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第二章『予感』

 セント・リチャードソン学院高等部内大体育館。

 普段は体育の授業や部活動に使われているこの場所が、今日は華やかに花が飾られ、大量のパイプ椅子が整然と並べられている。

 入学式に参加する新入生と保護者、始業式に参加する在校生が、そのパイプ椅子に着席している。

 入学式と始業式が粛々と執り行われ、生徒会長としての大役も終えたロイスは、自分の席に着席すると一息吐く。

 続けて新しく赴任して来た教師の紹介に入る。

 私立故に、教師の入れ替わりは少ないが、今年は三人の教師がやって来た。

 その三人が挨拶をする為に、教師達が着席している場所から壇上へと向かう。

 ロイスは新任教師達が登壇する様子を、一人ひとり見定めるように目で追って行く。

 一人は女性で、あとの二人は男性教師だった。

 三人目の教師が壇上の定位置に立つと、女生徒達がざわつき始めた。

 大学院を出たばかりの、教師一年目の若い男性教師だ。肩より少し長いストレートの黒髪を後ろで一つに束ね、清潔感もあり、見た目も悪くない──否、明らかに“イケメン”の部類だ。

 ロイスは三人目に登壇した、そのイケメン教師に釘付けになり、心臓がドクンと大きく鼓動したのを感じる。

(……まさか、あいつが? いや、まさか)

 彼とはもう数年会っていなかった。

 彼は代々リチャードソン家に仕える執事の家の長男で、物心ついた時には傍にいて、遊び相手になってくれ、時には家庭教師のようなこともしてくれていた。

 そんな彼が、ロイスは大好きだった。

 何をするでも、彼とは一緒だった。

 

 

 あれはロイスが六歳か七歳の頃だった。

 屋敷の庭に温室があり、中には大切に育てられているバラがあった。

 庭師には「トゲがあるから危ない」との理由で近付かせて貰えなかったが、その時は十五歳だった彼と二人で温室に忍び込んだ。

 中には何種類もの花が育てられていたが、ロイスはその内の、クリーム色のバラに近付いた。

「ロイス様、トゲにお気を付けて」

「うん」

 そう答えて、背伸びをしてバラに鼻を近付ける。

 トゲに気を付けながら、花の香りを嗅ぐと、ほんのりと紅茶に似た香りがした。

 ロイスはこの香りが好きだった。

「──ねえ、シエン」

 シエンはロイスの後ろに立ち、見守っていた。

「はい、何でしょう?」

「このバラの“花言葉”、知ってる?」

 ロイスは背を向けたまま、そう問いかけた。

 もう一度、バラの香りを大きく吸う。

「…申し訳ありません。勉強不足で存じ上げません」

 少し間があり、シエンが返事を返して来た。

「パパがね、このバラは“特別なバラ”なんだって」

 ロイスは優越感を感じて、父親から聞いた話を披露し始める。

「そうなんですね」

 シエンは不動で、その場に立っていた。

「庭師の人が何年もかけて作った、うちだけのバラなんだって」

 ロイスはシエンに駆け寄ると、背伸びをする。

 シエンはロイスの背丈に合わせて、腰を屈めた。

「──だからね、“花言葉は無い”んだよ」

 ロイスは内緒話を終えると、“悪戯いたずら”が成功して嬉しそうに笑ってみせた。

 シエンは呆気に取られた顔をしていた。それがロイスの満足感をくすぐった。

「では、ロイス様なら、どんな花言葉をお付けになりますか?」

 シエンは務めて笑顔を作っている。

「うーーん…」

 ロイスは少し考えてシエンの手を掴んだ。

「──わかんない‼︎ でもいい匂いだったね!」

 その時、開いていた天窓から、風が吹き込む。

 シエンの肩まで伸びた黒髪がなびき、さっきまで嗅いでいた特別なバラの香りを風が運んで来て、シエンの身体を包み込んだ錯覚に陥った。

「──次はこっちだよ」

 ロイスは手を引っ張った。

 あの頃は、ただ“好きな人”と一緒にいれるだけで楽しかった。

 

 

 こんな他愛も無い日常を繰り返し、共に成長し、彼も父親の跡を継いで、執事として傍にいてくれると思っていたのに。

 それが、である。

 ロイスが十歳の冬に、シエンは突然「大学は海外の学校に行くことにしました」と言って、屋敷を出て行ってしまったのだ。理由を聞いても「やりたい事があるんです」と言ったきり、詳しいことは教えてくれなかった。

 それ以来、彼の父親や他の使用人に訊ねても、連絡先はもちろん、何処で何をしているのか、全く判らなかった。あの頃は本気で、最悪な可能性まで考えたこともあった。

 世の中には似た人物が三人居ると言うが、それにしても似過ぎている、大人になった、その、彼らしき人物が壇上にいる。

 再会したら、嫌味を言って頬の一つでもはたいてやろうかと、脳内で何度もシミュレーションしていたことを思い出した。

 ロイスは本人か確認したくて堪らなくなり、何度も座り直したり、小さく咳払いをしたりと、落ち着かなくなる。拳をせわしなく握り直し、手の平も心なしか湿っている気がする。

 それを隣のレイモンドが、怪訝そうに見る。

 二人の新任教師が挨拶をし、彼の番が来る。

 マイクを受け取り、一歩前に出る。

 まだ着慣れてない感じの真新しい黒スーツ姿が、如何にも新卒の社会人一年目という感じだ。

 一つ小さく咳払いをして、自己紹介を始めた。

「シエン・アンブラと言います」

 ロイスは息を飲む。心臓が一瞬跳ね上がり、それからは早鐘のように胸を高鳴らせる。

「──担当教科は地理です。私も新入生の皆さんと同じ教師一年生です。皆さんと共に成長して行きたいと思っています。よろしくお願いします」

 シエンは再度一礼をして、元の立ち位置に戻った。

 風貌どころが、名前も年齢まで同じ。それに丁寧な言葉遣い、穏やかな口調、記憶より更に低くはなったが落ち着く声…、ロイスは“あのシエン”に間違いない、と確信する。

 三人の教師が一礼して、降壇して行く。

 ロイスはシエンを目で追う。否、目が離せない。今すぐに席を立って駆け寄りたいが、厳粛な空気が、それを許してくれない。

 三人は校長と教頭の前を会釈しながら通り過ぎ自席に着くと、ロイスからは姿が見えなくなってしまった。

「あの三人目の奴、北西圏の出身みたいだな」

 レイモンドが身体を傾げて、ロイスに囁きかける。

「あ…あぁ、そうだな」

 彼の返事は明らかに上の空で、レイモンドの言葉は右から左といった感じだ。

「……どした? 便所?」

 レイモンドがそっと囁く。

「違うっ」

 声を落として、だが全力で否定する。

 進行係の教師が起立の号令を出し、全員で国旗と校旗へ一礼をして式の全てが終わった。

【キーワード】

・回想シーン

・リチャードソン家オリジナルのバラ

・花言葉

・花言葉は無い

・ロイスの“悪戯”

・好きな人

・アンブラ

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