第十章『秘事』#1(★)
(いよいよ明日か…)
ロイスはベッドに横になり、布団を被ると明日のシエンとのデートに思いを馳せる。
目を閉じて、ふーっと大きく息を吐いた。
明日は何を着て行こう。
使用人には「友達と会う」とだけ伝えたから、それに合う服を用意してくれているだろうが、特別な日の服は、自分で選びたかった。
何を話せば良い?
最後に海に行った時、自分は初等部一年生の頃だった。
別荘へ行く途中、海沿いを車で走っている時に、「海に入りたい」と泣いて、渋々父親が運転していたシエンの父親に寄るように命じた。
自分達以外に誰も居ない浜辺。
大人達は堤防近くの日陰で休み、シエンとロイスが海の中へ入って行った。水着は持って来ていなかったから、裸足になって、足だけ浸かった。
シエンは波の高さがロイスのくるぶしより上へ行かないように、手を繋いで一緒に波打ち際を歩く。
透き通った海水を、時折蹴り上げると、シエンが濡れるのを嫌がって、避けるのが面白かった。
海に行くなら久し振りに手を繋いで、あの頃のように浜辺を一緒に歩きたい。
そして、堤防に座って濡れた足をブラブラさせながら夕陽を見て…。
(──それから…それから?)
ロイスは眠りやすい左側に身体を向けた。
布団を被り直すと、唇に指が当たった。
(──……キス?)
一気に眠気が覚めて、目を開ける。
顔が熱くなるのを感じて、被っているナイトキャップの端を掴んで、目の下まで降ろす。
目を再び閉じると、シエンの手が頬に触れて顔が近付いて来る。自然と唇がそれを受け止める形になった。
(——…ちょっ、キスはまだ早いって‼︎)
ロイスはナイトキャップの端を掴んだまま、今度はうつ伏せになって、布団を頭から被った。そして足をバタバタさせながら、枕に額をグリグリと妄想を振り払うように押し付ける。
布団が捲り上がって、足が出て来た。
心臓の音が、やけにうるさい。
(——…でも、いずれはしちゃうんだろうな)
それが嬉しいのか、恥ずかしいのか判らないが、ニヤニヤが止まらない。
が、突如その照れ笑いと動きが止まる。足が膝まで出ていた。
ゆっくりとナイトキャップを上げて、目を開ける。
目の前は真っ暗で、枕カバーの皺だけが見える。
(——そうだ…明日じゃなくても…そのうち、きっとキスも、その先もしちゃうんだ──って! 俺、何考えてるんだよ‼︎)
『私はあなたとキスがしたい。親愛のキスではなく恋人としてのキスを。その先だって…したいんです』
シエンの言葉が蘇って来る。
“その先”──。
ロイスの身体がビクリと震えた。
初めて特定の人を想って反応した。
『私が嫉妬してしまう程に』
耳元で囁かれた、シエンの声と息遣い。
「嫉妬なんて…」
するのはこっちの方だ。あんなに楽しそうに女子生徒達と笑って、話して…。
コテンと元のように、身体の左側を下にしてベッドに沈む。
目の前には右手。
ゆっくりと拳を作り、小指だけを立てる。そして甲を下に、小指をこちらに向けると、目を閉じて唇を寄せる。唇が震えていた。
あの指切りをした時の熱が、唇から脳髄を支配する。
誰かを好きになるという事が、こんなにも頭も心も身体も掻き乱すなんて、思いもしなかった。
それからは、もう止まらなかった。
目が覚めると、携帯電話のアラームをセットした時間より一時間も早かった。
もう少し寝ようかとも思ったが、約束の時間に遅れるかもしれないと、そのまま起きた。
もう一度シャワーを浴びて、身体の隅々まで綺麗にする。
初めてのデートで、シエンに「汗臭い」とか思われたくない。
香水は持っていないから、せめてシャンプーとサボンの優しい香りに包まれて会いたかった。
バスローブを着て、タオルで髪の毛を拭きながら私室に戻ると、ちょうど起きる時間になっていた。
ウォークインクローゼットの中に行くと、やはり定位置に今日の衣服が用意されていた。
用意して貰った服のコーディネートは、同級生と会うならば完璧だった。
水色のシャツにベージュのロングベスト、それとネイビーのワイドパンツ。
でも、このコーディネートは、大人と会うには、子供っぽいと思った。
どれを着て行こうか悩む。
普段、自分で服を選ぶことはおろか、買ったことすら無い為、何をどう合わせれば良いのか、さっぱり判らない。
(シエンはどんな格好をして来るんだろう…。まさか白スーツに赤いバラを持って現れることは無いよな…)
漫画やドラマで見たワンシーンを思い出して、吹き出してしまった。
目の前のハンガーに掛かっている服を、全身鏡の前で合わせてみる。ほぼ同じブランドで揃っている為、変な格好にはならないが、やはり用意して貰ったコーディネートが一番良いのだろうか。
ふと、リターンカフ仕様のドルマリンスリーブのトップスに目が止まった。
白い上質綿を使用して、職人が一着一着作っているものだ。袖口を少し曲げて裏のダーク・セラドンを見せる仕様になっている。裾が真っ直ぐではなく、左右が少し長くなっているデザインが、少し大人に見える気がした。
それと使用人が選んでくれた、リネン生地のネイビーのワイドパンツだけにした。
嫌味の無い男子高校生の無難な服装──とは言っても、側から見れば、ハイブランドで揃えられた服は、高校生が着る域を遥かに逸脱しているのだが──それに肩から斜め掛けの小さな茶色の革製バッグに、財布とハンカチとポケットティッシュ、そして携帯電話だけを入れて行くことにした。
【キーワード】
・シエンが嫌がるのが面白かった




