第4話 同じ朝
太陽が石畳を照らしている。
神殿の鐘の音が、朝の始まりを告げていた。
淡い光が街を満たし、露店の準備をする音があちこちから聞こえてくる。
朝の匂い、人々の声。
昨日と、変わらない。
「……よし」
ナポリンは大きく伸びをした。
「ふぁ〜〜今日もいい天気だな!なぁ、姉さん」
ナポリンはリボンに向けて声をかけた。
しかし、リボンからの返事はなかった。
だが、気にするほどのことでもないと思った。
街の音が響き、歩きながら話していると聞こえないことだってある。
「昨日のスープうまかったよな!今日も作るだろ?」
自然にそう言って、歩幅を合わせる。
一歩、二歩と。
「今日はなにを買い出しするんだ?」
ナポリンは楽しそうに、いつも通りの調子でリボンに問いかけた。
――しかし、その言葉になぜか返事が返ってこなかった。
「……姉さん?」
少しだけ、間が空いた。
その横で、シトロンが足を止めていた。
「……兄さん」
「ん?」
「今、誰と話してる?」
ナポリンは不思議そうな顔をした。
「誰って………姉さんに決まってるだろ?」
そう言って、何でもないように前を見る。
シトロンの視線も、その先へ向いた。
──誰も、いない。
街の通り。
朝の人波。
すれ違う人々。
だが、そこにリボンの姿は無かった。
「……」
シトロンは、喉の奥で言葉を飲み込んだ。
「兄さん」
「なんだよ」
ナポリンは少しイライラした感じで答えた。
「……いや、いい。今は」
それ以上、シトロンは何も言えなかった。
「なんだよ...たく...」
ナポリンは気にせず歩き続ける。
「姉さん、あの露店さ──」
そこで、ふと立ち止まった。
露店の前。
色とりどりの瓶と布飾り。
──昨日と、同じ場所。
(……あれ?)
ナポリンの胸の奥に、わずかな引っかかりが生まれる。
「……姉さん?」
しかし、返事はない。
すぐそばにいるはずなのに。
肩が触れそうな距離のはずなのに。
「兄さんっ!」
シトロンが、少しだけ声を強めた。
「こっち、見て…...」
ナポリンは笑った。
「なんだよシトロン、さっきからおかしいぞ?なあ、姉さん。さっきからシトロンがおかしいんだ、なあ── 」
指を伸ばしかけて止まる。
あると思ったものに触れなかった。
空気だけが、指先に触れた。
「……?」
言葉が、喉に詰まる。
目の前の光景は、いつも通りなのに。
街は動いているのに。
「……...なんだよ、これ」
胸の奥が、ざわつく。
だが、その理由が分からない。
思い出そうとすると、何かに蓋をされているようだった。
シトロンは一歩、後ろへ下がった。
(……やっぱり)
昨日と同じ朝。
同じ道。
同じ時間。
──同じじゃない。
「兄さん」
静かな声で、シトロンは言った。
「今日は……一度、戻ろう」
ナポリンは、しばらく黙っていた。
理由は分からない。
納得もできない。
それでも。
「……そうだな」
なぜか、それでいい気がした。
二人は歩き出す。
三人分の距離を、空けたまま。
太陽は変わらず、石畳を照らしている。
世界は、何事もなかったかのように続いている。
ただ一つだけ。
そこにいるはずの姉が、どこにもいないことを除いて。




