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第三章『宝物』#2

 汚れた作業着姿に、ロイスは嫌悪感を抱き、ナイトブルーの瞳で睨み付ける。

「良いねぇ、その目」

 ロイスを舐め回すように見る、ギラついた、いやらしい目は、明らかにロイスの制服の下──を狙っていた。

 その目的を察したロイスは、持っていたスクールバッグを胸に抱えて身構える。

 護身術は幼い頃にシエンから教わっていた。まだ身体が覚えているならば、その辺のチンピラ一人なら倒せるだろう。

 だが…成人男性二人では? 多分、無理だ。

 そう思った途端、不安に駆られる。

 スクールバッグを抱えた腕に力が入る。

「おじさん達と楽しいこと、しようぜ?」

 ロイスが直感した通り、目的は身体だった。

 男の手が、ロイスへ伸びて来るのと同じ速度で距離を取る。

 どうする? 誰か助けを呼ぶか。

 迷いながら、ロイスは固唾を飲む。

「その怯えた顔、そそるねぇ」

 ロイスは懸命に強がって、鋭い視線を投げ付けるが、その瞳はスモークブルーを滲ませている。

(……冷静になれ。恐れるな)

 心の中で何度も言い聞かせながらも、強くあろうとする意志の奥で、じわじわと不安に侵食されて行く。

「わ…私に…」

 やっと出た声は、震えていた。

「“私”だってよ。さすがにエリート校は違うなぁ」

「エリート校のお坊ちゃんは、どんな味が──」

 男の手が、ロイスの白く細い腕に触れる寸前だった。

「おっ! 坊ちゃんじゃねえの」

 別の声が割って入る。

「──何なに? 楽しいことすんの? 俺、楽しいこと、大好きよん」

 ロイスが声のした方へ向くと、あのレイモンドだった。

 安心はしたが、どうしてよりに寄ってコイツなのか、とも思った。

 レイモンドは飄々と話しながらも、その目の奥では冷静に二人の動きを測っていた。

 邪魔が入った男達は、レイモンドへと標的を変える。ただし、狩るための標的として。

 雄叫びを上げ、拳を振り上げて向かって来る二人に、レイモンドはニヤリと笑う。

「──おぉ? やんのやんの~? 俺、強いよ?」

 そう言うと、肩にかけていた持っていたスクールバッグを、大きくグルングルンと回し始める。

 フンッと笑うと、レイモンドは男に向かってバッグを薙いだ。

 大量の教科書が入った重いバッグは、遠心力で更に重量が増し、男の脇腹に命中する。

「ぐわっ!」

 バランスを崩した男は、もう一人の男へドミノのように倒れる。

 ロイスはレイモンドをじっと見つめる。その目は、いつもの冷ややかなアイスブルーの瞳ではなく、彼の行動に真摯に向き合うマリンブルーが広がって行く。

「──おらっ!」

 レイモンドはバッグを地面に置くと、転がった男の一人に蹴りを入れた。

「──ウチの坊ちゃんに手ぇ出そうなんて、ナメた真似しやがって!」

 脇腹を押さえて苦しむ男の前に座る。、

「──いい度胸してんじゃねえか! あぁ?」

 バッグをぶつけた方の男の髪を掴んで、無理矢理顔を上げさせた。

 いつもふざけた笑顔しか見せないレイモンドが、真顔で男達を睨みつけている。

 ロイスもこんな彼は初めて見た。

 そして、二人の不埒者へ低く告げる。 

「──今後、坊ちゃんに指一本でも触れてみな。俺が許さねぇからな」

 男は情けない声を上げて、モタモタと起き上がる。

 が、レイモンドが油断した隙を狙って、もう一人の拳が飛んで来た。

「ぅえっ!」

 レイモンドの右頬に、拳がめり込んだ。

「レイ‼︎」

 ロイスが思わずレイモンドを愛称で叫ぶ。

 彼の元へ行こうとするが、足は地にくっ付いたように動かせない。ほんの二~三メートル先にいるのに。

『レイ‼︎』

 レイモンドの中で誰かが叫ぶ声と、ロイスの声が重なった。

 懸命に閉じ込めていた記憶の扉が、こじ開けられようとしている。

「…ぁ…さ…?」

 目を開いて一点を凝視したかと思うと、一瞬、身震いをする。扉は閉じられた。

 倒れはしなかったが、レイモンドの口内に血の味が広がる。それが現実に戻した。

 今はその時じゃない。

「やってくれるじゃねぇかよ、オッサン‼︎」

 口を拭うと、手の甲に血が付いていた。口の中が切れていた。

「──俺、スイッチ入っちゃったよん」

 髪を掴んでいた手を離し、ゆらりと立ち上がると殴って来た男の腹に、力いっぱい蹴りを入れる。

 痛みに苦しむ男達が「判った! すまない」と謝罪して来ても、レイモンドの蹴りは止まらない。

 レイモンドの足が、男の手の甲を踏みにじる。

「わぁああ‼︎」

「この手かぁ? 坊ちゃんに触ろうとした薄汚ねぇ手はよ!!」

 顔には狂気が浮かんでおり、明らかにこの状況を楽しんでいる。

 そこへロドルフが駆け付けて、レイモンドに向かって叫ぶ。

「レイモンド‼︎」

 無口な彼とは思えない、大きな声だった。

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