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一度きりの謝罪  作者: 天月瞳


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墓参り

その会話のせいだろうか。久しぶりに、妹が生まれた時の夢を見た。


「あなたの妹よ。必ず守ってあげてね」

ベッドに寄りかかった母が、小さな赤ん坊を抱き上げ、優しく私に語りかける。


「うん!」

私は力強く頷いた。


目が覚めると、頬を伝う涙で顔が濡れていた。


洗面所で顔を洗い、水の冷たさで意識をはっきりさせる。


一階のロビーで、薄緑色のコートを着た沙織と合流した。


「先に母さんの墓参りに行かないか?」


沙織は一瞬呆然としたが、やがて頷いた。


店で掃除用具と線香を買い、花屋で菊の花を求めた。


二人は無言で道を歩いた。ふと沙織が足を止め、一軒の甘味処を眺めた。


「お母さん、小豆の羊羹が好きだったわよね?」


「え? ああ、そうだったな」

私も足を止め、得心した声を出す。


「ええ。少し持っていきましょう」


沙織は店に入り、母の好物だった小豆羊羹を買った。


母の墓は、少し離れた裏山にある遠野家の墓地にあった。

彼女の墓標は、父の隣に寄り添うように立っていた。


私は軍手をはめ、黙々と周囲の雑草を抜いた。

沙織も隣で手伝い、三十分ほどかけてようやく墓所は綺麗になった。


「ん?」

沙織がどこかを見上げているのに気づいた。視線の先を追うと、遠くに紺色の人影がぼんやりと見えた。


「どうした?」


「なんでもないわ」

沙織は首を振った。


掃除に戻り、凍えるような水で墓石を洗う。

真冬のこの作業は苦行とも言えた。少し離れた場所で、沙織がじっと私の手を見つめていた。


「お疲れ様、お兄さん」


沙織は母の墓石を、丁寧にかつ真剣な面持ちで拭き上げた。


私は父の方を担当し、乾いた布で静かに拭きながら、あの夜の出来事を思い出そうとした。


『ごめんなさい……』


誰かが泣いている。


『お母さんはもう……』


包丁の金属光が、灯りの下でギラリと揺れた。


それから……それから、

あの日、一体何が起きた……?


考えに沈んでいると、沙織が幽かに口を開いた。


「お兄さん、そろそろお供えをしましょう」


我に返って頷き、両親の墓標の前に菊の花を供えた。

水飲みと羊羹も墓前に並べる。


ライターの小気味よい金属音とともに、線香に火を灯した。

手を合わせ、心の中で祈る。


「父さん。どうか天から、沙織が幸せに暮らせるよう見守ってください」


母に対しては、不思議と何を伝えればいいのか分からなかった。


線香の煙が立ち上り、母の名を覆い隠す。

風に吹かれ、私の周りにまとわりついては、音もなく消えていった。

ふと横を見ると、沙織の視線とぶつかった。彼女は口を一文字に結び、無表情な能面のようだった。


墓参りを終え、ようやく実家へと向かった。

実家は伝統的な木造二階建ての一軒家だ。


扉を押し開けると、ギィという乾いた音が響いた。

沙織が私の後ろから入ってくる。

あの日以来の噂のせいか、これほど長い月日が経っても、荒らされた形跡はなかった。


すべてが十数年前のあの日で止まっているかのようだ。


長く淀んだ空気、カビた畳の匂いと古びた酒の匂いが混じり合い、不快な異臭を放っている。

室内に入ると、暖房のない家はひどく冷え切っていた。


一歩踏み出すたびに、木造の床が「ギシッ」と悲鳴を上げる。

至る所に空の酒瓶が散乱していた。


「大仕事になりそうね」

室内の惨状を見て、沙織が淡々と言った。


「ああ、そうだな」

私は深呼吸をしたが、なぜか胸が締め付けられるような圧迫感を感じた。


「手分けして掃除しましょう」

沙織が提案した。


「分かった」

私は同意し、廊下の酒瓶やゴミを袋に詰め込み始めた。


二階まで片付けを進める。二階は私と沙織の部屋があった場所だ。


「そうだ、ここに何か仕舞ってあったはずだ」


ふと思い出し、自分のクローゼットを開けた。奥から一つの中身の詰まった鉄の箱を取り出す。それはあの日、警察から渡されたものだった。

箱を開けると、家族の写真が入っていた。その一番上には、黄ばんだ封筒があった。


封筒には、大きく「遺書」の二字。角が少し裂けていた。

そこから中の一行が覗いている。


「ごめんなさい」


中身は、以前読んだことがあるような気がした。だが、全く思い出せない。


指が封じ目に止まる。

破れば、答えが分かる。

だが、なぜか強烈な拒絶感が私を襲った。


私は封筒を置き、代わりに家族四人の写真を手にとった。母が沙織を抱き、父が私の肩に手を置いている。

この家族が最も幸せだった瞬間だろう。これらの写真は、妹に残すべきなのだろうか。

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