第十一章『姫事』#1
ランチを終え、二人は海沿いの駐車場へ向かった。
片隅には、カラフルなピンク色のキッチンカーが停まっている。
「シエン! ソフトクリーム食べたい‼︎」
シエンのエスコートも待たずに、ロイスは車から飛び降りると、彼に聞こえるように叫んだ。
「はいはい、お姫様。ご所望は何ですか?」
シエンは車のスマートキーボタンを押しながら、ロイスに問い掛ける。
ロイスはシエンの声が聞こえるのか、聞こえないのか、真っ直ぐにキッチンカーに向かって駆け出す。
「──ロイスさ…!」
彼の名を叫ぼうとして、はたとそれが拙いことに気付く。
ここで彼の名を叫べば、誰が聞いているか判らない。
良からぬ輩が近付いて来るか、変な噂が立ち、学長の耳に入るか…。とにかく、色々なリスクが高くなる。
仕方無く、黙って彼の後ろから付いて行くことにする。
ロイスのトップスの両サイドが軽やかに翻り、まるで空を駆ける妖精のようだった。
「──何を召し上がりますか?」
腰を屈めて膝に手を置いて、ロイスは黒板に手書きで書かれたメニュー表を真剣な眼差しで見ている。
「う〜ん…やっぱりクレープも捨て難いけど…ちょっとお腹いっぱいだし…」
ブツブツと独り言を言っているのを聞いて、シエンは微笑んで、レザーパンツの後ろのポケットから財布を取り出す。
「──と、なるとソフトクリームかな。ソフトクリームか〜。そう言えば、俺、食べ方下手なんだよな…でも暑いし、やっぱりクレープよりソフトクリームだよな。シエンはどうする?」
腰を屈めたままのロイスが、首だけ曲げてシエンを見上げる。
無邪気なスカイブルーが、シエンの理性を揺さ振りにかかって来ている。グッと堪えるのが一苦労だ。
「そうですね…私はソフトクリームをいただきましょうか」
「味は? 味はどうする? バニラ? あとは…チョコとコーヒー。…とストロベリー。ミックスもあるぞ」
ロイスはメニュー表を指差して、若干興奮気味だ。
「では、私はコーヒーとバニラのミックスを」
シエンがカウンターに声を掛ける。
「ご主人、ソフトクリームのコーヒーとバニラのミックスと、それから…」
シエンはチラリとロイスを見る。
彼はバッグから財布を取り出しながら、まだ名残り押しそうにメニュー表を見ている。
「──ストロベリーを一つずつ」
シエンはキッチンカーの主人に、人差し指を立ててみせる。
「はい、コーヒー&バニラとストロベリーを一つずつね」
主人が慣れた手付きで、コーンを二つ手に取る。
「ちょっと待て‼︎ 何でバレたんだ⁉︎ 絶対にバレたくなかったのに‼︎」
ロイスは財布を握りしめたままムキになる。
絶対にまた子供扱いされるのが判っていたから、シエンには内緒でこっそり自分で買いたかったのだ。
「それくらい分かりますよ。ずっとストロベリーを見ていたじゃないですか」
ソフトクリームを作る機械の音がして、茶色と白色の綺麗な渦巻きが積み上がって行く。
ロイスは悔しそうに舌打ちし、シエンから目を逸らす。
「はい、コーヒーとバニラのミックスね」
主人がソフトクリームスタンドに、一つ目を立てる。
ロイスがシエンの隣りに立つ。
茶色と白の渦巻きに続けて、ピンクの渦巻きが巻かれて行く。
その様子をロイスが少し背伸びをして、一生懸命に覗いている。
「──はい、こっちがストロベリーね」
「ありがとうございます。申し訳ありません。スプーンを一ついただけますか?」
シエンが二つ分のソフトクリームの支払いを済ませる。
「スプーンはそこに置いてあるのを持って行って良いよ」
シエンはカウンターの端に置いてある、ケチャップの大きな缶を見る。
中に個装されたプラスチックのスプーンとフォークが刺してあった。
「ありがとうございます」
シエンは主人にお礼を言って、スプーンを一本取ると、個装されたビニール袋を開ける。
袋を横に置かれたゴミ入れに入れて、スタンドからピンク色のソフトクリームを取り上げてる。
「──はい、ご所望のソフトクリームですよ」
シエンはロイスの手元を見ながら、ソフトクリームとスプーンを落とさないように渡す。
「ありがと」
キラキラとしたスカイブルーの瞳が、ピンク色のソフトクリームに注がれる。
ロイスはソフトクリームの頭が落ちないように、そっと受け取る。
指先が触れた瞬間。ほんの一瞬だけ、ロイスの表情が強張った。
「──あそこの海が見えるベンチが良い!」
シエンが自分のソフトクリームをスタンドから取り上げていると、ロイスの声がする。
ロイスが指差した先に、屋根が付いたベンチが海が眺められるように置いてあった。
「良いですね。日陰ですから、日焼けの心配もありませんね」
ロイスが歩きながら、ソフトクリームの頭の先を口に入れる。
「──ロイス様、お行儀が悪いですよ」
「もう溶け始めているんだ。仕方無いだろ」
確かに、先に渡されたシエンのソフトクリームも気温で溶け始めて来ていた。
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