輝くのは、帝国屈指の名門・鷲宮高等学院の生徒会章。
手元に広げたバインダーには、桐花学園生徒会がこれまでに提出してきた『校舎損壊届』『施設破損調書』の写しがびっしりと挟まれている。
少年は冷涼で甘やかな笑みを浮かべ、書類を指先で弾く。
「……地下魔導炉の過負荷に、旧校舎ハッチの破損……相変わらず野蛮で、規律の欠片もない連中だ」
「公爵家の威光を笠に着て好き勝手暴れ回るのも、ここまでだよ、アイラ会長。……次期生徒会選挙、せいぜいその無能さを全校生徒の前で晒してもらうとしよう」
薄暗い夜道の中、少年は冷笑を浮かべながら踵を返して闇へと消える。
終わった〜〜〜〜〜〜!!!第七章完結です!!
今回も五章並にキツかったです。
ノアの情報量と描写が多い多い……
今回は息抜き回で書きました。
次章、鷲宮の逆襲です。
ただ八章と九章は肩の力抜いて読める内容にしようと思ってるので(これまで固いの書きすぎて疲れてしまった私)ポンポンと読み進めていただけたらと思います。
あと一日一更新ですみません……リアルが忙しすぎて……早く帰って来れた日にストック溜めまくってます。
ちなみに十章で一度シーズン1の区切りとしたいと思ってます。十章までは軽いプロットは出来てる(何故?)




