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姉が死ぬ未来で、弟は世界を繰り返す 〜星印が沈む朝〜  作者: きたのだいち


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第7話 否認が崩れる寸前

朝の空気は、澄んでいた。


神殿の門をくぐった瞬間、ナポリンは深く息を吸い込む。

石の匂い。

朝の湿り気。

遠くで鳴る鐘の余韻。


いつも通りだ。


「行ってくるな」


誰に言うでもなく呟いて、ナポリンは通りへ出た。


買い出しは、日課だった。

考える必要もない。

体が覚えている。


市場はすでに活気に溢れていて、露店の呼び声が行き交っている。

野菜の山。乾いた肉の塊。焼きたてのパンの香り。


「兄ちゃん、今日は何にする?」


顔なじみの店主が声をかけてくる。


「干し肉を――」


ナポリンは、そこで一瞬だけ言葉に詰まった。


(……3人分)


そう言いかけて、自然と


「……2人分で」


店主は何も疑問を挟まず、頷いた。


「はいよ。今日はいい部位だ」


袋に肉が入れられ手渡された。


次の店では野菜、その次の店ではパンを購入した。

その都度、言葉に詰まる部分はあったが、滞りなく買い物は完了した。


ナポリンは買い物袋を持ち直し、来た道を戻る。


帰り道にふと足を止めた。

なんだか、袋がやけに軽く感じた。


「……?」


ほんの一瞬、なにかが引っかかる。

だが、理由を探す前に肩をすくめた。


「考えすぎだな」


そう口に出して歩き出した。


考える前に動く。

それがいつものナポリンだった。



神殿に戻ると、昼の気配が広がっていた。


回廊には子どもたちの足音が響き、祈りの声が重なっている。

いつも見る光景だった。


シトロンの姿が見えた。


「シトロン、戻ったぞ」


声をかけると、弟は少し驚いたように顔を上げた。


「早かったね」

「いつも通りだろ」


ナポリンは笑って袋を置いた。

中身を取り出しながら、数を確認する。


干し肉、パン、野菜。

そこには2人分の量があった。


(……あれ?)


一瞬、思考がそこで止まった。

ただ、止まったこと自体にナポリンは気づいていない。


袋の中身を、もう一度だけ確かめる。

数は合っているし、足りないものは無いはずだ。


「兄さん……それで、全部?」

向かいで、シトロンが何気なく聞いた。


ナポリンは、即座に答える。


「ん? ああ、そうだな」


少し間が空く。

だが、それは考えるための間ではなかった。


「足りなきゃ、あとで買い足せばいいだろ」


嘘ではない。

辻褄も、ちゃんと合っている。

会話も成立していた。


だからこそ――

理由のない違和感だけが、袋の底に残った。



夕方。


中庭の石段に腰を下ろし、ナポリンは空を見上げていた。


赤く染まる雲。

長く伸びる影。


左右に手を広げ、石段に触れている指が無意識に動く。


1...2......


そこで止まる。


「……」


なぜか3以降指が動かない。


理由は分からない。

理由を知ろうとすれば、なにかを理解してしまいそうで目を逸らす。


(……おかしい)


今日、何度目だろう。


胸の奥に、言葉にならない“何か”が溜まっていく。


名前も、形も、思い出も――

まだ、ない。


それでも。


「誰かが、いない」


その感覚だけが確かだった。


「……シトロン」


呼ぶと、すぐに返事が返ってくる。


「兄さん?」


その声に、安堵する。


二人いる。

ちゃんと二人だ、問題わない。


それでいい。

それでいいはずだ。


ナポリンは立ち上がり、持っていた袋を持ち上げた。


その瞬間。


袋の中で、かすかな音がした。


乾いた音。

空間が擦れるような、不自然な音。


――何も入っていない“余白”が、ぶつかる音。


ナポリンの動きが止まる。


(……?)


違和感を感じつつも、答えは出ない。

だが、胸の奥で何かが、確定しかけているのを感じた。


(……思い出したら)


その先は考えなかった。


考えてしまえば、今まで守ってきた「いつも通り」が、一気に崩れる予感がしたからだ。


ナポリンは袋を持ち直し、歩き出す。


神殿の回廊へ。

シトロンのいる場所へ。


足取りは、ほんの少しだけ遅い。


背中に、まだ名前のない“欠け”を背負ったまま。


その夜。


ナポリンは、初めて――

夢を、見なかった。

体調を崩してしまい、しばらく投稿することができませんでした...

まだ万全ではないため、更新が遅れる可能性がありますのでご了承くださいm(_ _)m

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